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6.激情の双角蟲VS傲慢の髪切蟲 後編 (戦闘)

「ま、なんでもいいですけれど……」


 傷心の僕を尻目に、心底どうでもよさそうに、髪切り女が前髪をかき上げて、


「そろそろ終わらせますわよ」


 手にした大鋏を両手で、ショキン――、と、


「え?」


 同時、僕の身体は並木さんに突き飛ばされて大きく尻もちをつこうとしていた。


 ザンッ――!

 瞬き一回の時間をおいて、僕の髪の毛を掠め取るように鈍色の大鋏が横凪に振るわれる。


 大鋏は空を切った。

 しかしそこは、ほんの一瞬前まで僕と並木さんが立っていた位置だ。


 おかしい。

 髪切り女と僕たちは数メートルは離れていたはずだ。

 その間合いを、踏み込みもなしに、目で捉えることもできない速さで詰めたのか?

 並木さんが突き飛ばしてくれなければ、大鋏によって切られていたのは空ではなく僕だった。

 そして当の並木さんは――!


「シッ!」


 僕を突き飛ばすのと同時に空中に飛び上っていた並木さんが双剣を振るうと、生み出された紫電が迸り、幾筋もの雷となって髪切り女を襲う。


「あらあら、芸が無いですこと!」


 髪切り女は手にした大鋏をショキン。またその姿が一瞬で消える。


「並木さん後ろ!」


 僕は咄嗟に叫んだ。

 しかし空中で自由の利かない並木さんの背中に、髪切り女が強烈な蹴りを見舞う。

 並木さんは叩き落され地べたを擦った。


 そこに髪切り女からの追撃が入る。

 大鋏を振るうと、大鋏が半ばから溶解して鈍色の液体となり、空中に迸ったそれがなんとギロチンに姿を変えて並木さんの上に影を落とす。


「落ちなさいッ!」


 命令通り巨大なギロチンが並木さんめがけて急降下!

 すんでのところで回避する並木さんだが、攻撃はまだ終わっていない!

 アスファルトを粉砕するかと思われたギロチンが着地と同時に鈍色の液体となり、地面に吸い込まれるように消える。


 それを見ていた並木さんは回避行動を一度で終わらせず、連続でステップを踏む。

 それは正しく、下からアスファルトを突き破って幾本もの剣が並木さん目がけて連続で襲い掛かる。


「なかなか身軽ですわね。それならこれはいかがかしら?」


 髪切り女がそう言うや否や、突き出した剣が一瞬で鈍色の液体に変わって破裂し、四方八方に飛び散った無数のそれが全てナイフに変わる!

 ――って、これは僕も危ない!?


「しまった!」


 そのセリフは僕の物か、並木さんの物か。

 並木さんは飛来するナイフを全て叩き落したけれど、そんな達人じみたことができない僕は――


「ぐああっ!」


 僕の身体の至る所をナイフが掠め、切り裂いていく。

 痛い、すっごく痛い!

 何本かは身体に突き刺さっているが、それでも急所だけは守り切った。

 それでも大声をあげて泣きたくなるくらいに痛い!


「うぐぅぅぅ」


 涙をこらえ歯を食いしばり、呻き声と共に身体に突き刺さったナイフを引き抜く。同時に鮮血が噴き出すけどとりあえずは無視だ。

 すべてのナイフを抜き終えた僕は、心の中で蟲にお願いして力を借りる。

 姿の見えない蟲が腹の奥底で蠢いて、心なしか存在感が大きくなったような気がした。


 変化はすぐに訪れる。

 身体中の傷口があっという間に塞がり切った。先ほどまでの激痛も嘘みたいに消えている。


「クスクス。そんなところでボーッとしていたら危ないですわよぉ?」


 そんな僕を見て嘲笑う髪切り女。

 わざとだよね? 絶対に今のはわざとだ!

