12.部活相談(前編)
学校が終わり、優衣や他のクラスの友だちと街ブラしたあと帰宅の途についた楓。制服をハンガーにかけると、カバンの中からゲームセンターで一緒に撮ったプリントシールを取り出して眺める。皆目が大きく顎がとがっていて、まるで1000年後の人類の未来予想図のようだ。今回は盛り盛りのお遊びだ。写った姿は宇宙人のようでもある。
最近のプリントシール機は進化が凄まじい。目を大きくしたり目の形を変えれたり足を長く見せたり美肌にしたり顔の輪郭をシャープにしたり、そしてスマホにもダウンロードが可能である。楓も父親の颯太にお願いしてアプリを林檎フォンにインストールしてもらっていた。アプリインストール時のパスワードは颯太が管理しているためだ。
楓は部屋着に着替え終わると、兄の凪が帰宅するまで学校の宿題と予習に取り掛かる。勉強道具一式を抱えて階段を降りる楓。自室での林檎フォンの使用は許されていないため、リビングに降りて勉強をするようになっていた。
リビングで充電していた林檎フォンから保護ケースを外し、ケースの裏側と手帳にプリントシールを貼り付けた楓は、勉強を開始する。隣のキッチンでは母親の風花が夕食の準備を始めるところだ。
「楓、今日の学校はどうたっだ?」
「どうって普通?あ、新入生歓迎会があって部活の紹介もあったよ」
「何か入りたい部活動あった?去年までミニバスやってたからバスケットボールを続けるの?」
「うーん、どうしようかな。まだ、部活動に入るかもわからない。凪にぃが帰ってきたら色々聞いてみるよ」
時折林檎フォンに友人からメッセージが送られてきて返信したりしているものの、親の前で使っているので風花は安心していられる。勉強もリビングでするようになったので、これまで以上に娘との会話ができるようになった。
「凪は高校では野球じゃなくて軽音楽部に入るって言ってたわね。」
そう、凪も楽器を始めたのだ。妹がギターを手に入れたことに触発され、兄の凪も貯めていたお小遣いを切り崩してエレキベースを手に入れた。ちなみに彼が買ったのは中古のB◯CCHUS社製のプレシジョンベース(PB)だ。入門機の中では、ネックにラミネート加工が施されていて作りがしっかりしている物だ。
楓にどうかな、なんてバンド物のアニメBDを借りてきて二人で見ていたのだが、凪本人もバンドに興味が湧いてきてしまっていた。
二人が見たのは、楓が小学校入学の1年前にテレビ放映され、日本にバンド旋風を巻き起こし楽器店に嬉しい悲鳴を与えた、4コマ漫画が原作の日常系女子高生バンドモノ深夜アニメ。まさか楓が第2話目にして一瞬の歓喜と絶望を味わうとは思いもしなかった。SGが作中に登場したと思ったら早々に部費の足しにと楽器店に売り払われてしまい、楓はアニメを見ながらもしばらくは不貞腐れていた。
恋愛っぽい雰囲気もなく、アクションシーンや練習シーンがない日常系のアニメにのめり込むことができなかった楓は3話切りしてしまったが、凪にはストライクで一期を一気見して、翌日には楽器店や楽器を扱っているリサイクルショップを回っていた。
凪のPBは、楓同様にボディがホワイトでピックアップはブラックの仕様である。これはSEX PIST◯LSのシド・ヴィシャスが使用していたPBと同じカラーリングだ。アニメの影響は皆無で、リサイクルショップに状態が良くそこそこ見た目が良く値段も手頃な物が白のPBだけだったからだ。また、凪はシドはおろかSEX PIST◯LSすら知らない。
春休み中にPBを入手した凪はアニメ視聴の片手間に、颯太に運指を教えてもらって練習中だ。家族でセッションができる日もそう遠くはないかもしれない。
ちなみに1950年代以前はベースパートが用いる楽器に大型のウッドベース/コントラバスが用いられていたが、その大きさのため持ち運びが大変であった。またヴァイオリンやチェロと同様にギターのようなフレットがなかった。TELECASTERやSTRATOCASTERを開発したF◯NDERが、これまで縦置き演奏だったウッドベースのエレキ版として、アンプに繋ぐことで大音量が出せ、ギターのように横向きで、ウッドベースよりはるかに小さく、ギターのようにフレットのある扱いやすいベース楽器を世に生み出したのだ。ありがとうレオ・フ◯ンダーさん。
「中学にも軽音あればいいのに。吹奏楽部も格好良かったんだけど、ギターほどハマれなそう。帰宅部でもいいかなって思ってるんだ」
颯太にSGを買ってもらってから2週間ほどが過ぎようとしていた。楓は毎日1時間ほど運指の練習を続け、今ではなんとか弦を押さえることができるようになった。ピッキングも苦手だったアップ・ピッキングが上達して、現在はオルタネイト・ピッキングに挑戦中であった。
「楓が頑張りたいと思ったことを一生懸命続けなさい。部活でもギターでもね。でも学生の本分は勉強だから、好きなことに没頭しすぎちゃって疎かになるのはダメよ」
「はーい」
「ただいまー」
宿題も終わり、楓が明日の授業の予習をしていると凪が帰ってきた。
「「お帰りなさい」」
「凪にぃ、待ってたよ。相談があるんだけど」
「おう、いいぞ。今カバン置いて着替えてくるからしばらくしたら部屋においで」
リビングを出る凪を見送ると、楓も教科書を閉じ筆記用具を筆入れにしまって階段を上っていくのであった。
投稿が予定時間より遅くなりました。ストックがなくなってしまいましたので以降は不定期になります。