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転入した現代の学園が魔法少女の俺より魔境すぎる件について

作者: あずさ

 「愛とスリル」がモットーの、辺鄙な場所に堂々と佇む、ドキドキパラダイス学園。

 年齢制限はなく、噂では平均年齢は三桁に及ぶという。

 多彩な人種のため部活動も幅広く、中でも餅つき部は全国優勝を果たすほどの優秀さだ。

 ネットに上げられた大会の動画では汗が散り餅が弾け入れ歯が飛び交う。


 そんなけったいな学園に一週間前に転入してきた伊藤ナシロは、マリアナ海溝並に深く刻まれた眉間を何度も揉みほぐした。


(まだ、一週間……)


 ミニスカートから覗く、老婆のたるんだ生足を見たことはあるだろうか。

 ナシロはなかった。ないままが良かった。

 見た瞬間に脳が拒絶したようで、転入初日の記憶が怪しい。


「ばあさん、今日は部活じゃぞ」

「いいお茶が入ったからねえ、楽しみだわ」


 巧みな杖さばきで教室を出て行く老人たち。

 彼らは縁側部だろう。

 四階の隅を活動拠点にしていると聞いた。

 そこに踏み込むと最後、老人たちがあの手この手で若者を引きずり込みひたすら茶を注いでくるという。


 ナシロは深く、地中海に届きそうなほど深く溜息をついた。

 そもそも何故自分はこんな魔境に来てしまったのか。


 ――決して、成績が悪かったわけではない。

 ただ、ナシロには使命があった。代々受け継がれている魔法少女として。


 魔法少女である。


 もう一度だけ言う。

 魔法少女である。


 さらに一度だけ言うと、ナシロはれっきとした男――である。


 代々女系の血筋だったらしいが、神様がDNAやら染色体やらを寝ぼけて間違えたのだろう。

 ナシロは伊藤家に男として生まれてきてしまった。

 だというのに魔法少女としての血はそのまま受け継がれたのだから悲劇でしかない。

 融通が利かないにも程がある。

 神様ってやつは頭がカチンコチンの高野豆腐だ。


 法治国家の中では珍しいほどに無法地帯のこの学園では何が起こるか分からない。

 今はまだ不思議と死人は出ていないらしく、学園もそれをウリにしているようだが、いつ何時、バランスを欠いてしまうか分からない。

 惨事が起きる前に見回り、阻止せよ、というのがナシロに課せられた使命だった。


 ――そんなアホな。


 ナシロは乱暴に鞄を持って立ち上がった。


「……部活どうすっかな……」

「まだ、決めてないの?」


 突然掛けられた声に、ナシロはぎょっとして振り向いた。

 まん丸な目をナシロに向けているのは、制服姿の少女だった。

 今時にしては珍しいツインテール。

 ここでは物珍しい気がしてしまう、自分と同じ年くらいの若さ。


「えっと……君は?」

「ボクは川瀬ミノル。よろしくね」


 にこやかな笑顔に毒気はない。

 ナシロは浄化される思いで途端にときめいた。

 同年代の可愛い子と普通に話している。今、とても青春っぽい。ちゃんと高校生っぽい。


 ボクっこ属性なんて自分にはないとナシロは思っていたが、この魔境の中では些細なことだ。

 いいじゃないか個性。万歳だ。

 むしろ個性のバーゲンセールならぬ妄言(ぼうげん)セールなこの場ではごく当たり前に見えてしまう。


「そっか、俺は伊藤ナシロ。よろしくな」

「ナシロ君だね!」


 いきなりの名前呼びである。

 使い古された言葉で言うなら「鈴が転がるような」とでも言いたくなる声で、まさかの名前呼びである。

 ナシロはどぎまぎして視線を逸らした。


「ナシロ君は部活、決まってないの?」

「まあ……何せ変なものばっかりだから……」


 餅つき部はもちろん、オカルト研究部だとか。サバイバル部だとか。

 お手つき部なんてものもあった。何をお手つきするんだ。


「早めに決めないと。学園の方針で、月に一回は青春しないと罰が与えられちゃうから」

「なんて?」


 ナシロの脳はミノルの言葉を適切に処理できなかった。

 有り余る理不尽さに疑問が尽きない。

 どういうことなのか。青春を感じない生徒に人権はないというのか。


 何にせよ、それが事実であればナシロはちょっとしたピンチだ。

 孤高の魔法少女をなめてはいけない。

 迂闊に正体をバラせないので――しかもよりにもよって魔法「少女」だ――中学生活はあまり芳しくなかった。


「良かったら、ボクと同じ部活に入らない?」

「ミノルと?」


 さりげなく名前で呼び返しながら――気味悪がられたらどうしよう!――ナシロは首を傾げた。

 ミノルは特に嫌がる素振りは見せず、もじもじと手を弄んでいる。


「うん、ボクね……ラブ……」


 ラブ!? 何だ!? いきなり愛の告白か!?


