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07


「……ルイス」

 ウィリアムは拳を握り締めた。そして、ローレンスを真っ直ぐに見据える。


「ローレンス、お願いだ、教えてくれ。ルイスは今より十五年前、突然俺の元へ現れ自ら付き人となった。そして数か月前に、俺の結婚相手としてある女性との縁談をまとめ上げたんだ。アメリアという女性だ。

 けれど今彼女は何者かにさらわれ、ルイスは“犯人の真の目的はアーサーだ。犯人が誰かはローレンスに聞けば知っている”と言い残して消えた。

 ――俺はずっと考えていた。なぜアメリアがさらわれなければならなかったのか……。俺はさっきまでこう考えていたんだ。“俺が彼女を大切に思うように、アーサーも俺のことを思ってくれている。だから彼女をさらえばアーサーが俺の為に動くだろう”――ルイスはそう考えていたのだろうと。けれど今の話を聴いて、それは勘違いだったと――いや、少なくともルイスにとってはそうだったのかもしれないが、ナサニエルという男にとってはそうではなかった筈だと確信した。ナサニエルがそんなに生易しい男であるとは思えないからだ」


 ウィリアムの言葉を、ローレンスとアーサーは黙ったまま聞いている。


「ルイスの言った犯人とは、ナサニエルのこと。そしてナサニエルの目的は貴方だ。――ならば、その身代わりとしてさらわれたアメリアは貴方の何だ。ルイスにとっての彼女は、一体どういう存在だ。俺はどうあっても彼女を助け出さなければならない。例えこの命に代えても。――だから、教えてくれ、お願いだ」


 ウィリアムは懇願した。一縷の迷いもない瞳で――凛とした、声で。

 その強い眼差しに、ローレンスの瞳が一瞬揺らめく。そして、唐突に何かを思いだしたかのように、眼を大きく見開いた。


「――お前、……もしやあのときの子供か?」

 それは、確信していると言うように。


「……あの時?」

「そうだ、ようやく思い出した。見覚えのある顔だと思ってはいたが……。お前、千年前に一度森で私と会っているだろう?」

「……千年前?」

 ウィリアムは眉をひそめる。アーサーもローレンスの言葉に、先の少年の“ウィリアムは君を心の底から恨んでいる”という言葉を思い出し、ぴくりと目じりを引きつらせた。


 ローレンスは続ける。


「そうだ。千年前、ソフィアの力の込められた石をナサニエルから取り戻す為に奴の息の根を止めた丁度そのとき、私の手からその石を奪い去った子供がいたのだ。お前は覚えていないだろうが……あの子供は間違いなく、お前だった」

「……俺が?」

 ウィリアムは困惑気に呟いた。ルイスやアーサーが千年前の記憶を持っていることはわかっていたが、まさか自分がそこに登場するとは思っていなかったからだ。

 ――けれど同時に、今まで長きにわたり感じていた違和感の正体がわかったような気もしていた。記憶など無いし覚えてもいないが、自分も千年前のアーサーやルイスの件に関りがあったのか――と。だからルイスは自分に近づいてきたのか、と。


 ローレンスは再び、顎に手をあてる。ブツブツと独り言を呟き、視線を左右に振った。


「……だが、アーサーはともかく、何故お前まであの頃の姿なのだ」

 独り言のように囁いて、再びハッと顔をこわばらせる。


「もしや――お前、使ったのか、あの石の力を……」

「――力?」

 そう言われても、ウィリアムには何一つ思い当たらない。自分には千年前の記憶もないし、自身の中にもう一人の自分がいるわけでもないからだ。


「あれを使っておきながら何も覚えていないなど在り得ない。お前が覚えていないなら、お前の中にいる筈だ。それを覚えている者が、必ず」

「……そう……言われても」

 ウィリアムはローレンスの言葉に、何とか思い出そうと頭を巡らせた。けれど、やはりどう頑張っても思い出すことはできない。そもそも22年間生きてきて、それより前の記憶を思い出すようなことは一度だって無かったのだ。今さら頑張ったところでどうこうできる筈もなかった。


 ローレンスは、ふむ、と唸る。


「ならば私が思い出させてやろう。この右目の力を使ってな」

 この言葉に驚いたのは、他でもないアーサーである。


「そんなことが出来るのか!?」

「出来る。これはもともとそういう力だ。ソフィアの右目は過去を、左目は未来を見ることが出来る。もちろんそれを本人に思い出させることもな。――そんなことも知らなかったのか」

 ローレンスの瞳が、呆れたようにアーサーに向けられた。


「記憶を覗けることには気づいていたが……。そうか、つまりそれはその者の過去……」

「そうだ。だが制約もある。何を見たいのか、いつの記憶を知りたいのか、ということを見定めなければならない。例えば、そうだな……。“千年前にソフィアの森でこの私と出会った夜、この男は何をしていたのか――”と言うように」

「――!」

 アーサーはその言葉に、ようやく理解した。子供の頃、どうして回りの者の声が、自分に抱いている感情が、聞きたくもないのに聞こえてきたのかということを。そしてそれがいつの間にか、聞こえなくなったのかを――。つまりアーサーは、気づかないうちに自ら望んでしまっていたのだ。その者が今“何に対し負の感情を抱いているのか、自分をどう思っているのか”、それを自分でも無意識のうちに知りたい――と。だがそれも、あの少年を受け入れてから落ち着いていった。それは多分、他人が自分をどう思っているのか、気にならなくなっていったからなのだ――と。


