3.一目惚れ
次の目的地までの道中、楓は颯太の学生時代のファッションや流行した音楽などを教えてもらい、颯太も楓くらいの年代の子が関心を持っていることなどを尋ねているとあっという間にお店に着いてしまい、一通り楓の買い物が終了した。
時間は15:30を回ったところ。風花がママ友との日帰り温泉旅行から帰って来るまで、まだ2時間以上ある。
風花が旅行から帰ってきたら、颯太と風花のもう1人の子供である凪(強制参加)を伴って4人で外食の予定だ。
「少し時間が余っちゃったね。じゃ、ちょっとパパも寄りたいところあるから、付き合ってくれない?いいかな?」
楓が了承するとやってきたのは大きなモールの一角にあるお店であった。外から見ると[本]とか[CD]とか[オーディオ]とかの大きな文字が掲げられてある、広いお店だ。
「楓、パパちょっと欲しい本探してるから。楓も漫画本でも見ておいで。30分位したら戻るから、あそこのベンチがあるところに集合ね」
そして物語は冒頭に戻る。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
父と別行動をすることになった楓は、キョロキョロと見渡しながら店内を彷徨っていた。どうやら本などの中古を扱うお店のようだと気づいた彼女は、他にどんなものがあるのか興味を抱き、広い店内を探索し始める。
本やソフトを扱うコーナーを抜け、液晶テレビやオーディオのコーナーを通り過ぎた奥の壁一面の光景に楓は衝撃を受けた。150本を優に超える様々な色や形をしたギターが、フックに吊るされ楓を待ち構えていたのだ。
明るい色、暗い色、丸い形、尖った形、中が空洞の物、四本弦の物。歴戦の戦士のように傷だらけの物。色も形も違うのだが、それら一本一本の曲線がまるで完成された女性のボディラインのようで、楓は目を奪われてしまった。
決して楓にその気があるわけではない。人は誰だって美しい物が好きなのだ。美しい風景、美しい音楽、美しい心。
楓はふと我に返る。
(そうだ、パパのと同じのを探そう)
颯太は触らせてくれないが、家の2階にある颯太の書斎の奥のクローゼット内、ケースに入ったギターが幾つかと、3段重ねの小さくて可愛らしいスピーカーが隠されているのを楓は知っている。そして彼女の記憶の片隅にあった父親のギターは、黒くて瓢箪のようなずんぐりした形だ。
(でもなんで触らせてもらえなかったんだろう。高いのかな)
楓が今よりもっと小さかった頃、父の書斎においてそのギターに関係する何かがあったような気がしないでもないが、今は思い出せない。
気をとり直して展示されている一本一本に目を配っているとすぐに同じ形のギターが見つかった。
[LES PAUL MODEL]
どうやらレスポールという形のようである。
値段や色は様々だが、安いものでは8,000円位から高いものでは300,000円を超えるものまであった。
楓には値段の差が何から来るものなのかは分からなかったが、漠然と、高い方のギターは何かすごい物を使って作っているんだろうと思う程度であった。
ふと視線を壁の隅の方に移す。そこはまるでギターの墓場のような一角だった。
ギタースタンドに立てかけられた其れらは、弦が錆びていたり、張られていなかったり、ボディが割れていたり、糸巻きの部分がなかったり・・・。それらにも値段があり、何やらコメントも添えられている。
なるほど、隅っこの一角に展示されているギターには何かしらの不具合があるため、部品を取ったり、購入した客が自分の手で直したりして利用することを推奨しているようだ。
ギター墓場にあまり興味を惹かれなかった楓が、一瞥して別のコーナーに移動しようとしたその時、白いカラーにクロームのパーツを纏い、ボディにはクワガタ虫のメスの顎のようなトンガリが2つあるギターが目に止まった。
「これユキのギターだ!」
先日、兄の凪がレンタルDVDショップで借りてきたアニメ。ライトノベルを原作とした非日常的日常アニメである。楓が幼稚園に入園した年に放送されていたらしい。
凪の部屋で、兄妹仲良くDVD鑑賞をしていたのだが、そのアニメ終盤にバンドの演奏シーンがあり、楓が『ユキ』とつぶやいたキャラが格好良くリードギターを弾いていたのだ。
ちなみに『ユキ』の弾いていたギターは、ドットのポジションマークとラージピックガードを採用した60’s後期タイプのGIBS◯N SG SPECIALがモデルであり、楓が見ているのはスモールピックガードにブロックポジションマークという60’s前期タイプにアルペンホワイトカラーを配したSG ’62 REISSUEである。
[◯RVILLE BY GIBS◯N SG ¥18,000- ピックアップがないので動作未チェック。トラスロッドは余裕有り。自分だけのコンポーネントギターを作ってみませんか?ギグケース付属]
コメント欄を見た楓の頭には幾つものクエスチョンマークが点灯する。ピックアップ?トラスロッド?コンポーネント?ギグケース?
