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まじょたく ~魔女の卓球~

作者: なおざりん

 思い出すだけで羞恥心と自己嫌悪に陥る、人に言えないほどの思い出。

それが、僕の最後の恋愛だった。


 大学で偶然知り合ったあの子、どこにでもある光景――ではなかった。ゲーム内の大学だったから。

 オンラインゲームという物で、日本中のネットが出来る環境なら学生生活が擬似的に体験できる。自分の分身が大学という環境の中で、友達を作ったり、恋人を作ったり出来る。勉強は無くて、ただ、構内はモンスターが出る。

 そんな世界で僕はいつもどおり構内を彷徨っていた。気づくとキャンパスの中でも一番はしっこまで来ていたが、僕はとても強かったのでそんな事気にしてなかった。

 現実で友達を作れず、就職も出来ずに毎日家で親のすねを齧っていた僕は、オンラインの中では友達が出来るかもしれないと思い擬似大学に通う事にした。

 しかし、そう現実は甘くなくて、全然友達は出来ずにこうして毎日構内を歩き回っているだけ。いつか友達が出来ると信じて。


 目の前で女の子が二人、ボスモンスターに襲われていた。LV差もありだいぶ苦戦しているようだったが、むしろ僕が惹かれたのは、片方の女の子の姿だった。

見たことの無い顔つき、体格、服装という名の装備。


 瞬間、僕はボスに対し殴りかかっていた。……実際にはマウスでワンクリックしただけだが。

 ほどなくボスは地に伏した。とたんに二人が『ありがとう』と言う。

 僕は『^^』と打ち込むとサッサとその場を離れた。


 再び、その『見たことの無い女の子』を見たのは教職(学校教員になるための過程およびカリキュラム)の説明会だった。どういうわけか、僕は現実ではまったく就職する気など無かったのに、実際こうして教職を受けに来ている。

 ただただ職員という名のNPC(ノンプレイヤーキャラクター:コンピュータによる与えられた役割をこなすキャラクター。人の操作していないキャラ)の説明を教室の一席に座って聞いていた。


 彼女はわざわざ隣に座ってきて、囁いてきた。

「先日はどうも」

「いえいえ」

 実際は逃げ出したかったが、教室の門は閉められて説明会が終わるまでは開かない。

 仕方なく話をした。色々聞いた。

 出会ったあの日に入学(ゲーム開始)して、構内を探索していたところだった事。名前は『キョーコ』である事(見れば分かる)。サークルは卓球サークルである事。学部は僕と同じ法学部だという事。


 そして、

「なんだかかっこ良いですね」

と言われた。

 おそらく僕の外装を言っているのだろう。こんな事、現実では言われた事が無かったので返答に困っていると

「友達が来たので失礼します」と言って、彼女はケータイのアドレス(オンライン内の連絡手段)をおいて去っていった。

 おそらくあの見たことの無い外装はこの前のアップデートで追加されたのだろう。そしてあの日始めたキョーコは新しい外装ばかりを合わせてキャラを作ったのだろう。そう思っていた。



あの後も何度かキョーコとすれ違ったり連絡を取ったりした。すれ違うとき、彼女は必ず微笑み、「こんにちは」などと声をかけてきた。

彼女は彼氏が出来たとか、卓球(ミニゲームが楽しめる)で空振りしたとかそんな事をよくメールで送ってきた。

(なんで僕にこんなに構うのだろうか。)と不思議に思ったけど、それは口には出さなかった。せっかく出来た友達とも言える関係に終止符を打ちたくなかったからだ。



 ある日狩りに誘われた。彼女の進級をかけた試験クエストで、あるモンスターを200匹狩るというものだ。

 前衛(つまりヒットポイントと防御が高くて近距離攻撃しか出来ない)キャラの僕と、援護(魔法や特殊な力を使って攻撃・援護する)キャラのキョーコはある意味妥当な組み合わせだった。

