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03



 アメリアがマークと共に国境を目指し街道を馬で駆け抜けている頃、アーサーら一行はダミアへと続く森へ入っていた。先頭をエレック他数名の騎士。続いてアーサーとエドワード、ブライアン。そしてまた、その後ろに数名の騎士たちを引き連れていた。


「……無事であるといいが」

 先頭のエレックが一人呟く。それは、先にダミアに潜入させた部下達の無事を案じての言葉だった。


 彼らは約二時間程前に、ダミアの二つ隣の町を出発したばかりだった。本来であればその町で先に潜入させていた騎士たちの部下と合流し、詳しい状況を把握してからの出発になる筈だったのだが、決まった時間になっても部下達は一向に現れない。その状況に痺れを切らしたアーサーが、ここにいるメンバーでダミアに向かうと宣言したのだ。


 勿論エレックは止めた。戻って来ない部下達のことは心配だが、アーサーの命には変えられない。だがアーサーは聞かなかった。


 潜入させた部下達からの最後の状況報告の文が届いたのは昨夜未明。そこには昨日、一昨日に続き、“確かにダミアにはナサニエルと呼ばれる医者がおり、住民からの信頼は厚いようだ。しかしルイスは未だダミアを訪れた形跡はなく、ナサニエルとも合流していない様子である”と書かれていた。


 つまり潜入した部下たちが捕まったのだとしたら、その相手はルイスではなくナサニエルである可能性が高い。だとすれば時間が経てば経つほど、彼らの命の危険は高まるだろうとアーサーは考えたのだ。


 勿論それが罠である可能性は高い。けれどアーサーは、コンラッドの二の舞だけはごめんだと、そう思っていた。もう誰一人殺させはしない、と――。


 ダミアに近づくにつれ皆の緊張感が高まっていく。不意打ちだったとは言えあのコンラッドを討ち取った相手に、一介の下級騎士が太刀打ち出来るとは思えない。だからエレック他マークやトリスタンは、部下たちにナサニエルの討伐でも捕獲でもなく、平民に変装してのダミアへの潜入を命じたのだ。そんな事情もありここにいる騎士達は皆、仲間は無事だろうかと顔を強ばらせていた。


 けれどそんな中でもエドワードとブライアンはどういうわけか、相変わらず緊張感のない様子で馬上より言葉を交わしあう。


「ウィリアムのやつ、そろそろアメリアと合流したかな」

「まぁ、アーサーの騎士も連れてったし大丈夫だろ。それにタイミングが合えば、あの人(・・・)彼女(・・)と一緒にウィリアムと合流してくれることになってるし」

「でもさぁ、それ本当に上手くいくのかよ。返事来てないんだぜ。手紙がちゃんと向こうに届いたのかも確かめてない」

「はっ、それこそ大丈夫だろ。わざわざ俺たち直々に地下に潜って依頼したんだ。積んだ金の分の仕事くらいはしてもらわなきゃ困る。それに俺たちを敵に回すほど、あいつらだって馬鹿じゃないさ。

 それに忘れたのか?ああ見えてあの人、今でもアーサーのことすげー可愛がってるから。この窮地に駆け付けないわけないって。下手すりゃ一軍従えてくるさ」

「……まぁ、確かにそうだな」

 二人はそう言って顔を見合わせた。


 それは彼らが王都を出る前、アーサーやウィリアムから今回の事情を聞き調査の為三日ほど姿をくらませたときのこと。彼らは今回の件の助けになるだろうと、とある応援を呼んでいた。それはこちらからの一方的な、利権なども一切無視した個人的な要請ではあったが、二人には相手の協力を得られるだろうという確信があった。


「じゃあ、後は時間の問題ってことか」

「あぁ、そればっかりはな」

 だが来ることがわかっていたとしても、間に合わなければ意味がない。ここまで来たらそれも運と言えよう。二人は上手くいくことを願い、祈るように空を仰ぐ。――すると、その時。


「止まれ!」


 先頭を走っていたエレック卿が突如声を上げた。そしてそのまま馬を止める。


「どうした?」

 アーサーはエレックの横に並び様子を伺った。するとエレックは道の先を睨むようにじっと見つめている。


「殿下、誰か来ます。それも大勢……――いや、それよりも」

 呟いて、彼は鼻先を二、三度ひくつかせた。――その眉間に深い皺が寄る。


「――!……焦げ臭い」

 アーサーもその異常にすぐに気が付いた。何かが燃えている臭いがするのだ。


「おいおい、まさか……」

「火事かよ!?ここまで来て!?」

 流石のエドワードとブライアンもこれには動揺を隠せなかった。騎士たちの間にもざわめきが起こる。


 それと同時に道の先から現れたのは、数台の荷馬車とそれに続く数えきれないほどの人々だった。必死の形相でこちらに向かってくるその人々は、緩やかに蛇行する森の道のずっと向こうまで列を成しているように見える。


