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01


「――ユリアッ!」


 僕は自分の叫び声に、目を覚ました。あまりの息苦しさに、――何かに助けを求めるように。その証拠に、僕の……ライオネルの右手は――大きく天を仰いでいた。


 また、この夢か――。


「……は、……っ」

 あぁ――嫌な夢だ。気持ち悪い。吐き気がする。


 僕は仰向けのまま、乱れた息を整えようと深呼吸を試みた。けれど、出来ない。何故なら深く息を吸おうとすると――身体が軋むように痛むのだ。


 そして僕はその痛みに、ようやく気が付いた。見知らぬ部屋のベッドに寝かされている僕の――ライオネルの身体は、全身傷だらけであるということに。ほぼ全身を包帯で巻かれ、少しでも動けば息が止まってしまうのではないかという程の、傷を負っていることに――。


「――く」

 なんだ……これ。痛すぎる。

 僕は痛みを堪えつつ、なんとか身体を起こそうと首をもたげた。けれど、それと同時に全身を駆け抜ける強い痛み。僕は思わず、顔をしかめる。


「――く、……っそ」

 ズキンズキンと疼くような、貫くような、鋭い痛み。これ以上動くなと、僕の本能が告げていた。いや、それ以前に、痛すぎてこれ以上少しも動けない。


「――は、っ」

 僕は早々に諦めた。駄目だ、とてもじゃないがこの身体は今動ける状態ではない。無理をすれば――壊れてしまう。


 僕はおとなしくベッドに横になっていようと決める。今動くのは無理――となれば、兎も角今の状況を整理しなければ、と。

 そう考えて初めて、僕の視界に部屋の景色が映り込んできた。視界に広がる天井は、いつもと違う暗い色――。そうだ、ここは僕の――いや、ライオネルの部屋ではない。


 なら、ここは一体どこだ――?そう考えて、ようやく思い出す。


「僕は……」

 ――ユリアと教会で……。そうだ、ユリアは――彼女は一体どこにいる。そもそもここはどこなんだ。


 僕は自身の頭を落ち着かせようと、今度はゆっくりと息を吐いた。吸うのは無理だが、吐くのは問題なさそうだ。

 そして僕は、その時のことを思い出そうと頭を巡らせる。教会の十字架が僕らの上に落ちて来た――その時のことを。そうだ、ライオネルの意識が遠のき――入れ替わるように表に出て来た僕は、とっさにユリアを庇ったのだ。地面を蹴って間一髪……何とか直撃は避けられた。けれどその破片を浴びて――。……なるほど僕はこの通り、と。そういう訳か。


 うん――大丈夫。ユリアは無事だ。

 そう、僕は意識を手放す瞬間、彼女の無事だけはちゃんと確かめたのだ。彼女はかすり傷程度な筈。大丈夫、僕らは今――生きている。


 ベッドから起きられない僕は、次は首だけ動かしてゆっくりと部屋を見回した。部屋の広さはライオネルの部屋とそう変わらない。けれどこの部屋は、彼の白と茶色で統一されたすっきりとした部屋とは真逆の雰囲気である。赤い絨毯には見たことも無いような模様が編み込まれ、どこか古臭さを感じさせる色の壁という壁には、所狭しと絵画が掛けられていた。そして同じく、壁を飾ると言うにはやりすぎだと言うほどの、統一感の無い調度品が溢れている。


 それは古い文献にでも載っていそうな、一風変わった調度品の数々で。その内の一つの、馬の形の置物に既視感を感じてじっと見つめれば、それは僕が身体を失くして300年ばかり過ぎた頃に街で流行っていた、異国の土産物だった。


「……」

 違和感しか感じない、おかしな部屋だ。さながら小さな博物館といったところか。この部屋の主は一体どんな趣味をしているのだろうか。


「――ユリア、君に……会いたいよ」


 引き続き部屋を観察しながらもふと呟けば、やはり自分の喉から洩れる声はライオネルのもので――僕の心に少しだけ罪悪感が沸き上がった。

 この身体は僕のものではない。ライオネルのものだ。――今は彼が眠っているからいいものの、またいつ目覚めるかわからない。僕はいつまでこの意識を保っていられるのか――自分にもわからないのだ。


 いや、それよりも――まずは喜ぶべきか。あの状況で命が助かっただけでも奇跡だ。それだけでも……。いや、違う。僕は助かったのではない――、助けられたのだ。多分、この屋敷の、主に。


 そう考えていると同時に、部屋の扉がノックも無しに開けられた。ここの主人だろうか?――そう思い目だけで様子を伺うと――そこから入って来たのは、僕の良く知る人物で……僕は思わず目を見張る。


「――先、……生?」


 そう、それはナサニエル・シルクレット先生だった。

 藍色の髪と瞳、縁のない丸い眼鏡――病的なほど白い肌、ひょろりとした細身で高い身長。それは紛れもなく、千年前に僕らが世話になったナサニエル先生で……。あの日、何者かに殺された筈の、先生と同じ姿をしていて。僕はとっさに、身体を起こそうと力を込める。――けれど、再び全身を駆け巡る痛みに、呻いた。


「――っう」

 あぁ、何故、先生が――。いやでも、他人の空似だって可能性もある。まずはあちらの出方を伺わないと……。僕はそう考えて、扉を閉めてこちらを振り返るその人をじっと見据える。すると彼は、僕の良く知る先生の柔らかい笑顔を顔に浮かべ、安堵したような息を吐いた。