「ラブ・テロリスト部に入ってるんだ」

「なんて?」


 けったいな名前を聞いた。


「ラブ・テロリスト部だよ! ボクもまだ入ったばかりなんだけど、ラブなんてとても青春にぴったりじゃない? それにそこの部長がカッコ良くてね!」


 なるほど最後が動機か。

 うっすらと頬を染めるミノルに、ナシロは「へー」と棒読みで返した。

 期待とはかくも残酷なものなのか。


「そのテロリスト集団は何してんの」

「いい雰囲気の二人を見つけたら間を通り抜けたり、ホラ貝吹き鳴らしたり、ラブレターをすり替えたりだよ!」

「邪魔しかしてねぇ!」

「そんなことないよ! こないだは照れて渡せないでいたラブレターを校内放送で音読してあげたって聞いたよ!」

「えぐいわ!」


 黒歴史も真っ青である。黒なのに。


 自分には無理だとうなだれるナシロの手に、そっと触れるものがあった。

 ミノルの手だ。こんなに柔らかくてスベスベなものをナシロは体験したことがなかった。

 その手がゆっくりとナシロの手首に回る。

 見るとそこにはミサンガが取り付けられていた。

 器用に【ラブ・テロリスト部員募集中】と刻まれている。器用すぎか。


 恐る恐る顔を上げれば、潤んだ瞳でじっと見てくるミノル。


「ダメ、かな……? 新入生はボクだけで、少し心細くて……」

「ミノル……」


 一瞬躊躇い、しかし改めて手を握り返そうとし――ふいに教室の壁が爆発した。


「何だ!?」


 ぎょっとして見ると――穴の開いた壁の先にいたのは、一人の老人。


 スカート丈とソックスがまるで黄金比の、風紀委員の「松さん」だった。

 アイロンをきちんとかけているのだろうか。それとも鉄板でも仕込んでいるのだろうか。彼女のスカートはしわ一つなくピシリとしている。

 視線を落とすと、崩れ落ちた壁の残骸に、一つ入れ歯が紛れていた。

 特注なのか金色に輝いており、くすみ一つ見当たらない。


 聞いたことがある。

 松さんは入れ歯飛ばし大会でレギュラー入りする実力者なのだと。


「悪い子はいねぇカッー!」


 「カッ」のタイミングで松さんの口から弾丸――否、入れ歯が飛び出し宙を裂いていく。

 また違う教室の壁に穴が開いた。粉塵が舞う。


「松さんのご乱心じゃー!」

「逃げろ、逃げろー!」


 悲鳴を上げ、多くの生徒が逃げ惑う。ところどころにヅラと遺書が飛び交い始める。

 ナシロは手を放した。松さんの方へ勢い良く駆け出す。


「ミノルは逃げろ!」

「ナシロ君は!?」

「俺にはやることが――あるっ!」


 そう。

 どんなに嫌でも、運命を呪っても、ナシロは、逃げ出すわけにはいかなかった。


 魔法少女として。

 ――男として。


 ナシロは、この人外魔境の学園だって、守り抜いてやると決めたのだ。


「変身!」


 叫ぶなり服が弾け飛ぶ。

 露出多めの、重力をまるで無視したデザインの服に身を包む。

 イメージカラーはピンクだ。どうでもいい。


「松さん! 風紀委員のあんたが風紀を乱してちゃ世話ないぜ!」


 ナシロの啖呵に、松さんがゆぅらり振り向いた。

 シュコー、と何やら口から煙が出ている気がする。

 本当に入れ歯ではなくて銃弾でも発射していたのではないだろうか。


「その服は……」


 ドシンと松さんが一歩、こちらへ向き直り。


「校則違反カッー!」


 今度は銀歯だった。

 ナシロは大きな鍵の形をした杖を盾に、すんでで受け止めた。

 振動が大きい。生身で受けていたら肋骨くらいはいっていたかもしれない。


「聞いちゃくれねぇか……こっちだ!」

「廊カッは走るんじゃない!」

「単語でも出んの!?」


 背後から放たれる入れ歯を慌ててかわす。


 みんなが下に逃げていくので、ナシロは階段を駆け上がった。

 すごい勢いで松さんが追ってくる。階段が凹んでただの傾斜に馴らされそうな勢いだ。

 四階。ナシロはさらに奥へ進む。


「そっちは行き止まり……カッ!?」

「へへ、気づいたようだな……そう、ここは四階の……」


 ナシロは魔法を使い、フワリと浮いた。

 一方、松さんは勢いを殺せず奥へ突き進む。

 それを阻む手があちこちから出てきて松さんを捕らえた。


「日向ぼっこ~日向ぼっこはいらんかね~」

「お茶もあるぞ~ええぞ~」

「新茶だから美味いぞぉ~」

「カッ……!?」