「あれは……ダミアの住民か?」

 アーサーが呟けば、エレックは「恐らく」と短く答えた。それに対し、アーサーは表情を険しくする。


 町で何かあったのだ――それもこのタイミングで。十中八九、ナサニエルの仕業に違いない。そう悟って、彼は再び手綱を強く引いた。


「――殿下!?お待ちを!」

 エレックは叫ぶ。しかしアーサーがそれを聞き入れることはなく、彼は慌てて主人を追いかけた。


 町の人々はアーサーとエレックの姿に気が付くと、皆足を止め息を切らせた。二人が町の住民ではないことは、出で立ちですぐにわかったのだろう。


「お前たち、一体町で何があった!?火事か!?」

 アーサーは人々に駆け寄り、馬上から様子を尋ねた。それと同時に状況を把握しようと道の先を見渡す。やはり避難者は多く、把握出来るだけでも(ゆう)に三百名を超えていた。それに負傷者もいるようだ。


「あなた方は……?まさか……もう助けが?」

 先頭の荷馬車の男がどこか困惑気に問い返す。アーサーとエレックの服装から、二人がどうみても平民ではないことを察したのだろう。

 それどころか男は、アーサーらを救助隊か何かかと思っているらしい。アーサーはそれを否定することなく、尋ね返す。


「お前たち、もしや隣町に助けを求めたのか?」

「はい。一刻ほど前に馬の扱いに長けた者を数名――。ダミアで大規模な山火事が起きた、と。火が上がったのは西の山の裾野ですが、あの山は隣国との国境線。燃え広がると不味いですので……」

「山火事だと?」

 アーサーは眉をひそめる。


 確かにダミアの西の山脈は和平条約が結ばれた隣国との国境線だ。しかしそうであっても、ここからいくらか離れた町の駐屯地では常時兵が塔から国境に異常がないか監視している。山火事が起きれば嫌でも気付く筈。……だが、どうやら誰も気付いてはおらず、一時間前に通った隣町に救援の要請があったとも聞いていない。


 ――それ以前に、こんな昼間から山火事などおかしいではないか。それに、やはりここにも先にダミアに潜入させた部下たちの姿は見えない。もしも無事であったなら、どうにかしてこの状況を知らようと文の一つでも出す筈だ。だがそれも無い。

 つまりこの状況から考えて、これは明らかに意図的な火事だということ。ということは最悪の場合、潜入した騎士たちは既に命を落としている可能性もある。


 何れにせよ、何の罪もない町の人々を巻き込むとは、そこにどんな理由があったにせよ到底許すことはできない。


「――どうなさいますか。これ以上は進めません。それに……」

 ――この状況自体、罠である可能性も。


 そう言葉を濁すエレックに、アーサーは「わかっている」と苦々し気に呟いた。

 恐らくナサニエルはここで自分たちをバラバラにしたいのだろう。負傷した国の民を、そして逃げ遅れた人々を、王子である自分が放っておける筈がないと考えたのだ。だが、罠だとわかっていても――。


 しかしアーサーが何か言おうとすると、エレックは右手を掲げその言葉を遮った。彼は何かに気付いたというように瞼を震わせ、アーサーを制止したまま男に対し言葉を返す。


「まず言わせて頂けば、貴方がたが救援要請に向かわせた者たちは隣町に辿りついておりません。我々は隣町を通過してここまで来ましたが、騒ぎ一つ起きてはおりませんでした。

 それに我々は残念ながら兵士ではない。ここにいるのも全くの偶然です。申し訳ありませんが、我らに貴方がたをお助けすることは出来ない」

「そんな……!」


 それはあまりにも無慈悲な内容で、男はさっと顔を青くした。だが顔色を変えたのは男だけではない。


「エレック!?お前一体何を――!」


 アーサーはこの状況でそんなことを口走るエレックに驚き、憤った。町が燃えているというのに、余りにも酷い仕打ちではないかと、それでも騎士の名折れかと。


 しかしエレックは顔色一つ変えることなく、アーサーをじっと見つめ返す。


「アーサー様、ご自分の目的をお忘れになられたのですか。貴方が倒す相手は誰か、真に助けたいのは誰か、よく思い出して頂きたい。何より貴方は命を狙われている。人助けをしている余裕などないのです。ここにはマーク卿もトリスタン卿もおりません。正直申しまして、ここにいる者では貴方をお護りするのに不十分と言わざるを得ない。その上、ご友人まで連れられている。冷静に考えればご理解頂ける筈です。これ以上の人員を割く余裕などないのだと。

 それでも貴方は、自らとご友人を護る盾を減らすと仰るのですか。万が一にもそのお身体に何かあっては許されないとわかっていて、尚?」

「――!エレック、それは……!」

「私は反対です。私達の使命は貴方とそのご友人をお護りすること。それが果たせなくなるようなことは、万に一つもあってはならないからです。――しかしそれでも我々は、貴方の命に背くことは決して許されない。例え“この場で自害せよ”との命令であってもです。