 僕は次々とモンスターを集めて周り、彼女はそれを魔法で倒す。その時に気付いたが、彼女は武器も見たことの無いものだった。

 なぜこんなものが武器として通用するのかという疑問はあったが、それをステッキ代わりに振り回して魔法を放つ姿はかわいらしかった。




 彼女は卓球のラケットを振り回していた。

 そのモンスターが良く沸くのは学校の裏の畑だったので、余計に違和感を覚える。

……

……

……

「畑で卓球のラケット、変だねw」

 ようやく話せるようになった僕は、こんな言葉1つ交わすのに緊張し、なかなかエンターを押せなかった。

 返事を待つ間が、とても怖い。キョーコが答えてくれないんじゃないか。笑われるんじゃないか。もう会って話をしてもらえないんじゃないか。

 色んな恐怖が、会話をするたびにいつも僕を襲った。

……

……

……

「そうだねーw」

 だから、彼女から返事があったとき、嬉しかった。毎回ちゃんと返してくれるのに、優しい彼女を僕は毎回疑う。そして一人不安になるのが少し馬鹿らしくもあり、また不安を感じずにはいられないという矛盾を持っていた。


 試験をクリアする頃には二人は泥まみれで、夕日がほとんど沈んでしまうような時間だった。

「おわった~~~」キョーコはそういうとキャラクターにばんざいをさせた。

「おめでとー^^」僕はそう言葉をかけた。しかし……。


 キョーコは突然泣き出した。キャラクターが泣く仕種をしただけだけど、僕には彼女が実際に泣いている様子を画面越しに感じた。

 そして、僕にはどうすることも出来なかった。何も言葉をかけてあげられず、チャット欄に言葉を打っては消して、消しては打ったが発言できなかった。こんな時にどうすればいいのか、誰も教えてくれなかったし、こんな経験もない。キャラのLVが高くても、スキルをたくさん覚えていても何の役にも立たない。


