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【初稿版】愛しのあの方と死に別れて千年~今日も私は悪役令嬢を演じます~《第3幕》  作者: 夕凪ゆな
第5章 夢の続き

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07


 ウィリアムは顔色一つ変えることなくその言葉を聞いていた。


 確かにエリオットの言う通り、ナサニエルの行動には不可解な点が多くある。それはアーサーたちとの話し合いでも論点に上げられた。ナサニエル、ルイス、そして今エリオットの話には出て来ていないが、ヴァイオレット――その三人は、それぞれの思惑(おもわく)で動いている可能性があると。


 つまりエリオットはこう言いたいのだろう。

 ルイスとナサニエルは決して一枚岩ではない。何か裏がある筈だと。そして恐らく、今回ナサニエルがこのような行動を起こした理由、それこそがこの事件を解決する全ての鍵である、と。それはまさしく、ローレンスより話を聞かされたウィリアムらが、最終的に出した結論通り――。


 ――だが、一体何だ。この違和感は……。


 ウィリアムはエリオットから視線を放すことなく、かすかに眉をひそめた。


 彼は先ほどからずっと、エリオットに対し言いようのない違和感を感じていた。終始本音を隠すかのように張り付けられた表情に、無礼極まりない態度。そして突拍子のない話の内容。もちろんそれだけでも、エリオットという男に普通でない何かを感じるのは必然だと理解しているにも関わらず――。


 何故ならウィリアムは、エリオットの話を聞けば聞くほどわからなくなっていくからだ。エリオットがここに居る理由が。何故アメリアと二人きりでこんな場所に来たのか。一体どんな目的があって自分をここに呼び出したのか、その意図が全く見えない為に。この部屋で食事を始めて間もなく二時間を迎えようという――今になっても。


 だからウィリアムはより一層エリオットを疑ってかかる。その顔色の変化を少しも見逃すことのないように。この状況自体が罠である可能性も捨てきれないと。何故ならハンナから届いたアメリアからの手紙には、確かに“これは罠だ”と記されていたのだから。


 ――まどろっこしいのは、正直嫌いなんだがな。


 ウィリアムは苛立ちを抑えるように深く息を吐き出した。向こうから話さないのなら、こちらから聞くしかない。


「エリオット――お前の言いたいことはわかった。確かにナサニエルの行動が不可解なのは俺としても同意見だ。

 アーサーの夢の中でローレンスは言っていた。全ての黒幕はユリウスではなくナサニエルであり――その目的は、ソフィアの力を自らの手に納めることであると。それを阻止する為に、ローレンスはナサニエルの左目を潰したと。何があろうとアーサーの右目を奴に渡してはならないと。

 だが……もしもそれが事実だったとして、一体この状況の何が変わる。お前は何を変えられる。ナサニエルとルイスがアーサーの右目を狙っている事実は変わらない。今俺たちがこうやって食事をしている間にも、状況は刻一刻と変化しているんだ。

 確かにローレンスはルイスを説得しようと考えていることだろう。ナサニエルの手から兄を救い出したいと――そう言った彼の言葉に嘘はないと俺は確信しているからな」


 ウィリアムはそこで一旦言葉を区切った。どうしてもここでエリオットの本音を引き出さなければならないと――そう考えて、再び口を開く。


「だが、言ってしまえばそれだけだ。ナサニエルが事件を起こした動機をいくら考えたところで、アーサーを守ることもルイスを説得することも出来はしない。奴は既に人を(あや)めてしまっている。コンラッド卿だけではない。お前は知らないだろうが、アメリアとお前の代わりに男女二人が殺されているんだ。それは決して許されることではない。綺麗事で終わらせられるほど奴が甘い男ではないことは、お前が一番理解しているのではないのか」


 ウィリアムの視線が、エリオットをじっと見つめて放さない。それは威圧的な、好戦的な眼差しで……エリオットは一瞬だけ瞳を揺らめかせた。


「そうだね。確かに君の言う通りだ。動機がどうであれ先生の行いは決して許されるものではない。だけどこれは僕らにとって……そしてユリアにとっては、何よりも重大な問題なんだよ。

 だって君は言ったじゃないか。先生はソフィアの力を全て手に入れようとしていると。それはつまり、この僕の魂に刻まれたソフィアの力も手に入れようとしているってことだろう?」


 エリオットの眼差しが再び暗く陰る。その色が、深い闇に呑み込まれていく。


「ウィリアム――このままだと、確かに君はもうすぐ死ぬ。でもそれだけじゃないんだよ。もしも僕のこの力が先生によって奪われたら、僕の魂は永遠にこの世から消え去ることになるだろう。それはつまり、君もこの世から永遠にいなくなるってことなんだ」

「――何?」

「だってそうだろう?魂が半分しかない君はとても不安定な存在だ。僕に至ってはこうやって他人の身体を借りなければこの世に魂を留めておけない。今でさえこんな状態なのに、僕の魂が消えてしまったらどうなると思う?君だって無事ではいられない。ユリアにだって、どんな影響が出るかわからないんだ」