幾つもの聞いたことも無いカタカナ文字が並んだコメント欄を見ながら、楓はその解読に努める。
(オーヴィルってのがメーカーで、 エスジーがきっとこの子の名前。本体に四角い空間が2個空いているから、ここにピックアップというのを入れたら音が出るよになるのかな?あとは分かんないや。林檎フォンで検索検索っと)
つい数時間前に購入したばかりの林檎フォンを上手に使いこなして、楓は分からなかった単語を調べている。子供は説明書など見なくても、使っているうちに簡単に覚えてしまう。おそらく数日後には、颯太よりも文章を入力するのが早くなっていることだろう。
5分ほど要して楓は、自力では解読できなかったカタカナ文字の意味を理解する。
(ネック調整のために中に入っている金属の棒があって、余裕があるってことは今後ギターのネックが経年変化で反っちゃった時、修正する余裕があるってこと。ギグケースはギターを入れるケースで、緩衝材の入った厚手の入れ物。)
最後に、コンポーネントギターの意味を調べているうちに、楓はわずかな興奮とともにエレキギターに深い興味を抱くことになる。
(コンポーネントギターって、市販のままでなくって、自分がつけたいパーツを組み合わせて作った、世界で一つだけの自分だけのギターってこと!?!)
『コンポーネント』ギターの定義は曖昧だが、解釈はおおよそ間違いではないだろう。あるギター工房が自作のボディの塗装を外注に出したり、他社のスペシャルパーツを搭載することで、その工房独自のオリジナルギターを製作するように、一般人が市販のストラトの21フレットネックを取り外し22フレットネックに交換したり、オリジナルのピックアップでは満足できず市販の有名ピックアップメーカーの物に交換するのもまた『コンポ』である。
白いSGの前でしゃがみながら、楓はニマニマと微笑んでいる。彼女の脳内では、きっとこのギターで『ユキ』のように上手に弾いている自分を妄想しているのであろう。時が経つのも忘れて・・・。
「楓?」
急に声を掛けられ我に帰る。いつの間にか楓の後ろには、それを覗き込むように父・颯太が立っていた。
「何か面白いものでも見つけた?」
颯太は自分の探し物が終割った後、集合の時間までまだあり店内を巡っていたところで背中を丸めてしゃがんでいた娘に気づき声をかけたのだ。
「うん、このギターね、カッコいいなって」
「SGかぁ。楓はギターに興味あるの?あぁ、楓がちっちゃな時もそう言えば・・・」
うむ?何やら薄眼で意味深な発言をしつつ、颯太はギタースタンドに立てかけられている白いギターのネックを握り持ち上げる。
「ピックアップが取り外されてるんだ・・・。ペグやナットはコンディションよさそうだし、塗装やハードウェアも経年相応。キャビティー内まで綺麗にムラなく塗装がされてるし、弦が張られてるからネックの状態が確認できるのが幸いだね。プライスの記載通りならきっと’62SGからオリジナルのピックアップを外しちゃった後に手放されちゃったのかな?」
颯太はギターを手に取り話し始めた。当然楓には颯太が言っていることなど分かるはずもない。ただ父のこのSGに対する評価は悪くはなさそうなことだけは何となく理解できた。
ちなみに当時、◯RVILLE BY GIBS◯Nのギターやベースでは、ハイエンドクラスには本家GIBS◯N U.S.Aと同じ’57 CLASSICや基盤タイプのTM490、P−90、FB ORIGILAL、TB ORIGILALが用いられており、低価格のモデルには国産ピックアップが搭載されていた。
今颯太が手にしている’62SG REISSUEも本来はU.S.A製のTM490が搭載されており、下位モデルのSG−65には国産のオービルオリジナルが載っていた。
「ねぇパパ」
一通り喋り終えて満足そうに手に持っていたギターをスタンドに戻し終えた颯太に、楓は言葉を続けた。
「洋服の代わりに、このギター買ってください!」
伏字ばかりで読みづらくてすみません。人名・アーティスト/バンド名・メーカー/ブランド名に関しましては、わかりやすく伏せていこうと思っております。