 残念な事に、沈黙が続いた。

「間違えたw」

「www」

 不意に彼女はそう言ったので、僕は笑って返した。

 このあと彼女はログアウトして、僕は一人また構内をさまよった。


 そして、キョーコのゲーム内の彼氏が、現実で死んでいたことを彼女の友達から聞かされた。



「残念だったね」

「何が?」

「彼氏、死んだんだってね……」

「しょうがないよ^^;」

「大丈夫?」

「うん……大丈夫」

 こんなやり取りをしたのは、それから3日後の事だった。キョーコは何か仕事をしているらしく、たまにしか大学に通ってこない。

 大学の畑で、二人で話していた。


「なんだか実感沸かないなぁ」

キョーコがそう言うのを聞いて、実感なんてゲームで沸くはずが無いんじゃないかとは、全く思わなかった。すでに僕はゲームと現実の境目を無くしてしまったのだろうか。


「実感かぁ……」僕は呟くように言った。

「ん?」

「いや、実感ってさ、見たり触ったりして感じるもので、ゲーム内の人が死んだって聞いても分からないよね。死んだのか、忙しいのか、ゲームをやめたのか……」

 僕は考えなしに言葉をつむいだ。チャットなんてそういうものだと思った。

 ……チャットもろくにしていなかった僕が、だ。


「もっと励ます言葉とか言わない? 普通w」

「ごめんw」

 これが何も考えずに言った結果だ。思いやりが無いにもほどがある。


「でもありがと。なんだか元気出てきたよ。リアルで、明日お葬式行ってくるw」

「実感沸くかもねwww」

 そう言うとキョーコは狩りを始めた。相変わらず器用にラケットを振って魔法を飛ばす彼女はかわいらしかった。


 翌日、部屋を出て、リビングに行くと親がワイドショーを見ていた。


「どっか行くの?」母親が聞いてくる。よく見ると、母親も老けたなぁ。

 なんだか哀しくなってきて、しかしぶっきらぼうに答える。

「喉が渇いただけ」


 リビングに隣接した台所で、コップを取り、冷蔵庫を開ける。昔から我が家ははと麦茶だ。

 冷えたお茶を飲みながらリビングに戻ると、ワイドショーをちらりと見た。そこには若いミュージシャンが交通事故で死んだという内容が映し出されていた。


 葬式の様子が映し出される。その中に見知った顔があった。まさかと初めは疑ったが、だんだん僕の予想は確信を帯び始める。

 そこには女優やアイドルとして有名な、ある若い女性が写っていた。


 すばやく部屋に戻ると、机の上のパソコンの電源を付けて、キーボードを取り出す。起動時間が待ち遠しい。

 まだかまだかまだか。

 起動と同時にすぐにwebブラウザを立ち上げて、検索キーワードを打ち込む。さきほどの女優の名前だ。

 そこには彼女のブログが展開していた。そして、確信する。

 自分の分身が写ったスクリーンショットが掲載されたブログ。

 オンラインゲームに嵌っているといった内容の日記。

 そして、彼女の名前『深田京子』


 オンラインゲームの公式サイトに行くと、でかでかと彼女の写真が貼られ、宣伝マスコットとして機能していた。キャラクターも公開されていて、キョーコ専用の装備が特別に作られた旨などが書かれていた。


――今回プレイヤーとしても活動されるという事ですが、どういう心境ですか?

「大学に通ってみたいと思っていたので、このゲームはとても楽しみです。キャラクターもかわいらしく作っていただいて嬉しい限りです」

――深田さんにキャラクターがどこと無く似ていますね(笑)

「そうですね(笑) 武器は、中学生のときに卓球部だったので卓球ラケットにしてもらいました」


 記事までついていた。

 衝撃に息が詰まった。自分が初めてゲーム内で作った友達が、めちゃめちゃかわいい女優だったなんて。



僕はしかし、そのキョーコが葬式に映ってしまったことの重大さをまるで理解していなかった。


 翌日、キョーコに会えないかと期待して通学すると、学内は物凄い数のプレイヤーが歩き回っていた。今までの20倍はいただろう。チャットが入り乱れて画面が字とキャラクターで埋め尽されていた。

わけが分からず、ネットの巨大掲示板を覗いてみた。

ある程度読んだ瞬間、僕がした、最悪のコメントを思いだし愕然とした。


話はこうだ。キョーコがミュージシャンとゲームでもリアルでも付き合っていたのではないかという疑惑。

テレビに映された葬式の中継映像でキョーコを見つけたのは、僕だけでは無かったらしい。


そんな訳でゲーム内はマスコミ、野次馬でごった返して、僕ら元々のプレイヤーに様々な質問がとんできた。


卓球サークルは情報をリークした人が出て、内部分裂を起こし解散したらしい。一番キョーコと仲の良かった人が教えてくれた。


 狩場も人でごった返し、僕はゲームもまともにできない状況に、興を削がれてしまった。

でも、ゲームは毎日続けた。この状況の中でキョーコがプレイする可能性はとても低かったけど、僕は会いたかった。

そしてあの適当な発言のせいでキョーコが葬式に行くことになり、それでこんな大騒ぎになったことを謝って、また今までみたいに楽しくプレイしてほしかった。

自己満足したいだけかと言われれば確かにそうだけど、これはけじめだと思った。僕は入れ替わりにゲームを辞めることを決めていた。

美人女優とオタクでは美女と野獣にもならないから……。


しかし1週間経っても2週間経ってもキョーコは通学してこなかった。

3週間目に僕は、キョーコが初めてゲームをした日に一緒にいた人を見つけた。


 色々と話すと、その人はキョーコとリアルで知り合いなのだと教えてくれた。ほとぼりが覚めるまでどころか、ずっともうゲームはしないつもりだそうだ。

どうやら僕は謝ることすら出来ないらしい。と、一瞬だけ思ったけど、それは一瞬で消えた。


「……キョーコにリアルで会わせてもらえませんか?」

この発言をチャットで打ち込むのに、死ぬほどの勇気が必要だった。けど、ここで退き下がる訳にはいかなかった。

ゲームをやる目的……それはいまやキョーコに会ってけじめをつける。ただその一点であって、ついでに言うとこのゲームを失うことはいまの僕には、生きる目的を失うことだったので、字通り命を賭けていた。


ここからはともすれば平行線とも思えるチャットが延々と続いた。

向こうの言い分は『僕と会うことが危険であること』だった。誰にキョーコの事を売るかも分からない。キョーコに直接危害を加えるかもしれない。僕がマスコミであるかもしれないなどの点から、絶対に会わせることは出来ないと。