 ローレンスは考え込むアーサーの姿を眺めながら、やれやれと肩をすぼめる。


「話を続けるが――まぁつまるところ、この力を持ってしても、全てを知ることが出来るわけではないと言うことだ。ナサニエルは初めそれを知らなかったのだろうな。ソフィアの左目を手にし、これで全ては思いのままだと思ったのだろうが、左目だけでは何も知り得ないことに気が付いた。両目が揃わなければ真の力を発揮しないと知ったのだ。だから千年たった今も、この右目を狙い続けているのだろう。全く――ご苦労な事だ」

「……成程な」

 深い溜め息をつくローレンスに対し、アーサーはようやく右目の力を理解したというように一人頷いた。ローレンスはその姿を横目に、ウィリアムの前まで来ると右手を掲げる。手のひらをウィリアムの額にあて――いいか?と尋ねた。


「――あ……あぁ」

 恐る恐る、応えるウィリアム。それと同時にローレンスの右目が赤く変色し、手のひらから眩い光が放たれる。


「見せてもらうぞ。お前の記憶――」

 ローレンスの低い声がその場に響いた。――けれど。


 どういうわけか次の瞬間、ウィリアムの額に当てられた掌が何かに拒まれたかのように、ローレンスは身体ごと弾かれ吹き飛ばされた。


「――何ッ!?」

 宙に投げ出されたローレンスは、けれど空中でバランスを整え難なく着地する。「今のは何だ」と呟きながら、拒まれた右手を不思議そうに見つめていた。その光景に、アーサーも驚いた様子で目を見張る。


「ウィリアムお前、何ともないか!?」

 彼は心配そうにウィリアムに駆け寄った。けれど当のウィリアム本人は何も感じなかったようである。何ともない、と小さく微笑んだ。


「――拒まれた?」

 ローレンスが呟く。「これは少々厄介だな」と続けた。


「何がだ」

 アーサーが尋ねれば、ローレンスは自嘲気味に顔を歪ませる。


「ウィリアムの記憶が、あの夜以降のものしかないのだ。それまでの記憶が一切無い」

「――無い?お前の力でも見られないということか?」

「違う。記憶そのものが存在しないのだ」

「そんなことがあり得るのか」

「普通はあり得ん。それにおかしいのはそれだけではない。――こいつの魂、半分しかないぞ」

「半分?――それは一体どういう意味だ。そんなことがあり得るのか」

「だから無いと言っている」

 ローレンスは再び深い溜め息をついた。彼はウィリアムをじっと見据え、口角を上げる。


「まぁいい。千年前のことはわからなかったが、収穫が無かったわけではない。お前らの申したアメリアという女性の姿を見せて貰った。――彼女の千年前の名はユリア。私が彼女の姿を見たのはあの夜が最初で最後だったが……アメリアはあのときの彼女で間違いない」

「……ユリア、か。それで、彼女はルイスの、そして貴方にとっての何なんだ」

 ウィリアムが再び問えば、ローレンスは眉間にしわを寄せ押し黙った。再び庭へと視線を移し、――そのまま曇った空へと目を向ける。


「ユリアがあの頃の姿だったことを考えれば……彼女も恐らく覚えているのだろうな」

 そう呟いて、瞼を伏せた。その表情は、深く憂いているように見える。


「――私は千年前のあの夜、彼女を守ることが出来なかった。ナサニエルへの憎しみに支配されたあの頃の私の身体は……ここに閉じ込められた私の意志とは関係なしに、殺戮を求める残忍な王であったから……」

 ――そして、再び沈黙するローレンス。

 

 そんな彼の横顔を、ウィリアムとアーサーの二人は何も言わずに見つめていた。ローレンスの言葉の続きを、ひたすら待つ。


 暫くして、彼の瞼がゆっくりと開かれた。同時に、再び言葉が紡がれる。


「ユリアはソフィア妃の二人目のお子。ユリウス兄上の妹に当たる。ユリアが産まれたのは、ソフィア妃が兄上と共に王宮を出て行方をくらませていたときでな。……彼女が兄上の名前を取って、お独りでユリアと名付けられたのだ」

「……“ユリウス”から?」

 ウィリアムは呟いた。


 アーサーとウィリアムは、アメリアがかつてのルイスの妹だと聞いても驚きはしなかった。寧ろ納得したほどだ。

 けれどそれでも、ローレンスの言葉に首を傾げる。ソフィアの娘だということはつまり、ユリアは王女だったと言うことだ。ならば独りで名をつけるとしても、自分の名前からか、もしくは父親であるカイルの名から取るのではないのか――と。


 ローレンスは視線を落とし、躊躇いつつも再び口を開く。


「……アーサー、ウィリアム、お前たちには力を貸そう。いや、寧ろ協力させて欲しい。私はもう二度と彼女を――ユリアを見殺しにするわけにはいかないんだ。何があっても彼女を、ナサニエルの手から救い出さなければならない。そして奴の持つ左目を今度こそ完全に奴の身体から切り離し……兄上をお救いしなければ」

 そう言って、ローレンスは二人を顧みた。彼の瞳には何者にも屈しない強い決意が見て取れる。

 けれどアーサーとウィリアムからすれば、それでは答えになっていない。彼はまだ答えていないのだ。ローレンスにとってのアメリアがどんな存在であるのかを。


 二人はじっとローレンスを見つめる。すると彼はようやくそれに応えるように、悲し気に微笑んだ。同時に強い風が吹き、ローレンスの金の髪を大きく揺らす。


「ユリアは、父上とソフィアの間の子ではない。彼女は……私とソフィアの間に出来た子なのだよ」


 ――そう寂し気に告げたローレンスの瞳は、確かにアメリアと同じ……どこまでも澄み渡った泉の、深い碧色をしていた。


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