キャンプ指南と夜空の焦点
ホームへの旅路、1日目夕方。
ちょっとした丘の手前で街道を外れ、モンブー車を止める。
目の前には丘、少し歩くが、左右には木々の多い森があった。
シェスカは荷台からヒラリと飛び降りて、ストレッチをするみたいに身体を伸ばしている。
ルルはもーちゃんとモンブー車を繋いでいた革紐を緩めてやっている。
俺はというと………
「うわっ…とっと………あたっ!」
バランスを崩して荷台の上で尻餅をついていた。
「やっとか…ジル、人間辞めてるのかと思ってたよ」
「シェスカ、どういう事?」
「普通は丸1日モンブー車の上で休憩なく揺られたら、気持ち悪くなって吐いたりするものなの」
「そういえば、何故か平気だったな。だいぶ揺れてたのに」
「で、ずっと揺れてた車が止まって、急に揺れがなくなったら、揺れてたのに身体が慣れちゃってるから、今度は陸酔いするの」
「なるほどな…よっと。あ、でももう平気っぽい」
「本当にジル、どんな身体してるの?」
シェスカは若干失礼な言い方で、皮肉げに笑いながら俺をからかった。
「わたしは食料に出来るものがないか探してくるから、ジルはルルと一緒に薪を集めてきて」
「了解。シェスカは1人で大丈夫?」
「大丈夫っていうか、ジルじゃあついてこられないよ。…神よ」
「おおっ!?…ぶわっ!」
シェスカは神への祈りを唱えたかと思うと、オリンピック選手が裸足で逃げ出すレベルの速さで駆け出した。
瞬間的に巻き起こった土煙に目を瞑り、次に目を開いた時にはもうシェスカの姿は見えなかった。
…あの速さで剣を振り回すなら、強い訳だ。
モンブー車の前へ回り込むと、ルルはもーちゃんを車から放した後、もーちゃん自身に大きな道具を取り付けた。
もーちゃんの右側には大きな袋を入れたカゴをくくりつけ、左側には大きな樽をぶら下げたような道具。
「もーちゃんは働き者だな。車を曳いた後は、荷運びか」
「あれ? ジル平気なんだ、流石」
「そうみたいだね」
「シェスカは行ったの?」
「あぁ、風のように去っていったよ」
「へへ…大袈裟だよ。じゃあアタシ達も行こう」
ルルはまるで自分が褒められたかのように照れると、もーちゃんの脇腹をてしてしと叩き、森の方へ歩き出した。
もーちゃんも全てわかっているかのように、ルルについて歩き出す。
「今から近くの水場に行って、もーちゃんを休ませた後、水の補給と薪拾いをしまーす」
「了解です」
「水場は後で水浴したり、朝に顔洗ったりにも使うから、ちゃんと場所覚えておいてね」
「旅の途中のキャンプ地は、水場に合わせて決めてるの?」
「まあそうだね。でも、アタシ達の知ってる水場の数なんて高が知れてるから、普通に小さな集落や村に泊めてもらったり、それも無ければ何日も樽に貯めた水だけで過ごしたりもするよ」
「なるほど」
「もーちゃんの負担が少ないようにラインでは樽ひとつ分しか水持ってないけど、アタシ達も3人旅は初めてだからね。消耗品は小まめに補充しなきゃね」
「なんか…俺の知らない間に色々打ち合わせしてたんだな」
「え? 打ち合わせなんてしてないよ?」
「え?」
思わず俺はキョトンとしてしまい、ルルを見つめる。
ルルもキョトンとしてこちらを見ていたが、目が合うと、頬を染めてパッと目を反らせてしまった。
「アタシ、サポーターだからね」
照れ隠しか、唇を尖らせながら、前を見つめたままで宣言するルルは、どう見てもプロとしての自負みたいな物に溢れていて、ちっこい先輩が今までで1番大きく見えた。
水場につくと、俺は樽に水を詰める作業と、もーちゃんのブラッシングを命じられた。
樽に水を詰めるまでは良かったものの、水でいっぱいになった樽は、普通の人間が持てるような重さではなくなってしまった。
途方にくれていると、もーちゃんはブルルっと鼻を鳴らした後で、身体を低くして、樽を載せられるようにしてくれた。
感謝の思いを込めて丁寧にブラッシングしている間、もーちゃんは水場から水を直接飲んだり、周囲にある草や苔を食べたりしていた。
ルルはしばらくすると、両手いっぱいの薪を持って戻ってきて、カゴから袋を取り出した後でカゴに薪を放り込み、今度は袋を持ったまま、山菜やキノコを採りに出かけた。
今度は俺もついていき、食べられる山菜やキノコの見分け方を教わりながら、薪を拾う。
夜の間は寝ずの番を置き、火を絶やさないようにするので、薪は毎日大量に必要なのだそうだ。
キャンプ地に2人と1頭で戻ると、シェスカは既に戻ってきていて、かまどを拵えていた。
ウサギを1羽狩ってきていて、既に解体作業も終わらせていたらしく、モンブー車の1角に毛皮が吊るしてあった。
生前の姿を彷彿とさせる毛皮を見た時に、軽く唾を飲んでしまったのが2人にバレなかったのは幸いだった。
もーちゃんの体高に合わせて、かなりの高さのモンブー車に、水樽をどうやって載せるのか不思議だったのだが、荷台に上げるのではなく、荷台の側面下部に樽を載せる用のタラップみたいな物があり、そこに固定する。
ちなみに移動中の水分補給は、今日も使っていた防水加工のされた水袋だ。
シェスカはルルの採ってきた山菜やキノコから幾つかを選び、ウサギ肉と合わせて料理に取りかかる。
ルルは残りの食料を空だった木箱につめ、モンブー車の掃除を始めた。