逆に僕はこの人物がキョーコの居場所を知っていて、本当に彼女の事を思っていっているのだと感じた。それが分かりつつも引き下がるわけには行かなかった。

一晩中チャットでなんとか説得して、ようやくキョーコにメールでどうするか聞いてもらったのは、もう12時間以上もたったお昼頃だった。

けれど、僕は全く疲れなんて感じていなかった。代わりに、彼女に謝ることが出来るかも知れないという嬉しさと、同時の怖さがとてつもなく大きく強く僕の心を締めつけていた。



 その日の夜に、キョーコの友人に伝えた僕のメールアドレスに、メッセージが来ていた。

差出人はキョーコの友人のキャラ名。

内容は、キョーコが会ってもいいと連絡をくれたこと、ただしキョーコの友人は同席すること、時間は明後日の日曜日に13時、場所は東京のとあるホテルのロビーにある喫茶店とのことだった。

いよいよ緊張した。


 有名人に会えるなんて喜びはまるで沸かなかった。

そこに有ったのは、相変わらずの恐怖と不安と罪悪感。

もし来なかったら。

ちゃんと話せるだろうか。



 寝付けずに僕は、当日を迎える。僕は朝から着替えると、12時まで自分の部屋でそわそわと待った。何も手につかないし、何も喉を通らなかった。

家に居ても落ち着かないので、少し早めに家を出た。外出らしい外出は久しぶりで、よく晴れて空気の澄んだ天気で、なのに僕の心には暗く重く雨が降っていた。


 予定の13時より30分ほど早くつくと、ホテルの周りを意味も無く一周した。とても綺麗な外観と場違いな雰囲気に飲まれ、僕は入りづらかったのだ。


 ようやくロビーに入ると、正面奥にエレベーターが見える。右手にフロントがあり、待ち合わせの喫茶店は左手だった。足が沈むカーペットを踏み喫茶店に近づく。


 しかしそこで思いとどまり、僕は携帯電話を取り出した。そして、キョーコの友人に着いたことを知らせるメールをした。喫茶店で座っていても、互いに顔も着いたことも分からなければ会いようが無いからだ。少し冷静になってきている自分に、ほんの少し励まされる。

 喫茶店の方を見ながらロビー入り口に立ち尽していた僕の脇を、次々と人が通り過ぎる。女性が通るたびにキョーコじゃないかと緊張するけれど、確認のしようがないしただハラハラするだけだった。


