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《あそぼ》  作者: kibounito
2/3

ドンジャンケン(1)

 自己紹介が遅れたな。

 俺の名前は伊達圭典。真幌高校の二年生だ。ルックスが並みなら成績も並み、運動神経も友達の数もクラスでの立ち位置も、全てが並みの平均的な高校生である。我ながら平凡な人生だとは思うが、特に部活動も委員会活動もせず、まったりと帰宅部で過ごす高校生活も悪くはないだろう。

 そして昼間、教室で《あそぼ》の話をしていた相手が、井嶋美湖。うちのクラスでは男女問わず人気のある女子の一人だった。同じ中学出身のクラスメイトって事で俺もよく話はするが、別に恋愛関係にあるわけじゃない。とはいえあっちのルックスは並み以上、胸の大きさに至ってはクラスでも上から五位以内には確実に入ってるって噂もある相手だ。チャンスがあればあわよくば……って気持ちは無い事は無かった。俺も男だからな。

 だが今はそんな事はどうでもいい。

 俺が現在置かれている状況は、あまり良いものではなかった。

 良いものではないどころか、ハッキリ言えば悪い。

 この直近の問題をどうやって解決するかが最優先である。

「どうする? 圭典……」

 俺の隣で不安げに佇んでいるのは、美湖。

 そして俺たちの前に立っているのは……。

 黒いノースリーブのワンピースに赤いマフラー。長く乱れた前髪から覗く赤い瞳。裸足で地面に立つ、年端もいかない幼い少女。

 そう。

《あそぼ》、だった。

「なるほどね……こいつが《あそぼ》か」

 相手は背の低い少女であるにもかかわらず、俺は異様な空気をひしひしと感じていた。夢の中だというのに、異常なほどリアルで禍々しいオーラを放っている。こんな凄まじいプレッシャーを毎晩連続で受け続ければ、なるほど美湖が参ってしまうのも無理は無いのかもしれなかった。

 怖くてとても《あそぼ》と遊ぶ気にはなれず、かといってこのままプレッシャーに耐え続ける自信もなく。他人の夢に行ってほしくて適当な相手に《あそぼ》の話を言って聞かせる……その標的になったのが俺ってわけか。

 けれども、これは俺がいま見ている夢だ。

 夢なのだ。

 夢の中で何が起ころうと、現実に影響を与える事はない。

 何を怖がる必要があるのか?

 昼間、《あそぼ》の話をした後、俺たちはそれぞれ帰宅していった。そして俺は《あそぼ》の事なんかすっかり忘れて、ゲームしたり友達とアプリで駄弁ったり、夕飯食ったり風呂入ったり歯磨いたりしてからベッドに入った。ぶっちゃけて言えば、寝る時でさえ《あそぼ》の事なんか思い出す事もなかったのだ。

 しかし眠りに入るや否や、俺は夢を見た。

 いや現実にこうして今も夢を見ている。

 自分がおかしな公園にいる夢だ。

 公園自体は広く、ブランコやシーソー、ジャングルジムといった遊具があちこちに整備されている。最近では事故防止のために遊具を撤去する公園も増えているが、昔はこんな感じで色々と遊び場所のある公園が主流だったらしい。つまり、ちょっと古めかしい以外は、何の変哲もない公園とも言えるだろう。

 おかしな公園、と言ったのは、その周囲だ。

 つまり、公園の外。

 本来なら道があり、住宅や商店といった町に連なっているはずの場所が、ごっそりと無くなっていた。何も無いのだ。公園の外は、真っ白の空間が広がっているだけで、空の青と大地の白とが、地平の果てで水色に混じり合っている。青空の下に広がる虚無の世界に、公園だけがぽつんと存在する空間。そう説明した方が早いかもしれなかった。

 まぁ所詮は夢の中の世界だ。

 どんな非現実的な舞台だろうと驚くには値しない。

 むしろ驚くべきは、俺自身がこの世界を夢の中だと認識している事だろうか。普通、人間はどんな非現実的な夢でも、見ている間それを夢だとはなかなか認識できない。目が覚めた後に、「あ、夢か……」と気付く事が圧倒的だった。

 しかし人によっては……あるいは訓練によって、夢を夢と認識できるようになるらしい。明晰夢ってやつだ。場合によっては、さらに訓練を重ねる事で、ある程度夢で起きる事をコントロールできるとか。