 勘弁してよ……。確かに傷は治せるけれど、受ける痛みは全く減らないんだから……。


「やはり、今の私では誰かを守護りながら戦うのは難しい……ですね」


 ぽつりと、並木さんが言った。


「出し惜しみをしている余裕はないようです。すみません霧生さん、痛い思いをさせてしまって」


 ざぁっ――、っと。周囲の空気が全て入れ替わったような錯覚。


 ピリピリと、いやビリビリと? 帯電する空気が皮膚を刺激するような感覚。

 並木さんの蟲は激情の双角蟲。その能力は、電気を操る力、【猛甕雷タケミカヅチ】。


 つまり、これは――


「今、片付けますので」


 バチン! 電気が、弾けた。

 双剣から発生した紫電が腕を伝わり、並木さんの全身を覆っていく。

 その銀髪がバリバリと逆立ち、ツインテールがまるで鍬形の双角のように見える。

 目つきはより鋭くなり、その口元には、らしからぬ不敵な笑みが窺えた。


 これは、――本気だ。


 その雰囲気の急激な変化に、髪切り女も異変を察知したようで手にした大鋏をショキンと――


「遅い!」


 できなかった。

 己自身を迅雷と化した並木さんの、目にも留まらぬ踏み込み、および一撃。

 かろうじて大鋏で受けたものの、髪切り女の身体は大きく後退する。


 ――髪切り女の瞬間移動は、大鋏をショキンとしなければ行えない。しかし、並木さんの高速移動は完全なノーモーションからの発生で、初速が違いすぎる。


「ほらほら、どうしましたァ!?」


 もはや雷と化した並木さんの前後左右、時折頭上からの奇襲も交えての連続攻撃。幾筋もの雷光が髪切り女を覆いつくさんばかりに襲い掛かる!


 ――っていうか、何気に並木さん性格変わってない?

 先ほどまでクールだった並木さんがドスの聞いた声を張り上げ、相手を露骨に挑発している。


「さあ鳴け! けべ! 【猛甕雷タケミカヅチ】!」


 並木さんの声に呼応するかの如く、双剣が一際激しい紫電を迸らせる。


「くッ……! なめるんじゃありませんわよ!」


 ショキン――! 髪切り女の姿が消える!


「並木さん、うし――」


 ろ、と言いかけて並木さんの姿も消えていることに気付く。

 一体どこに、――と思う暇もなく並木さんが姿を現す。


「後ろですよッと!」


 並木さんの背後に瞬間移動したはずの髪切り女の、そのさらに後ろに回り込んでいた並木さんが、髪切り女の背中に強烈な前蹴りをお見舞いした。


 ずざーっ! っと前のめりに倒れた髪切り女が顔面で地面を擦る。

 これは先ほどの意趣返しが見事に決まった形だ。


「ほらほらほらほらどうしました、早く立ち上がって下さいよホラホラ!?」


 だから並木さんテンション高いって! とても同一人物とは思えない豹変ぶりに僕の目は白黒してしまう。

 あ、ほら、髪切り女の背中が震えてる! 相当怒ってるよあれは……。


「この……」


 髪切り女が、背を向けたままゆらりと立ち上がる。

 その背中からは揺らめくオーラが立ち上り、空間を歪めているように見えた。


「このワタクシを……蹴り飛ばしましたわね? 侮辱しましたわね?」


 大鋏を握る手と、恐らくはその口から、ぎりり――という音が聞こえた。


「蔑みましたわね? 下に見ましたわね?」


 髪切り女の肩が震えている。

 なんだか、とてもまずい雰囲気を醸し出していた。

 おもむろに、髪切り女の首がこちらを振り返る。


「このワタクシを――怒らせましたわネェェェェェ!?」

「ヒィィッ!?」


 血走った眼、食いしばった歯、血を流す鼻――、そして、怒りに歪む表情、悪鬼羅刹の如き気迫。

 思わず悲鳴が漏れる僕。怖すぎて膝が震えてきた。


「【斬裁切断セイバー】ァァァァ!!」


 怒りに声を震わせ、髪切り女が一喝!

 呼応するかのように手にした大鋏が瞬時に鈍色の液体に変わった。

 そしてそれは勢いよく放射状に糸のような形で拡散していき、僕たちの頭上を蜘蛛の巣のように覆っていく。


「ワタクシの髪切蟲はありとあらゆるものを切断いたしますわ!」


 頭上に広がる鈍色の蜘蛛の巣から、さらに鈍色の糸が伸びる。

 そしてそれは瞬時に鋭利な刃物と化し、降り注ぐように僕たちに襲い掛かる!