 そこまで言って、エリオットは深く息を吐いた。ワイングラスを二三度揺らし、美しく波打つ深紅の色を嘗めるように見つめる。そして、続けた。


「でも、先生はそんな僕に妥協案を提示してくれた」

「妥協案?」


 エリオットは、小さく微笑む。


「そうだ。僕は先生から取引を持ちかけられた。この僕の魂に刻まれたソフィアの力を先生に返すと誓うなら、この力を僕から引き剥がす方法を教える――という取引を。そしてこうも言っていたよ。それが成し遂げられば、同時に僕らの呪いも解かれることになるだろう、と」


 その言葉に、ウィリアムはサッと顔色を変える。部屋の空気が一瞬にして張り詰めた。


「……呪いを解く、だと?」


 トリスタンとマークの表情も険しくなる。

 呪いを解く――それはエリオットの話を信じるならば、ウィリアムの命を救う為の絶対条件。決して悪い話では無い。だがそれは、相手がナサニエルでなければの話だ。


 今の彼らにとってナサニエルは、アーサーの命を狙う敵以外の何者でもない。だから彼らは目の前のエリオットの冷めた笑みに、全身から殺気を漂わせた。


「お前はそれに応じたのか」

「もちろんさ。この呪いが解かれれば、僕らは千年ぶりの平穏を手に入れられるんだ。断る理由なんてどこにもない」

「だが奴は敵だ。お前だってそう言っただろう。何故手を組むような真似をする」

「そうだね。先生は君たちの敵だ。でもあのとき僕が先生の言葉に従わなければ、この力は無理矢理にでも奪われていただろう。

 それに今君がここにいるってことは、ユリアの手紙を読んだってことだ。本来なら僕らは先生の仲間が潜むレトナークで落ち合う筈だった。君はそこで彼らに捕らえられる計画だったんだ。

 でもそれを僕がユリアに頼んでこうやって防いであげたんだから、感謝されこそすれ、そんな目で睨まれる筋合いはないってものだよ」

「……つまり、お前が奴の提案を受け入れたのはフリだったと言うのか?」

「いいや、そうは言ってない。少なくともあの時は本気だったよ。僕は呪いが解けるなら、こんな力はいらないと今でも思っているし。呪いを解き次第この力は彼らに返して、すぐにでも国を出るつもりだったよ」

「――何?」


 その言葉に、ウィリアムは(いきどお)る。“呪いを解き次第”――つまりエリオットは、既に呪いを解く方法を聞かされているということだ。こんな力はいらないと、国を出ると平然と言い放ったエリオットの皮肉げな表情が、それを裏付けている。


 そしてまた、ウィリアムは同時に理解した。先程から感じていた違和感の正体に……それはエリオットが呪いを解く方法を知っていながら、それを告げずにいた為のものだったのだ――と。


 ――だが、一体何の為に?俺に言えない理由でもあるのか?


 そんなウィリアムの思いを知ってか知らずか――エリオットは再び微笑む。その視線がウィリアムの左右に向けられた。それはトリスタンとマークの様子を観察するような眼差しで、ウィリアムは眉をひそめる。


「さて、丁度二時間だ」

 エリオットは呟いて椅子から立ち上がった。そのままテーブルを離れると、ウィリアムらに背を向け部屋の扉の前で立ち止まる。


「……?」

 ――これで話は終わりか?いや、そんな筈はない。


 そう考えるウィリアムをよそに、エリオットの右手がドアノブに延びる。だが扉が開かれることはなかった。その代わり、静まり返った部屋にカチャリと――何かが掛けられたような音だけが響く。


 そう、エリオットは部屋に鍵を掛けたのだ。勿論三人は直ぐにそのことに気が付いた。


「どういうつもりだ?」

 ウィリアムが問えば、エリオットはゆっくりと振り向く。その右手には確かに今使用されたであろう、輪に通された鍵があった。エリオットはその鍵をウィリアムに見せつけるように指先からぶら下げ、そしてそれをくるくると回転させたかと思うと、そのまま部屋の中心、天井に向けて投げやった。鍵は見事にシャンデリアに引っ掛かる。


「この部屋の出口は一つだけ。これで君たちはすぐには部屋を出られない。勿論窓にも鍵が掛けられているよ。

 さて、ではちょっと強引だけど始めよう。僕らの呪を解く為に……ウィリアム、僕は今から君の身体に入らせてもらう」

「……何だと?」

 ウィリアムは低い声で唸る。


 ――俺の身体に入る?ライオネルの身体にこいつが居るように……俺の身体を支配しようとでも言うのか?


 そしてウィリアムがそう思った瞬間――背後でマークの罵声が上がった。


「トリスタン!どうした!?」


 その声にウィリアムが振り向けば、トリスタンは床に膝をつき顔を伏せてしまっている。


「おい、何とか言え!」

 マークはトリスタンの様子を伺いつつも、突然の異常事態に咄嗟に剣を引き抜いていた。マークの左手がウィリアムの肩に伸び、身体を後ろに引き寄せる。流石のウィリアムも顔を蒼ざめた。


「……な」

 ――まさか毒?いや、そんな筈はない。二人は何も口にしていない。


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