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5.激情の双角蟲VS傲慢の髪切蟲 前編 (戦闘)

 ――ああ、気持ちいいなあ。


 全身がぽかぽかする。極上の温泉に浸かっているみたいだ。

 優しく、温かく、僕の身体が癒されていく。

 さっきまで死にそうなほど痛かったのに、今はむしろ元気が有り余っているくらいだ。


 もしかしたら、動かせるかな?

 おっ、手が動く。

 足も――動いた。

 じゃあ、まぶたは?

 ぐぐっと、力を込める……。


 僕のまぶたが、ゆっくりと持ち上がっていく――



 目を開けると、そこは戦場と化していた。


「シッ!」

「そぉれっ!」


 ギィィンッ!


 金属同士を打ち合わせたような、高く澄んだ音が響く。

 戦っているのは二人の女性だ。

 夕日の赤に染まる空間で、付いて、離れて、踊るように。


 一人は、髪切り女。その手には両手でやっと持つような巨大な鈍色の鋏を持っている。

 そして、もう一人は――


「並木……さん?」


 今朝、僕が道案内をしてあげた少女、並木・アリェーニャだった。

 並木さんは両手に一振りづつ、二本一対の剣を握っていた。左右対称の形をしていて、刀身は大きく湾曲している。

 二人の女性は互いの獲物をぶつけ合いつつ、その度に間合いを取ってお互いの出方を伺っているようだった。


「並木さんっ!」


 無意識の内に並木さんの名前を叫んでいた。

 僕の声に気付いた並木さんが一瞬こちらを見遣り、次に武器を弾いた反動を利用してこちらに大きく飛んでくる。人並外れた脚力だ。

 地面に座っている僕を庇うように背を向けた並木さんが、少しだけこちらに顔を向けて言った。


「霧生さん、怪我の方は大丈夫ですか?」


 怪我?

 僕は慌てて脚を、身体中を見回す。


「怪我が……治ってる?」


 あれだけズタズタにされたはずの全身の切り傷は、後を全く残さず綺麗に消えていた。

 すべては夢だったのかとも思ったけど、僕の学ランは確かに切り刻まれて、赤黒い血液で汚れていた。


「並木さんが……治してくれたの?」

「いえ……」


 並木さんは言葉短に否定し、言った。


「単刀直入に言います。霧生さん。あなたは【蟲飼ムシカイ】です」

「ムシ……カイ? なに、それ?」

「今は分からずとも結構です。蟲飼であるということは、私たちと同じ存在だということです」

「並木さん……たちと、僕が?」

「そうです。その事を頭に入れた上で、これから起こる事をよく見ていて下さい」


 それで、全てが理解できるはずです――そう言い残して、並木さんは迫り来る髪切り女に向かって駆け出した。

 同時に、彼女が手にする一対の双剣がパリパリという音を立てて電気を帯び始めた。

 電気は紫電となり、空気中に放電されていく。


「シッ!」


 短い呼気と共に並木さんが双剣を薙ぐように振るう。刹那、双剣が纏う紫電が幾筋もの雷となって迸り髪切り女を襲う!

 しかし髪切り女も同時に動いていた。手にした大鋏を横凪に振るうと、鋏の先端が溶けるように揺らいで鈍色の水滴なようなものを無数に飛ばす。

 その鈍色の水滴はたちまち小さなナイフに姿を変えて、一瞬で迫り来るすべての雷と衝突、見ごとに迎撃して見せた。


 さらにお返しとばかりにもう一度鋏を振るい、今度はその無数のナイフが並木さんに襲い掛かる。

 並木さんはそれをステップに側転を交えてすべて回避してしまった。

 ナイフと電撃の応酬をしつつ両者はじわりと距離を詰め、再びゼロ距離での打ち合いになる。


 圧倒的な戦いだった。

 二人は漫画に出てくる超能力者か何かだろうか?