 俺は明晰夢なんて今まで見た事も無かったから、今こうして「これは夢だ」と認識できるのは新鮮な感覚だった。

 そしてもう一つ不思議な事が起きる。

「うそ……圭典っ?」

 何と、俺の夢の中に美湖が現れたのだ。昼間と同じように、真幌高校のブレザーの制服を身に着けていた。かくいう俺もブレザー姿なのだが。

「なんで……あたしの夢の中に圭典が……?」

「あたしの夢っつーか、これ俺の夢なんだけど?」

「そんなわけないわよ、だってちゃんと夜、ベッドで眠った後にこの夢見てるんだから!」

 ルックスや表情はもちろん、口調や仕草まで丸っきり美湖そのものだった。中学からの腐れ縁だし、そりゃ友達が出てくればそっくりなのは当たり前だけれども。奇妙な事に俺は何故だか、本当に俺と美湖の夢が繋がったんだという、確かな実感があった。

 ――そして。

 美湖が俺の肩越しに何かを発見し、その表情を強張らせる。

「あ……ああ」

 言わなくても分かる。

 奴だ。

 奴が現れたんだ。

 この夢が、俺と美湖の夢の繋がった夢なのだとしたら。そして美湖の話が本当だとしたら。奴が現れる事は至極当然だと言えた。

 俺は背後を振り返った。

 そこにいたのは……。

 黒いノースリーブのワンピースに赤いマフラー。長く乱れた前髪から覗く赤い瞳。裸足で地面に立つ、年端もいかない幼い少女。

《あそぼ》、だった。



 かくして、俺と美湖は二人揃って《あそぼ》と対峙する事になった。

 そもそも、都市伝説では《あそぼ》の話を他人にすれば、《あそぼ》はその他人の夢に現れるはずだった。今回で言えば、《あそぼ》は俺の夢にだけ現れ、美湖の夢には現れなくなる。にもかかわらず、奴はこうして二人の夢に同時に現れていた。

 所詮は都市伝説。ただの噂話なんて当てにならないって事か。

 もちろん、俺の隣にいる美湖が、俺の妄想が生み出した夢の中の存在っていうなら都市伝説通りなのだが……。

「ど、どうしよう……圭典、このまま様子見る?」

 しかし俺には、この美湖が、俺の妄想の産物とはどうしても思えなかった。もし自分の見ている夢を夢だと認識できていないのなら、夢の登場人物に現実感があるのは当然かもしれない。

 だが俺は今、これが夢だとはっきり認識しているのだ。それなのに美湖がまるで現実に存在しているような感覚を味わっている。異様な存在感だった。

 存在感があるのは美湖だけではない。

 目の前の《あそぼ》もまた、夢の産物とは思えない迫力があった。いや凄まじい重圧感と言っても良かった。自分と遊ばない限り、永遠に夢に出続ける。そんなプレッシャーがひしひしと感じられるのだ。

「……へッ、上等だ」

 俺は唇の端を吊り上げた。

「圭典……?」

「遊んでやろうじゃねぇか、《あそぼ》ちゃんよぉ?」

「ちょっと、止めときなよ圭典! もし負けたら……」

 美湖が俺の肩を揺らす。確かに危険な賭けだ。もし《あそぼ》と遊んで負けたら、二度と夢から覚める事はできない。都市伝説の話が真実だとすれば、だが。

「負けたら、だろ?」

 俺は肩に置かれた美湖の手に、自分の手を重ねた。

 不敵な笑みを返してやる。

「俺は《あそぼ》の都市伝説を丸ごと全部信じてるわけじゃない。現にあいつは俺とお前の両方の夢に同時に出てきてやがる。話が違うじゃねぇか」

「そうだけど……」

「それに、だ。仮にあれが全部正しい内容だったとしても、夢から覚めないのはあくまで負けた時だけ……勝ったら《あそぼ》の奴はしっぽ巻いて逃げ出すんだろ? 違うか?」

 厳密に言えば、都市伝説で語られているのは負けた時の末路だけであって、勝ったからと言って助かるとは一言も言っていない。常識的に考えて、負けたら二度と夢から覚めないのに、勝っても何もメリットが無いなんて話はフェアじゃないけれども。とりあえず、現に《あそぼ》がこうして夢の中に現れた事だけは確かだ。戦って勝って、そしてどうなるのか――。実際に確かめるのが一番だろう。