「良かった。目が覚めたのですね」

 そう呟いてこちらに歩み寄ってきたその人は、ベッドの横の椅子に静かに腰を下ろす。


「まだ動いてはいけませんよ。あばらが三本程、折れてしまっていますからね」


 僕の身体を気遣うように優し気な顔で微笑むその人の口ぶりは、やはり僕の知っている先生のように思えた。呆然とする僕の心を読み取るように、その人はくすりと笑う。


「――久しぶりですね、エリオット。かれこれ千年ぶりでしょうか」

「――っ、やはり、貴方は……」


 あぁ、やっぱりそうだ、そうなのだ。この人は間違いなく、ナサニエル先生。あの日、僕の視線の先で剣に貫かれて、死んだ筈の――。


「どうして、ここに先生が……?貴方が僕らを助けてくれたのですか?ユリアは今、どこにいるんです」

 僕は訴える。聞きたいことが多すぎて、先生が一体何者なのか知りたくて。


「先生は……あの日死んだ筈だ。森で……男に刺されて」


 僕が呟けば、先生は一瞬目を細めた。それは、苦い過去を思い出すかの様な表情だった。


「――そうですか。やはり君は見ていたのですね。あの日、森に居たのですね」

「……」

 先生は念押しするようにベッドの上の僕を見つめ、視線を窓の外へと移す。


 秋の陽が降り注ぐまだ日の高い時間であろう外の景色は、自然が溢れていてどこか懐かしい心地がした。けれど先生の瞳はそのどこにも向いていなくて。――彼は、僕の知らないとても遠い場所を見ているように感じられた。


 先生は一瞬の沈黙の後、再び微笑む。


「積もる話もありますが――今は……」

 ナサニエル先生の目じりが下がる。


「あの状況で、ユリアをよく守り切りましたね。安心して下さい、彼女は無事です。今は出かけていますが、直ぐに帰ってきますよ」

「――っ」

「ですから、話は彼女が戻って来てからにしましょう。私も――貴方がた二人にお話ししなければならないことがありますから」


 そう言った先生の瞳は、穏やかな中にも強い意志が見え隠れしていて、僕はそれ以上何も言ったらいけないような気分にさせられた。けれど、どうしてもこれだけは今直ぐ聞いておきたい。そうでなきゃ、僕は先生を本当に信用していいのかわからない。


 僕は、こちらを見下ろす先生の顔を仰ぎ見る。


「――わかりました。でも、これだけは今直ぐ教えて欲しいんです。僕は、……ユリアに内緒にしていたから。あの首飾りのことを……。それが原因で彼女を殺してしまったから。……彼女にそれを聞かれるのが、怖いんです」


 先生は、僕の言葉を黙ったまま聞いてくれている。


「……何故、あの時先生は首飾りを持っていたのですか。あれは、僕がローラに渡したものだ。それをどうして先生が持っていたのです。何故、先生を刺したあの男は、首飾りを……!」


 僕が問えば、先生は何時になく真剣な表情で静かに目を伏せた。そして一度だけ溜息をつくと、薄く唇を開く。


「そう――ですね。いいでしょう。貴方の考えはわかりました。ではそれだけ先にお話しましょうか。――と言っても、それが全ての答えになってしまうのですが……」


 先生はそう言って、右手を持ち上げると顔から眼鏡を外した。左手で藍色の長い前髪をかきあげ、いつもは眼鏡の奥に隠れている裸眼を露わにさせる。


「――わかりますか?私の左目」

「……?」

 その言葉にじっと左目を観察すれば、確かに感じる違和感。その眼球は焦点が合っておらず――動きもしないのだ。


「――見えないのです、私の左目は。千年以上昔から、……何度、生まれ変わろうとも」

「……どうして」


 僕は思わず呟いた。

 確かにその言葉通り、左目は見えていないようである。だが――それと首飾りに一体何の関係があるというのか。僕はそう考えながら、先生の言葉の続きを待つ。


 そして僅かの沈黙の後、先生はじっと僕を見据えて口を開いた。


「貴方が見たと言うあの日私を殺した男。彼こそはこのエターニアの二代目の王、ローレンス。私の左目を潰した男。私の左目は――初代国王が亡くなり、ローレンスに命を狙われた初代王妃、ソフィア王妃を庇った際に、彼によって潰されました。

 ――エリオット、よく聞きなさい。あの首飾りは王妃陛下の形見なのです。陛下の御子息、ユリウス王子が陛下より賜った形見。――彼はそれを、実の妹に与えたのです。いつか再会する日の為の、印として……」

「――な」


 それを聞いた瞬間、頭の中が真っ白になる。王子ユリウスが妹に与えた王妃の形見――その言葉に。


 あぁ、僕だって馬鹿じゃない。今の先生の言葉の意味くらいわかる。怖い程真剣に僕を見つめる先生の話が――決して嘘なんかじゃないってことくらい……。


 僕は何も言えないまま、ただ茫然と言葉を無くした。僕の喉からは、もう何も出てこなかった。けれど、先生は更に言葉を続けようと唇を動かす。それは僕に、――追い討ちをかけるように。


「ユリアはソフィア王妃の実の娘。彼女は――王女なのですよ」


 ――そう言った先生の瞳はどこか憂いたように陰っていて、僕はただ――奥歯を噛み締めることしか出来なかった。


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