憂鬱と終わり
始めちゃいました…。とりあえずのんびりマイペース更新していきます。
「ふぅ…」
ため息と共に深夜の国道を歩く男がいた。
既に終電の時間は過ぎているが、彼の財布にはタクシーに乗る程の持ち合わせはない。
深夜にも拘らず蒸し暑い気候のせいで、Tシャツとデニムの下にはうっすら汗をかいている。
男は歩きながら肩に下げたバッグからタオルを取り出し、顔周りにかいた汗を拭い、そのままタオルを首にかけた。
タオルからは少しのアルコール臭と、気のせいかもしれないが、男の重ねた年月の匂いがした。
男は飲み会の帰りだった。
10年前のデビュー以来お世話になっていた劇団での稽古後、半ば強制的に参加させられた飲み会だった。
彼が恩師と仰ぐ演出家に強制された訳でも、今や1人しかいなくなった先輩に連れて行かれた訳でもない。
彼に飲み会を強いたのは、数多くいる後輩達だった。
「先輩…第2幕の台詞の解釈なんですが、ちょっと意見を聞きたくて…」
「先月行ってた現場の話聞きたいんですけど!プロの声優さんと絡んだって本当ですか!?」
そんな言葉で彼は安い居酒屋へ連行された。
彼から言わせてもらえば、脚本の解釈なんぞ自ら考えるものだし、声優との絡みは殺陣用の模造刀で切り捨てられたシーンだけで、話す事など何もなかったのだが。
それでも、彼は後輩達に話をしなければならなかった。
彼自身、義務とすら考えていたくらいだ。
良く言えば職人気質、悪く言えば頑固な先輩と比べたら、彼は後輩達からは慕われていたし、彼も後輩達に期待していた。
10年間鳴かず飛ばずだった彼とは違い、まだ若い後輩達は「売れる」可能性がある。
自分の言葉で彼らが成長できるかもしれないのなら無駄ではないと信じ、なけなしの金を払って講義したというわけだ。
「ヤバいなぁ…」
ふと気になって、時折彼を追い越していく車のヘッドライトを頼りに財布の中身を覗き込み、1人ごちる。
バイトの給料日までは後5日、財布の中身は千円札が三枚と小銭がいくらか。
バイトには定期で通うので問題ないが、3日後にも稽古がある。
そこでも飲みに誘われる可能性を思うと、一切の無駄使いは出来ない。
蒸し暑い夜、1人暮らしのアパートまではまだまだ歩くというのに、自販機で冷たいお茶を買う余裕は経済的になかった。
バッグからぬるくなったスポーツドリンクを取り出し、口に含む。
元々、粉末をこれでもかと薄めて自作したものだったが、疲れと体内に残るアルコールのせいか、ただの不味くてぬるい水としか思えなかった。
10年前、デビューした頃はまだ金銭的な余裕もあった。
大学卒業後に就職した会社からの収入があったからだ。
フルタイム勤務の傍ら稽古し、土日祝日を利用して、小さな劇場の舞台に立つ。
右も左もわからなかったあの頃が、一社会人としては一番まともな生活をしていたと思う。
デビューして2年目、3ヶ月程のロングラン公演に参加した時(当時の彼にとっては紛れもないチャンスだった)、会社を辞めた。
結局8年前の彼はチャンスを掴めず、それからはアルバイトを転々としながら、役者だけは続けていた。
大きな波こそなかったものの、諦めきれずにキャリアを重ねた結果、今では一年の間に片手では足りない数の舞台に参加できるくらいには周囲に評価される役者になれていたが、そのほとんどはギャランティの発生する仕事ではなかった。
「…?」
ふと異変を感じ、振り向いた。
それまでも何度か追い越し様に彼を照らしていた車のヘッドライトのひとつに違和感を感じたのだ。
振り向いた彼の目に飛び込んで来たのは、歩道と車道を分けるガードレールをなぎ倒し、尚もスピードを弛めずに突っ込んでくる車の運転手の様子だった。
男か女かはわからなかった。
運転手はハンドルに頭を伏せるようにして、こちらを見ていなかったからだ。
「うそだろ…!」
車にはねられる刹那の間、何故そこまで運転手の様子を認識できたのか、彼にはわからなかった。
居眠りか…酒気帯びか?
そんな事を考える余裕すらあったというのに。
はっきりわかったのは、殺陣やアクションの稽古で鍛えた彼の反射神経をもってしても、自分に突っ込んでくる車に対してした事と言えば、顔の前で両手を交差させるくらいのものでしかなかったということ。
彼の視界は真っ白に染まった後、ブラウン管のテレビの電源を切った時のようにブッツリと暗転した。
次回、異世界降臨で強制イベント発生です。
まだ色々決めずに書き始めたとこなんで、私もどうなっていくか楽しみです。
8月4日(日)
一部改稿しました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!良かったら次も読んでください。