「要は勝ちさえすればいい。勝てば、恐らく《あそぼ》は夢に現れなくなる。簡単な話さ。《あそぼ》と遊んで、そして勝つ」

「そんなに上手くいくかしら……」

「なぁに、相手はガキんちょさ。どうにでもなるだろ。俺に任せておけって」

 美湖に耳打ちして、俺は一歩前に進み出た。

「で? 俺は何して遊べばいいんだ、《あそぼ》ちゃん?」

 改めて《あそぼ》と対峙する。

 俺は平均人間だけあって、身長も体重も平均的だ。美湖は俺よりちょっと背が低い。《あそぼ》はそんな美湖よりさらに頭一つ低いくらいだった。たぶん並んで立てば俺の胸くらいしかないだろう。どんな遊びで戦うのか知らないが、こんな幼い少女相手に後れを取るとは思えなかった。

「俺、ゲームとか結構得意だぜ? モバゲーとか、オンラインの……」

 そこで俺は言葉を切る。

 次の瞬間、俺の脳内にイメージが流れ込んできたからだ。

 これは……タイヤ?

 地面に埋まった無数のタイヤ。半円状に飛び出したタイヤが列をなし、その上を列の左右からプレイヤーがそれぞれ歩いていって……出会った場所で、ジャンケン?

《あそぼ》が抱いているイメージか? テレパシーのように言葉が伝わってくるのではなく、あいつの頭の中にある映像がそのまま飛び込んでくる感じだった。タイヤの上を歩いていった二人が出会い頭にジャンケンをして、負けた方がタイヤから降りて……。

「あ、これ……『ドンジャンケン』だ」

 美湖がポロリと呟く。

 まさか、彼女の頭にも同じイメージが流れているのか?

「何だよ、ドンジャンケンって」

「知らない? 小学校の体育の時間にやらされたんだけど。地面に引いた線とか、平均台の上とか、今回はタイヤの列の上かな? そこを両端から歩いていって、二人が出会った所でジャンケンするの」

 ジャンケンで負けた方はタイヤから降り、元の場所まで走って戻る。逆に勝った方はそのままタイヤの上を歩いていく。負けた方は元の場所からまたタイヤの上を歩いていって、もう一度出会った場所でまたジャンケンをする。

「なるほど、勝ち続ければタイヤの上をどんどん進んでいけるし、負けた時はなるべく早く元の場所に戻って、またジャンケンしないと、相手がどんどん迫ってきてしまうってわけか。つまりアレだな? 相手が自分のスタート地点まで来てしまったら……言い換えれば、タイヤの列を端から端まで歩ききってしまったら、その時点で負けってわけだ」

 本来はチーム戦で戦う外遊びだった。チーム戦ならジャンケンで負けた時点で、待機している次のチームメイトがタイヤの上を歩いていくのだが……一対一だと体力的にかなり疲れそうだ。まぁ夢の中でやる遊びに体力も何も無いけれども。

「ふん、相手が子供なだけに、まさに子供の遊びで勝負しようってわけか。ちょうどいいハンデだな」

 俺は軽く挑発してみたが、聞こえているのかいないのか、《あそぼ》は無反応だった。おもむろに横を向き、赤いマフラーに覆われた顎をクイ、と上下させる。

「うん?」

 俺も美湖も奴と同じ方を向いた。見ると、さっきまで何もなかったはずの地面に、いつの間にか半円状のタイヤがいくつも飛び出している。それらは整然と、しかし直線ではなく曲線を描くように、何十メートルも公園の中を走っていた。くねくねとカーブを描いて、まるで這い回る大蛇だ。赤や黄色や青や、派手なペンキでそれぞれタイヤが塗られているのが、いかにも公園の遊具っぽい。

「ここでドンジャンケンをしろって言うのね……いくら夢だからって、いきなりこんなコースが出来てるなんて、ほんと都合がいいこと」

「いいさ、話が早い。けどこれ、もし引き分けになったらどうするんだ? ジャンケンで一進一退の攻防が続いたら、俺たちが目を覚ますまでに勝敗がつかなくなるって事もあるんじゃないか?」

「そしたらまた次の日の晩の夢で仕切り直しなのかな……」

 俺たちの会話が聞こえたのか、《あそぼ》は今度は明確に反応を見せてきた。黒いワンピースの胸を軽く叩く。ほとんどと言うか、全然と言ってもいいほど膨らんでいない胸は、揺れる事もなく小さな音を響かせた。

