ウルフパック
結論から言えば、アイーシャの予感は的中した。
村長に予測を報告した後、一行は家畜を見張ることにした。既に日も暮れ、家畜は一ヶ所にに集まり眠りに着いている。
欠伸をかみ殺しながらも周囲警戒しているアイーシャ。微笑みを絶やさないサラ。酒を煽っているヤマトと万全の布陣である。
「あんたねぇ……!」
「ぶはっ……。気付けぞ、気付けば入っちょったんが力ば出るど」
「あらあら」
騒ぐふたりを困ったような笑みを浮かべて見守るサラ。緊張感の欠片もなかった。
その時である。闇の奥から獣のうなり声が複数聞こえてきたのだ。
臨戦態勢を取る一行。
「さあて、来たわね……。噂の獣が」
そう剣を構えたアイーシャの前に現れたのは、彼女の予想の通りグレイウルフであった。
――しかし大きさは予想を超えていた。
森から現れたのは成人男性をゆうに超える程に大きいグレイウルフであった。サラが屠ったブラックベアよりも一際大きい。
「嘘……」
アイーシャは思わず呟いてしまった。それくらい規格外なのである。
そして数も予想を裏切った。
巨大なグレイウルフに追従して、目の前に現れたグレイウルフはざっと見て100匹は下らない、大きな群れであったのだ。恐らく一番最初に出てきた巨大な狼は、この群れのボスであろう。
更に狼達は兎に角、飢えているらしい。故に元は森とはいえ、滅多に近づかない、人達の縄張りで家畜を貪った。それに味をしめたのだ。
アイーシャは己の誤算とツキのなさを呪った。
慎重な習性のグレイウルフの事である。恐らくはまだ森の中にもいることだろう。アイーシャは背筋が凍るのを感じた。
ボス狼が大きく叫んで走り出す。こちらまで距離はあるものの、直ぐ様囲まれてしまうだろう。
そうはさせじとアイーシャは手にフォースを放つべくマナを溜める。叫ぶは火の法術における第三階梯。
「【フレア・ウォール】!」
掌から放たれた炎は放物線を描き、狼達の手前に着弾。そこから大きく燃え広がり、壁のように高くなった。そのまま狼達を囲むように左右へ炎が走ってゆく。
しかし狼達の速度が予想よりも速く、ほぼ無傷で、後続の一部も炎を恐れずに壁を突き破って突進してくる。
アイーシャは自身の失策に内心で舌打ちをした。撤退か、防戦か、一瞬のうちに気持ちを切り替え、直ぐに次の行動に移ろうとしたその時である。
「来やがったッ! チェストチェストチェストーーーーッッッ!」
「ちょっヤマト!?」
アイーシャの静止も虚しく、笑みを浮かべ、放たれた矢のように飛び出したヤマトはそのままボス狼と、その集団に突っ込んでいった。狼の群れに囲まれて姿が見えなくなるヤマト。
慌てて追いかけ助けようとしたアイーシャをそっと遮る影があった。
「大丈夫です。ここは私にお任せ下さい」
そう、柔和な笑みを浮かべてサラはゆっくりと鉄の杖を構えるのであった。
既に森の中ではヤマトの叫び声と獣達の喧騒が聞こえて来ている。
「ヤマト様は……此方ですね……。目標は……把握……威力は40%……照準良し。タイミングはこちらに……」
何かしらの呪文? を呟くサラ。訝しむアイーシャは、サラの持つ鉄の杖にサラを通して周囲のマナが集まっている事に気づいた。
「……今っ!」
サラは声と共に杖の引き金を引く。
直後、風を裂く轟音と共に鉄の杖から複数、閃光が走る。
光はそれぞれ尾を引いて狼達を吹き飛ばし、森を薙いでゆく。そして大きな爆発が生まれた。
今のサラの攻撃でグレイウルフは消滅、もしくは大きく吹き飛ばされて、数はかなり減ったようである。
爆心地跡は凄まじく、土は抉れ、炎が揺らめいている。まさしく死屍累々といった所である。周辺にいたグレイウルフは突然の光に混乱したのか、群れは統率を無くした混沌と化した。
ボス狼は危険を察知したのか、閃光の直撃を避けていた。とはいえ左のわき腹に深く火傷を負い、動きは見るからに遅くなった。
群れを立て直そうと大きく吼えようとするボス狼。
その隙を見逃すヤマトではない。すかさず刀を寝かせ、突進。ボス狼に肉薄すると真一文字に前足を斬り飛ばす。
激しいうなりが聞こえる。ボス狼の叫びである。
だが、狼もやられっぱなしではない。
右の前足を斬り飛ばされ、体制を崩されながらも尚、ヤマトへの攻撃の手を緩めない。
狼は左前足を振り下ろす。それをギリギリの位置で回避し、手負いの傷へと一閃。
わき腹を掻っ捌かれた狼は、諸々の臓物と血潮を撒き散らしてどう、と崩れ落ちた。
ボス狼がやられた事で統率を失い、狼達は散開しようとあたりへと散らばっていくが、それを許そうとはしない。