「霧生さん伏せて下さい」


 並木さんの言うとおり僕は慌てて地面に伏せる。僕を庇う様に立つ並木さんは、両手の双剣を巧みに操り、襲い掛かる鈍色の刃物を全て捌いていく。


「このワタクシに切り断てぬものなど存在しませんわ! あらゆるものをォ、髪から神まで、カミナリすらもォォォ!」


 全周囲からの、のた打ち回る針金のような攻撃の嵐。

 隙間なく間断なく襲い掛かる必殺の刃。


「恐れなさい、跪きなさい、傅きなさいィ! ワタクシが最高・最強・一番偉んですのよォォ!」


「――【傲慢】が過ぎますよ、髪切蟲風情が」


 並木さんのドスの聞いた呟きが頭上から降ってくる。

 僕に向けてのものじゃないのは分かっているのに、それでも心臓がキューッとなるほど怖い。


「あなた如きに、この双角蟲わたしが切れるはずないだろうがァァァッ!」


 並木さんの怒声が空気を振るわせる!

 だから怖いって並木さん! さっきから感情の起伏が激しすぎない!?

 ここにきて【激情の双角蟲】の意味、よぉく分かった気がする。


「シャアッ!」


 並木さんが双剣を左右に突き出す。

 迫りくる針金の刃の群れを迎え撃つように。

 双剣に紫電が奔る。それは瞬時に激しさを増す。


 そして迫る針金が双剣に触れた、その瞬間!

 まるで雷が落ちたような轟音と共に、全周囲が激しい閃光に包まれる!


「ぎぃぃあああああぁぁ!!!」


 同時に聞こえたその悲鳴は、まるで断末魔の叫びのようだった。

 その悲鳴の主は……髪切り女以外にはありえない。

 閃光が収まったその後にはもはや鈍色の蜘蛛の巣もなく、空は暗黒の茜色を取り戻し。


 その下には、髪切り女が地に突っ伏し、時折ビクビクと痙攣している。

 どうやら並木さんの言うとおり、流石の髪切蟲も双角蟲の電撃までは切れなかったようだ。


「……まあ、厳密に言えば切れたのでしょうけれど。それならば切っても切っても切がないほどに仕掛けてやればよいだけのことです」


 そう言った並木さんは、クールな並木さんに戻っていた。手にした双剣からも紫電が消えている。

 どうやら、戦いは終わったようだ――


「――まだ、ですわぁ」


 僕は驚きに目を見開く。

 あれだけの電撃を浴びてまだ立ち上がれるなんて!

 身体中の水分が沸騰したであろう、その証拠の湯気を全身から立ち上らせ、ふらふらと、それでも髪切り女は立ち上がった。


「ワタクシが一番強い、尊い、貴い、偉い――」


 異変が起きている。

 髪切り女の輪郭線が、まるで石を投げ入れた水面のように波打っている。


「このワタクシガ、ワタクシガイチバンンン!!」


 どろり。

 髪切り女の身体が、絶叫と共に鈍色の液体に変わっていく。

 手が、足が、顔が、まるで溶け落ちるように――!

 これはなにかまずい――、僕がそう思うのとほぼ同時。


「シッ!」


 並木さんが動き、そして。


「ガッ!?」


 髪切り女の首を一閃して――、切り落とした。


「あっ――」


 並木さんが、髪切り女を、殺した。

 髪切り女の首は胴体を離れ、ごろり、と地面に転がる。

 数瞬遅れて胴体も再び地面に倒れ伏し、今度はピクリとも動かなくなった。


「危ない所でした。さすがに【蟲喰ムシバミ】になられたら霧生さんを守り切れる自信がありません」


 並木さんが淡々とした口調で言った。


「さて霧生さん。私についてきて下さい」


 並木さんは髪切り女の遺体に背を向けて歩き出した。

 って、まさかこのままにしておくつもりじゃあ……。


「あ、あの」

「大丈夫です。蟲籠には後始末を専門とする蟲飼もいますので」


 僕の質問を察して並木さんが答える。

 見ると、髪切り女の周りに黒い沼のようなものが発生しており、髪切り女の遺体がずぶずぶと沈んでいくところだった。


「【死出蟲シデムシ】と呼ばれる蟲の能力です。もっぱら任務中や征伐対象として死した蟲飼の処理や、戦いの痕跡の後始末を担当しています」


 遺体の方に目を向けることなく並木さんは言った。


「ちなみに、人払いを専門とする蟲飼もいます。我々蟲籠の蟲飼は任務にあたりグループで行動することが普通です」

「えっと、蟲籠って……?」

「そのことも含め、移動先で全てお話しします」


 並木さんは足を止め、僕の方を振り返って言った。


「あなたはもう、無関係ではありませんので」


 その言葉は、僕の胸にずっしりとのしかかる様だった。

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