「精力的な活動ご苦労なこった。松さんも、せいぜい茶でも飲んで心を癒すんだな」


 フワフワと浮いたまま、ナシロは器用に肩をすくめてみせた。

 動きを封じられた松さんは、ギロリとナシロを睨み――


「カァッ!!」


 最後の気力を振り絞り、七色に輝く入れ歯を放った。

 油断していたナシロはぎょっとする。

 魔法を同時に使うことはできなかった。

 杖で防ごうとすれば自分は落下してしまう。

 落下すれば最後、自分も縁側部に――。


「危ない!」


 入れ歯に噛みつかれ、ゾンビになってしまうのかと覚悟を決めたナシロの前に、一つの影が飛び出してきた。

 マッチ棒の形をした杖を持った、制服姿の、ツインテール。

 見覚えのあるその人影は巧みな杖裁きで入れ歯を弾き飛ばす。

 入れ歯は窓ガラスを割り宙の彼方へ消えていった。


 唖然としている間に、四方から白い何かが松さんめがけて飛んでくる。

 よく伸び、ほどよく弾力と粘着力のあるそれはまるで縄のように松さんを拘束する。


「あれは……餅……?」

「危なかったね。近くに餅付き部がいたから協力を頼んだの。間に合って良かった」


 そこでナシロはハッとした。

 その声と顔は、つい先ほど会話をしていた人物で。


「ミノル……なのか?」

「うん。どうしてボクの名前を?」


 ナシロは言葉に詰まった。

 自分は今、魔法少女だったのだ。

 自分がナシロだとバレたら、女装趣味の変態だと誤解されかねない。

 焦るナシロの手を、ミノルはそっと握ってきた。ドキリと心臓が跳ねる。


「このミサンガ……もしかして、ナシロ君?」


 速攻でバレた。引きなどなかった。これっぽっちも。

 もうダメだ、新たな学園生活も暗黒時代として過ぎ去っていくのだ――そうナシロは悟り思い切り肩を落とした。

 しかし、


「ナシロ君も同じ魔法少女だったんだね!」

「え……?」

「仲間ができて、しかもそれがナシロ君で、ボク、嬉しいよ」


 そうはにかむミノルの姿に、ナシロは射抜かれた。

 ドン引きされるどころか、こうも温かく受け入れてもらえるだなんて。


 ――ミノルとなら、こんな学園でも清く眩しい青春を過ごすことができるかも……。


「悔しい……」


 ふいに、無力化された松さんが、ポロポロと言葉をこぼした。

 涙がキラリと光る。


「私はただ、青春を感じていない生徒がいたから注意しようとしたんだけなんだ。それなのに反抗した生徒が、ラブ・テロリストだからと私の昔のラブレターを強奪して……それで、羞恥の余り我を忘れて……カッ……」

「ラブ・テロリスト部のせいかよ!」


 とんだ元凶だ。

 それにしたって彼女の導火線も短すぎやしないだろうか。


「まあ、でも、怪我人が出なくて良かったよ」


 朗らかにミノルが言う。

 ナシロは同意半分、あれで怪我人がゼロなんて嘘だろうどうなってんだという気持ち半分で曖昧に頷いた。


「落ち着いたから改めて。ナシロ君はラブ・テロリスト部への入部、考えてくれた?」

「この流れでよく入るかもって思えたな!?」

「え、やっぱりダメかな……」


 しゅんと肩を落とすミノルに、思わず怯む。

 だが、やはり、譲れないものはある。


「ごめん、やっぱり部活には……」

「そっか……ごめんね、無理言って」

「でも……!」


 ナシロはとっさにミノルの手を握った。


「俺、ミノルとならきっと青春できると思って……あっ」


 しゅうぅと間抜けな音を立て白い煙が立ち込めた。

 煙は自分を満遍なく包み込む。

 魔法エネルギーを使い切り変身が解けたのだ。

 徐々に煙が晴れてきて、慣れた身体にホッとしながら、ナシロは笑みを取り繕った。


「ごめん、ビックリさせたかな。あ、でもミノルも魔法少女なら知って……る、か……?」


 ナシロの口はあんぐりと開いていった。


 相変わらずツインテールを揺らしたミノルは自分よりも大きく、体格もガッチリとした、明らかに――そう、明らかに男性で――。


「大丈夫、言ったでしょ? ボクも同じ魔法少女だって」


 照れくさそうにはにかんだミノルに、ナシロは絶叫を上げた。


「同じってそういうことかよ!!!」


 ナシロの青春は、まだ、遠そうだ。

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