 ですからどうか、貴方に我々の主人であるという自覚がおありになるのなら、自らの命の重さと我らの忠誠心、そして未だここに戻ること叶わぬ部下達の心中を思いはかって頂けませんか」


 エレックの怖いほど冷静な表情、諫めるような力強い声音。それは間違いなくアーサーの心に響いていた。それに先ほどからエレックはアーサーのことを名前で呼んでいる。それは間違いなく、アーサーの身分を住民たちから隠そうとするからで……。しかし、それでも……。


「……エレック、すまない。お前の気持ちは理解しているつもりだ。だが私は聞けない。民は皆我が家族。私は一個人としても、王族としても、その指針を曲げるつもりはない。王は国の為にあり、国は民の為にあるもの。ここで彼らの命を、町を見捨てるような王を一体誰が王だと認める。

 ――私はもう逃げない。城を出るときにそう誓ったんだ。それにここにいる彼らに私の事情などわかるまい。ここで逃げれば末代までの笑いものだ」

「……ですが!」

「言うな。わかっている、お前はそれすらも理解した上で止めるのだろう。でも駄目なんだ。お前たちに騎士の誇りがあるように、私にだってそれがある。だからエレック、お願いだ。ダミアの民を助けて欲しい。優秀なお前たちになら容易いだろう?――約束するから。私は決して死なない。お前が心配するようなことには絶対にならない。万が一にもだ」

「――っ」


 そんな主人の強い瞳に、それでも穏やかな言葉に、エレックは思わず視線を反らす。


 アーサーもまた、エレック同様自らの役割を全うすると決めていた。ルイスやナサニエルのことは勿論だが、そうでなくとも自分の持てる全ての力を尽くそうと決めていたのだ。ここまで言われてしまってはもう、エレックに止めるすべはない。


 いつの間にか追い付いて来ていたエドワードやブライアン、騎士たちもアーサーの言葉を聞いていたようでお互いに顔を見合わせ頷きあっている。

 アーサーはそれを確認し、混乱を隠せない男に対しにこりと微笑みかけた。


「不安にさせてすまない。私はこの国の王太子。そして私の後ろにいるのは私の騎士達だ。お前たちは我がエターニアの民。つまり私の家族。助けない道理はない」

 その言葉に、男の顔が驚きを通り越して真っ青になる。


「まさか――そんな、あなたがこの国の王子……!?いや――王子様だっていうのか?……ですか!?」

 その声に、まわりの人々も騒ぎ出す。


「王子!?」

「殿下がここにいらっしゃるって!?」

「あぁ……なんて有難い」


「皆、落ち着け。今は驚いている場合ではない。

 まずは状況を把握したい。火の手はどこまで広がっている?住民もこれで全員というわけではないだろう、他の者はどうした」

「は――はい、今は西側……町のおよそ三分の一に火が燃え移っています。山頂から吹き降ろす西風が強く消火は難しい状況で、町全体が焼けるのも時間の問題かと……。それと逃げ遅れた者ですが……実際は殆どいないと思います。実はこの森には町の住民だけが使う道がいくつかありまして。恐らくはそこから避難出来ているかと……。確かめたわけではありませんが……」

「……そうか。ではもう一つ聞きたい。ナサニエルという医者はどこにいる?」

「先生、ですか?……そう言えば、今朝から姿を見ていませんね」

 男が周りの者たちにも確認するが、どうやら今日は誰も姿を見ていないらしい。


「……わかった。もういい」

 ――やはり、この火事は奴の仕業である可能性が高いな。


 それを悟ったアーサーは騎士たちを振り向くと、高らかに宣言する。


「聞け!これよりエレック以外の騎士は私の護衛の任を解く!それ以外の者は二手に分かれ、一方は私と共にダミアに入り逃げ遅れた民の救助、もう一方は避難した民を隣町まで誘導し負傷者の治療と救助の要請にあたれ!医療班も確保しておけよ!各々、一人でも多くの人を助けられるように最善を尽くすよう!いいな!?」

「――はっ!」

「エドワード、ブライアン、お前たちは自分の好きに行動しろ。隣町で待機していろと言ったって、聞く玉じゃないだろうからな。ただし怪我だけはするなよ」


「あぁ。勿論俺たちはお前に着いていくぜ」

「自分の身くらい自分で守れるから、安心しろよエレック卿」


「……それが事実なら宜しいのですがね」

 未だどこか不服気なエレックに、エドワードらはやれやれと肩をすぼめる。そしてそのままアーサーの横に並んだ。


「では行きますか?殿下」

「頼りにしてるぜ、殿下」


「――その呼び方は止めろ。鳥肌が立つ」


「だって事実だし?」

「そうだぞー。王太子殿下?」


 二人のからかうような口調に、アーサーは小さく息を吐く。


「無駄口を叩くな。では――行くぞ!」

「あぁ!」

 

 それを合図に、彼らは二手に分かれて行動を開始した。


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