4.アニメ過疎地域民の実情
兄、登場です。
颯太と楓が買い物を楽しみ、風花がママ友達と日帰り温泉旅行を満喫しているであろうその時、左藤家の長男・凪は一人自宅の2階にある自室でテレビに向かってリモコンを握っている。
「作業が捗るぜ」
別にいかがわしいDVDや番組を見ている訳ではないし、リモコン以外のモノなど握ってはいない。ブルーレイレコーダーに録画済みのアニメ番組を 目下編集作業中なのだ。
高校への推薦が決まった後に、入学祝いとして念願だった部屋テレビ(32インチ液晶テレビとブルーレイレコーダー)を買ってもらい、ついでにアニメ専用チャンネルも契約してもらった。左藤家、進学した子供に大盤振る舞いだ。
当然ではあるが、凪や楓に与えた林檎フォンは利用制限が設定してあり、凪の部屋のブルーレイレコーダーにはしっかりとペアレンタルのロックが掛かっているで、上述のようにいかがわしい番組を視聴することはできなくなっている。凪、遺憾である。
左藤家は、これまでケーブルTVや光回線を用いたサービスを契約していなかったため、キー局以外の放送は民放BSとNHK-BSしか視聴できなかった。県境の地域ならば隣県の放送が受信できたりということもあるのだが、楓たちの住んでいる地域は隣県に接していないためアニメ過疎地域であった。
そこで凪は拝み倒してアニメ専用チャンネルを視聴できるようにしてもらったのだが、他の部屋のテレビも同時に複数台契約したことで、颯太は各種音楽番組を、風花は旅番組や動物番組を好んで見るようになった。残念ながら楓の部屋にはTVがないため、リビングか兄の部屋でしか見ることができない。
それにしても、中学生活を部活と勉強に明け暮れていた凪。進学が決まり箍が外れたのか、これまで抑圧していた趣味であったライトノベルや投稿小説サイト、アニメなどにどっぷり浸かっている。
颯太や風花は、凪の趣味について他人に迷惑が掛からず勉学に影響が出ない範囲ならば、基本放任の姿勢だ。楓に至っては、兄が借りてきたDVDや録画したアニメを一緒に見たり、読み終わったラノベを貸してくれるので大歓迎であった。
今日は凪にとって羽の休まる一日だった。早朝から母親は旅行に出かけ、10時前には父と妹も外出し、左藤家は凪一人となった。
ストックされていたコーラとポテチを自室に持ち込み、テレビに向かう。お昼は冷蔵庫内の残り物とカップ麺で済ませ、すぐにテレビとのにらめっこに戻る。
昼からだけでも10タイトルは録画済アニメを見ていたであろうか。凪は部屋が薄暗くなっているのに気づきふと時計を見る。
[17:30]
ベッド横にある電源式デジタルクロックの赤色LEDが時を告げていた。そろそろ家族が帰ってくる頃かな、などと思いながらシーリングライトを点灯させようとしたその時
「凪にぃ、ただいまー」
と実に人懐っこい声が階下から聞こえてきた。
凪は見ている映像を一時停止してもう一つのリモコンで部屋の電気を点灯させると、腰を上げドアを開く。すると楓がすでに階段を上がり終えており、何やら嬉しそうに大きな黒いケースを抱えて凪の元に歩み寄ってきた。見るからにギターのケースである。
当時◯RVILLEのギターはケースが別売りであり、SG用はハードケース(定価¥13,000)が用意されていたが、なぜかこのギターには現行純正のGIBS◯Nギグケースが付属されていた。耐衝撃性ではハードケースにかなわないものの、ソフトケースよりも肉厚で容易に担ぐことができるので持ち運びには便利と言える。
「エレキ買ったの?」
「うん。パパにリサイクル店で買ってもらっちゃった。見る?ねぇ、見る?」
父親の颯太に買ってもらった一目惚れのギターを早く誰かに見せびらかしたい、そんな心境なのだろう。妹の勢いに一瞬たじろいだ凪が返事を返す前に、ギグケースのジッパーを引く楓。そして中身を取り出す。
「じゃーん!エースジー!ほらほら、凪にぃと一緒に見たアニメに出てたギターだよ!」
「おおっ!って、これピックアップ無くない?あとアンプは?」
凪、多少はギターのことが分かっているようだ。ソリッドタイプのエレキギターは、箱物ギターに比べると空気が共鳴せず音が小さい。そのため共鳴した音を電気信号に変えるピックアップがボディに搭載されている。そのギターから送られた電気信号を増幅させる物がギターアンプである。
「アンプはパパが持ってるのをくれるって。あとピックアップも昔取り外して保管してるのをつけてくれるよ!」
よほど嬉しかったのであろう。声がウキウキである。残念ながら今日はこのあと家族揃って外食の予定があるので今日はこのSGから音を聞くことは難しそうだ。
しかし颯太は明日も休日である。娘LOVEな彼のことだ。明日は書斎にこもって手持ちのピックアップを装着してくれることだろう。
「それで、なんでギターを買うことになっちゃったの?」
「でゅふふっ、ひ・と・め・ぼ・れっ!」
笑い方が少しアレだが、なんとも幸せそうな発言である。楓は今日一日の出来事とともに、SGと出会った時の気持ちを包み隠さず凪に力説し始めた。
「・・・・それでね、この子が私だけの一本になると思ったら嬉しい気分になっちゃって、パパにお願いして買ってもらったの」
自分がレンタルした非日常的日常アニメDVD1期を見たことが、SGというギターに興味を抱く一つの要因になっていたのだろう。2期であったならば、学園祭のステージシーン回に辿り着く前に、あのアニメから興味を失ってしまう可能性すらあった。そうなった時、楓はアニメを通してSGに興味を持つことはなかったのではないだろうか。それならば楓は、別の何かに興味を持ったのであろうか。それともやはり何らかの因果で・・・。
楓の話を聞きつつ、凪は因果関係について小難しく考えを巡らせてみた。大してどうでも良い事柄にでも理由付けをしたくなる性格なのだ。
ただ、楓がそのアニメのシーンを見てSGの存在を知っていたとしても、颯太が楓をリサイクルショップに導かなければ『この』SGには巡り会うことはなかったであろう。さらに遡れば、そのリサイクルショップに前の持ち主が売りに来て売買が成立していたからこそ、そしておそらく店頭に展示してから間もなかったため、ギターに興味を持ったかも知れない別の客が手に取る前に出会うことができたと言えよう。
そういった意味では、凪とSGとは一期一会の機会に巡り合ったと言えよう。
「そっかー。それじゃ早く父さんにピックアップ付けてもらって音が出るようになったらいいね。 それはそうと、そろそろ時間じゃん? 俺、外着に着替えなきゃだけど、楓はそのままで行くの? 足寒くね? 長ズボンに変えるか、ニーソかストッキングでも履いてきたら?」
決して楓の話が長かったから小難しく考えをめぐらせたり、話の腰を折ったわけではない。外食の時間が差し迫ったからなのだ。多分。ぶっきら棒ではあるが、露出の多い妹の足を見て適切なアドバイスも与えている。出来た兄である。
凪が楓にそんな話を切り出した時、丁度母親の風花が日帰り温泉旅行から帰宅してきた声が聞こえた。子供達二人はいそいそと各自の自室に戻り、外食のための身支度を始めるのであった。