「胸……?」

 俺たち二人は、ほぼ同時に、あいつが叩いた場所と同じ所……自分の胸に手を回した。違和感に眉をひそめ、ブレザーの内ポケットに指を突っ込む。

 果たして、そこには小さな砂時計が入れられていた。

 さっきまでこんな物が内ポケットに入っていた感触なんて、一切無かったのに。

 いや夢の中の話で無粋なケチをつけるのは止めよう。第一、この砂時計の不可思議さに比べたら、ポケットうんぬんなんてどうでもいい事だった。

 その砂時計は、ごく普通の形をしている。真ん中が極端に細くなったガラスの容器に砂が入れられ、周囲を古びた木の彫刻が取り囲んでいた。だが奇妙な事に、中の砂はガラス容器の天面にへばりつき、一粒たりとも動こうとはしないのだ。

 砂時計と言えば、底に溜まった砂が、上下逆さまにされることで下の方へと落ち、全ての砂が落ちた時に一定の時間が経過したと計れる仕組みになっている。ところがこの砂時計は最初から砂が『天面に溜まって』いて、逆さまにしようが乱暴に降ろうが、まるで接着剤で完全に固められたかのように、微動だにしなかった。

 しかもガラス容器の周りを囲っている木の彫刻も、逆さまにする事は想定していないようだった。砂時計は上下逆にすることで初めて砂が落下し、時計としての機能を果たす。従ってガラス容器を保護するための周囲の枠も、底面と天面はそれぞれ真っ平らになっているのが原則だった。上下反対にすれば、底面は天面に、天面は底面になるのだから。

 けれどもこの砂時計は天面が燭台のように広がっていて、青い炎が一つ、中心から小さく揺れていた。ガスバーナーの炎のように美しい青だ。

「この青い炎、触っても熱くないわ?」

 美湖が自分のブレザーから引っ張り出したのも、やはり同じ砂時計だった。炎がゆらゆら揺れているのに、さっきまで内ポケットに入っていた……その違和感を確認するように、彼女は人差し指で何度も炎を触ったり、指でかき回したりしている。触っても熱くない炎というのは、れっきとした科学実験で再現できる他、光の反射を使ったマジックなどでも定番のネタだ。この砂時計に種や仕掛けがあるとは思えないが。

 一体この炎に何の意味があるんだろう?

 俺たちが摩訶不思議な砂時計と、その上部にゆらめく青い炎に気を取られている間に、《あそぼ》は両腕を頭上に掲げていた。そして何を思ったのか、頭の上でパン! と一回、手を叩く。

 それが合図だったようだ。

 俺と美湖が持っている砂時計の砂が、サラサラと底に向かって落ち始めた。さっきまで微動だにしなかった事が嘘のようだ。

「どうなってんだ、これ?」

「すごい、逆さまにしても……『上に向かって』砂が落ちてる」

 美湖の言う通り、砂時計を逆さまにしても、砂は重力に逆らって下から上に落ちていた。ちなみに青い炎も逆向きのまま燃えている。重力どころか気流の向きまで無視しているのか、この砂時計は。

「――そうか、こいつがタイムリミットってわけだな?」

 ピンときた俺がそう呟くと、《あそぼ》は目を細めて小さく笑った。

「どういう事?」

「この砂時計の砂が、全部底に落ちるまでがゲームの時間ってわけさ。それまでに決着が付かなかったら引き分け。そして引き分けの時は……」

 頭の中に、《あそぼ》の思考が流れてくる。

「引き分けは、俺たちの勝ち……か。ずいぶん気前がいいな。おかげで勝率がぐんと上がったぜ。無理に勝たなくても時間切れを狙えば『勝ち』になるんだから」

 もっとも、こんな小さな子供相手のゲームで、引き伸ばし工作をしなければならない事態なんて起こらないと思うけどな。美湖もようやくゲームのルールを把握したようだ。合点がいったように砂時計の残りを確認していた。

 全ての砂が落ちるまで……あと十分くらいか?

 砂の残り具合と落下する速さから見て、大体それくらいと思われた。気の遠くなるような長時間、ゲームを強制されるわけではないと分かっただけでも収穫だ。

「さてと。それじゃいよいよゲーム本番といこうじゃねぇか。お手柔らかに頼むぜ、《あそぼ》ちゃん?」

 俺の言葉に、もう一度《 あそぼ》が笑みを浮かべる。前髪から覗く目の形でしか表情は窺えないが、俺と遊べるのが楽しみらしい。そういう意味では実に子供らしい反応だった。

 何だ、楽しく遊んで解放されるんなら、怖くも何ともないじゃないか。

 聞いたら呪われる系、夢で襲われる系の都市伝説にしては、《あそぼ》は牧歌的で無害な存在と思われた。

 ……そう、俺は思い込んでいた。


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