1日のうちにこびりついた土や埃を小まめにとっておかないと、故障や事故の原因になるのだそうだ。
俺もルルを手伝ったが、汚れの落とし方が甘かったようで、全部ルルがやり直していた。
シェスカが作ってくれた夕飯は、香草と塩を刷り込んだウサギ肉の焼き肉だった。
切実に米が欲しいと思うほど美味しかった。
夕飯の途中でもーちゃんがてくてくと何処かへ歩いていくので、繋がなくて大丈夫かと尋ねると、もーちゃんは水場の近くに、自分で自分の寝床を作り、休むのだそうだ。
専用の笛を吹くと、ちゃんと帰ってくるのだそう。
賢い。
夕飯を食べ終えたくらいの空の色はだいぶ暗く変わっていた。
水浴に行かなくていいのかと尋ねると、寝ずの番で火を見ていると、身体が煙臭くなってしまうので、朝に洗濯と合わせて済ませるのだそう。
ルルは直ぐに荷台に上がって眠りだす。
俺はシェスカと共に寝ずの番をすると立候補したので、マントにくるまってかまどの近くに座った。
「ジル…どうだった? 初日は。大変じゃなかった?」
「そうだな………大変だったけど、なんていうか、凄かった」
「凄かった?」
「効率的っていうか、合理的っていうか…ちゃんと考えられてるなー、慣れてるなーって。感心するばかりで、疲れてるんだろうけど、疲れる暇がなかった」
「そっか………」
シェスカはそういうと、ふっと表情を消して、空を見上げた。
俺もつられて空を見上げる。
目を見開いた。
漆黒の闇に浮かぶ、満天の星空。
ほんのりと輝く月。
言葉を失う程に美しかった。
「ジル…?」
「ああ、シェスカ?」
「空………? どうしたの?」
「いや、何も。………キレイだなーって」
「ふふふっ………そうだね」
そういうと、シェスカも静かになった。
しばらく2人共無言で空を見上げる。
少し経った頃に、シェスカはまたポツリポツリと話始めた。
俺は空を見上げたまま、やはりポツリポツリと返事を返す。
「ルルは本当に凄い。…わたし1人では、遠出の仕事なんて出来ないの。…そんなに頻繁に遠出する訳でもないのに、毎回快適になっていく。…本当に感謝してるの。…ルルは凄いの」
「…ルルは、俺がシェスカが狩りに行く時の速さを褒めたら、まるで自分が褒められたかのように喜んでた。2人はいいコンビだよ」
「そうかな…そうだといいな」
「俺も…2人の力になりたいな」
「………ジル」
「何?」
「神の力を使う練習をしてみない?」
「え?」
思わず空からシェスカへ視線を移すと、いつの間にかシェスカは真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「………俺は、神の力は使えないんじゃなかったの?」
「そうと決まった訳じゃないよ。確かに力は感じられないけど………試してみない? それに………」
「………それに?」
「ううん、ごめん、なんでもない。………その、ジルがわたし達の力になりたいっていう思いとか、何か仕事しないと落ち着かないとか………そんな気持ち、わたし、わかるから」
「………そっか」
「わたし………あ、えと………わ、わたし達、ジルの事、す、好きだからっ………! 一緒に居たいから! だから………わたし、ジルの為に何か出来ないかなって………」
最後の言葉は、顔の下半分をマントで隠して言われたが、シェスカの頬が、火に照らされた以外の理由で赤く染まっているのは感じとれた。
俺も、火に照らされた以外の理由で、身体が………心がぽかぽかと暖かくなるのを感じ、熱を冷ます為に、もう一度夜空を見上げた。
「シェスカ………ありがとう。神の力の特訓、よろしく」
「うん、明日からね。………それにしても、ジルも充分凄いよ。わたしもルルも、最初はモンブー車に酔って、沢山吐きながら慣れていったのに………。元の世界では旅人だった?」
「いや………そんな事………」
ないけど、という前に、ある可能性に気付き、口が動かなくなった。
俺は元の世界でも、乗り物酔いしにくい質だったとは思うが、2人の口振りから見るに、俺は異常な程に耐性があるらしい。
元の世界の俺の持っていた耐性ではなく、この身体の元の持ち主が旅慣れていた可能性はないか?
あり得る、というのが俺の結論だ。
明日以降、神の力の特訓を経て、俺に適性があったとしたら、やはりこの身体は俺の物ではないのかもしれない。
元の世界で俺は、当たり前だが、神の力など使った事はないのだから。
俺は夜空の、月や星の輝きを見ていたつもりだったが、いつの間にか夜空の黒の部分に吸い込まれそうな気分になって、上を見上げたままぎゅっと目を瞑った。
自重したが、本当に隣にシェスカがいるか、触れて確認したくなるくらい、夜空の黒が怖かった。
旅路の詳細を考えるの、楽しいです!
シェスカ姉さんが急に魔法指南を言い出したのは、ライン最後の夜に、ジルくんが光輝くのを見たから。
もしかしたら…?なんて思ってます。
ルルの隣で共に自分を支援するより、自分の隣で共に戦って欲しい………です。
疑いや、探りではなくww
いじらしい乙女、シェスカ姉さんww
それでは、
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
良かったら、次も読んでくださいね。