 すっと後ろから帽子をかぶった一人の女性が通った。フロントへと一直線に向かう。

目を奪われた瞬間に、僕の手の中で携帯電話が震えた。キョーコの友人に教えておいた電話番号。

「もしもし」

「も、もしもし」緊張してうまく声が出ない。

「今どこですか?」質問されたと同時に、また後ろのホテル入り口から人が入ってきた。が、気にしている余裕が僕には無い。

「ホテルのロビーです」ぶっきらぼうにも聞こえるかもしれない、精一杯の返答をすると、


「京子さん、ちょっと待ってください」

 電話を押し当てている右耳と、ロビーの音を聞いている左耳からステレオでその声が聞こえた。

フロントで鍵を受け取るのだろう帽子をかぶった女性が、何事かと振り返った。僕の後ろに居る後から入ってきた人を見た後、彼女と僕は目が合った。


 間違いなく、女優『深田京子』だった。



 僕の後ろに居た男を振り返ってみると、携帯電話を片手に僕を見ていた。

「あなたが……」男が僕を僕だと確認する質問をしたが、僕は驚きと緊張がピークに達していて、よく聞き取れずにうなずく。


キョーコがこちらに近づいてくると男はキョーコに囁いた。

すると、

「はじめまして。でいいのかな?」にこやかにキョーコが僕に話しかけた。

間近で見ると、テレビで見る深田京子よりずっと美人で、存在感があった。そして、なんとも言えない暖かさのようなものが、僕の心の中を通り抜けた。


「はじめまして」

口の中がカラカラになりながら、ようやく返事をすると、男のほうが、

「立ち話もなんですから、喫茶店に入りましょうか。元々その予定でしたし」

と促すのに対し、頭を上下に振って肯定した。心臓が激しく脈打つのと息苦しさで、まともに返事も喉を通って出てこなかった。



 男は、キョーコの友人だと思っていた男はマネージャーらしい。マネージャーとはゲームでも一緒に行動するものなのかと不思議に思った。

「本当にすいませんでした。こんな大事になるなんて」

「えっと、何が?」

僕が頭を下げると、深田京子は不思議そうな顔をした。


 目を見て話をしないと失礼だと思い、必死に彼女の顔を見たけれど、あまりに美人で、思わず目を背けたくなる。

「僕が変な事を言ったから、テレビとか新聞とか」

「あー、葬式の事ね。確かに大変かなぁ」

「すいません」

 ぼくはただただ謝る。彼女は、ふっと視線を外し悲しい顔をしたあと、



「冗談ですよ」

僕に微笑みかけてくれた。

「芸能界だとスキャンダルは当たり前だし、そんな人間がノコノコ何の決意も無しに葬式に行くと思いますか?」

「あ、すいません……。そうですよね」一言一言僕はセリフを言うたびに、軽度の緊張を伴う。そしてまるで自分の馬鹿さ、人間としての次元の低さを露呈しているような、奇妙な劣等感と羞恥心を感じずには居られない。

「それでも、あなたの一言があったから『行ったほうが良いな』って自分で思えたんです。実際、行ってよかった」

 このキョーコのセリフが彼女の優しさにしか聞こえなかったのは、僕があまりに人間として歪んでいるからだろうか。ただ彼女の言動が信じられなかった。

 それでも、救われたような感覚を微かに覚えた。


「そんな事を言いに来たんですか~。むしろ会えて私の方が嬉しいですよ」

? 嬉しい?

その美しい顔は、笑みを少しだけ表面に残しながら言葉を紡ぎ、僕はその顔をじっと見ているのが悪いことのように思えて、手元のティーカップに視線を注ぐ。


「あのゲームしてても、すぐ皆に私が私だってバレちゃうでしょ? 下心見え見えな人がたくさん寄ってくる中で、あなただけだもん。普通に接してくれる友人らしい友人は」

 彼女も視線を落として、自分のティーカップを見つめながら言う。


「そ、それは、僕が無知だったから……」つかえながらも懸命に言葉を返す。喋るのに精一杯で頭がロクに回らない。回った所で僕の頭では、たいした意味は持たないけれど。


「無知でも良かったんです。あの大変な仕事をある程度続けられたのも、辞めるきっかけをくれたのも、あなたですから」

 辞めるきっかけという言葉を聞いて、僕は目的の一部を思い出す。

「辞めたかったんですか? 面白く無かったですか?」

「ん~、面白かったですよ。普通にプレイできれば、だけど」


 キョーコの話を聞く限りで分かるのは、自意識過剰でなく、彼女の優しさで嘘を付かれていなければ、僕とゲームしている間はノビノビと楽しめたと言う事だった。


 ここまで聞いて、僕はようやくの決心と共に質問に移ったが、

「もうゲームする気は無いんですか? キャラを作り変えるとか」

「うーん、『黒猫のジジ』さんが手伝ってくれるなら、やり直しても良いかなぁ」

予想外の返事が返ってきて、嬉しかった。



 大学の裏の畑には、もう卓球ラケットでは魔法を打たない魔法少女キキが、座り込んで泥だらけで大根の収穫に励んでいた。運営が特別に用意したキャラクター・装備では無い。


 僕のキャラである黒猫のジジに合わせて彼女の新しいキャラの名前はキキになった。芸能人ではないただのプレイヤーとして彼女は楽しみ、友達を作り、やがて僕と疎遠になっても構わない。僕には彼女に貰ったコミュニケーション能力と勇気があったから。


「どうしたの? ありがとうの仕種なんてしてw」

「間違えたw」

「www」



大学1年生の頃書いた作品です。

もう12年ぐらい前のものなので時代に合っていないかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました。 キョーコさんとの交流の中で、最後に「僕」が成長できていたのは良かったなと思いました。
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