 ……いや、違う。これが蟲飼なんだ。

 正直、まだ聞きたいことは山ほどある。

 でも、僕は。徐々に理解し始めていた。

 なぜだか分からないけれど、分かる。

 並木さんが言う蟲飼の事。

 さらに蟲飼を蟲飼足らしめる【ムシ】の存在。

 そして――。


「これが……僕の蟲の【能力】」


 僕は、僕の中にいる蟲の能力によって命を救われた事を理解した。

 僕を助けてくれた蟲に、まずは感謝。


 でも。

 蟲は敵だ。僕の身体を、意識を、乗っ取ろうとしている。

 その力はとても弱い。ぼーっとしていても全然平気だろう。

 でも、確かに。乗っ取ろうとしている。腹の奥底に潜んで、虎視眈々とその機会を窺っている。

 だから間違いなく、蟲は敵だ。油断はしちゃいけない。


「よし」


 異常な現実に理解が追いつき、頭が回り始めてきた。

 僕は立ち上がり、切り結ぶ並木さんと髪切り女を見る。

 あの二人も蟲飼なんだ。二人が持つ武器は蟲の能力によって生み出されたものなんだろう。いや、あるいは蟲そのものなのか。

 僕の蟲にはそういったことができないようなので、ここは大人しく見ているしかない。

 僕にできることといえば、それは――


「ッ!?」


 髪切り女の重い一撃が並木さんの武器を弾き飛ばす。

 すかさずもう一本を振るって間合いを広げる並木さん。弾き飛ばされた方はアスファルトに刀身半ばまで突き刺さっている。


「並木さん、こっちへ!」


 僕の呼びかけに応じて並木さんが目で髪切り女を牽制しながら一足で飛んでくる。これも蟲の力なのか、凄まじい身体能力だ。


「手を怪我してるよね」

「これ位は平気です」

「いいから見せて」


 僕は並木さんの手をとる。素手なのにまるでシルクの手袋をはめたように白くて綺麗な手だ。その手の甲が赤く腫れている。これでは武器を強く握ることができないだろう。


 僕の蟲がもたらしてくれた能力。僕には自然とその使い方が分かる。

 僕は並木さんの腫れた手を取って片膝をつき、その患部にそっと口付けをした。


 ちゅっ。

 一瞬驚いたような顔をした並木さん。だけどすぐにもっと驚くことになる。


「傷が……治った」

「これでもう大丈夫だよ」


 僕には他者を【癒す】能力が備わったのだ。今、僕の体液はどんな怪我もたちどころに治癒する最高の万能薬になっている。

 それはもちろん自分にも有効だ。


「なるほどねぇ。その能力でアナタは命拾いをした、というわけですのね」


 こちらを見ていた髪切り女が納得したように言った。


「でもそれ以外には何ができますの? アナタの蟲は?」


 僕は言葉に詰まる。

 正直、僕の蟲にできるのは癒すことだけだ。もしかしたらそれ以外の使い方もあるのかもしれないけれど、少なくとも今の僕には思いつかない。


「……沈黙。なるほど、なにもできない……というわけですのね」


 髪切り女がフンッと鼻で笑う。


「二対一では分が悪いかとも思いましたが、そんなことは全くありませんでしたわね。癒すだけの能力なんて、一瞬一撃で勝負が決まることの多い蟲飼同士の戦いでは何の役にも立ちませんことよ?」

「ぐぅ」


 ぐうの音も出ない。確かに、僕の能力では死者まで癒すことはできない。一撃でやられてしまったら意味がないだろう。


「それでは、さっさと決着をつけてしまいましょう。鍬形娘はご存知でしょうが、冥土の土産に教えて差し上げますわ。ワタクシ、【傲慢の髪切蟲】の能力は【ありとあらゆるものを切ることができる力】。名づけて【斬裁切断セイバー】。この世でワタクシに切り断てぬものなど存在しなくってよ」


 髪切り女が手にした巨大鋏を眼前に掲げる。


 【傲慢ごうまん髪切蟲カミキリムシ】――。


 【傲慢の】という修飾語が気になるけれど、髪切り女の蟲が髪切蟲というのには納得だ。それに、確かに彼女の言動は傲慢という感じがする。

 ところで、鍬形娘って?


「ならば私も、霧生さんのために名乗っておきます。私は蟲籠の蟲飼。宿す蟲は【激情の双角蟲】。能力は【電気を操る】こと。【猛甕雷タケミカヅチ】と、私は呼んでいます」


 並木さんは【激情げきじょう双角蟲そうかくちゅう】か……。

 角が二本だから、鍬形ということなのだろうか。確かによく見ると、持っている双剣も鍬形の大顎のような形をしている。

 能力が電気を操るということだけど、それは先ほどから見ているので理解できる。


 あと、並木さんが【激情の】っていうのは分からないな。こんなにクールなのに? うーん、まあ今はいいか。


「髪切蟲と双角蟲……。じゃあ僕の蟲はなんなんだろう……」


 人を癒すという能力からすると、優しくて綺麗な感じの蟲かな? チョウチョとか?

 そんな僕の甘い幻想は髪切り女の一言で無常にも打ち砕かれる。


「アナタの蟲は【蛆蟲ウジムシ】ですわよ」

「ええっ! 嘘!?」

「嘘なものですか。ワタクシ見ましたわよ? 瀕死のアナタの身体に大量の蛆蟲が沸いて、アナタの傷を治すのを」


 髪切り女が嫌悪に顔を歪める様にして言った。「とってもキモかったですわ」


「私も……見ました」


 並木さんが言った。相変わらずの無表情だったけれど、心なしか顔色が悪そうに見えた。


「ガーン……」


 あまりのショックにリアルで「ガーン」などと口走ってしまった。

 よりにもよって蛆蟲なんて……。ぜんぜん癒しのイメージじゃないのに……。

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