「あっはっはっはっはァ! 討ち取ったァ! 先ん光ば何ぞォ!! まっこと面白かァ!! あははははは!」
爆心地に近い場所にいたにも関わらず、ヤマトはほぼ無傷であった。むしろ嬉々とした表情で逃げようとする狼達を逃がすまいとばっさばっさと刀で平らげている。
「うふふ、逃がしませんわ。塵ひとつ残しませんわ」
尚も鉄杖から光線を発射するサラ。何条もの光が次々と狼を貫いていく。こちらも役に立てるのが嬉しいのか、微笑を浮かべて蹂躙していく様は恐ろしいものがある。
「………これ、あたし要らなくない?」
同じく逃れてきたグレイウルフを逃さぬよう法術でコントロールし、双剣でいなし、止めを刺しながら、アイーシャはポツリと呟いた。
*
結局、アイーシャ達はグレイウルフの化物を1匹と、通常のグレイウルフ187匹—炭化してしまったものはカウントしていない—と被害ゼロという異常な討伐数で依頼を終えたのであった。集計はアイーシャが自分で計算したが、一応確認のために早起きしてきた行商人のおじさんと、サラに手伝って貰った。
ちなみに現場の畑や、森の地形が大きく変わってしまったのは大誤算である。
完了の報告と報酬受け取った後の村長の引きつった笑みを見て、アイーシャは苦笑いするしかなかった。
死骸を集め、村人に剥ぎ取りを手伝ってもらい、全てが終わった頃には日も高くなっていた。
その日は徹夜をしたという事もあり、皮をなめす作業も有る事から、村でもう一泊する事となった。なめし作業については行商人のおじさんと村人が作業を代わってくれるという事で、一行は了承を経て仮眠を取る。疲れのせいか夜更けまでぐっすりと眠った。
目を覚ました後、一行は確認のために深夜から少し、警戒してみたがグレイウルフは来なかった。警戒心の強い獣である。しばらくは近づかないであろう。一行は改めて眠りについた。
次の日の早朝、村長の家にて完了の報告と半券のサインを済ませた。この半券を組合の窓口へ提出すれば依頼完了である。
尚、グレイウルフの毛皮であるが、半数は村に引き渡し復興に当ててもらう事にした。残りはこちらで引き取る。
この時村長は満面の笑みを浮かべていた。何とも現金な者であるなあとアイーシャは思った。村長は強かである。
今回の報酬は成功報酬としての銀貨10枚とグレイウルフの毛皮を半分。
銀貨1枚で安いパンが2個、もしくは果実酒がゴブレット3杯くらい購入出来るので、前者にいたってはそれなりである。
(毛皮は……ボス狼が1枚銀貨7枚で、通常のが1枚でおおよそ銀貨2枚くらいかな? 単価は安いけど、毛皮の数が多い故に儲けは出るわね……。これから寒さも本格化してくるので買取り不可という事もないでしょうし。儲けは金貨7枚と銀貨15枚かあ)
——等とアイーシャは脳内で皮算用をしていると、行商人のおじさんが毛皮を全て買ってくれると言う。アイーシャはその申し出に喜び、即決した。
そうと決まれば長居をする必要はないと、アイーシャはヤマト、サラへアレティアヘ戻る旨を告げた。
一行が仕度をして村の入口へと歩くうちに会う村人は狼達の襲撃など無かったかのように平穏な日常を送っている。
手を降って別れを告げながら歩くと、やがて村の入口に到着する。そこで待っていたのは行商人のおじさんであった。
「おじさん。本当に助かったわ。ありがとう」
「こちらも良い商売が出来たわい。村を出る前に買取りじゃが」
「助かるわ。いいセン言ったでしょう?」
「うむ、そうじゃな。少し色をつけておくわい。とはいっても今は手元にまとまった金は無くてなあ……。少し待っとれよ」
そうアイーシャに告げると、言うが早いかおじさんは手元から紙らしき何かを取りだし、さらさらと記入していく、何かの印をつけて、二つに破り、アイーシャヘ手渡す。
訝しむアイーシャにおじさんはにこりと笑みを浮かべた。
「アレティアへ戻ったらその半券を持って大陸通商組合を訪ねてみなさい。しめて金貨8枚を払ってくれる」
「通商組合……って商人組合!? 大陸でも一握りの商会しか所属できないっていう!?」
「わはは。皆には内緒じゃよ」
ただ者ではないと思っていたが、予想以上にやり手であったようだ。この後おじさんは、村で行っている皮なめし作業が終わった後に毛皮を積んで次の街へと旅立つらしい。
おじさんに別れを告げ、アイーシャは半券を鞄の中へ大事にしまい込む。
(アレティアヘ戻ったらふたりを労ってあげなきゃあね)
柔和な笑みを浮かべるサラと、仏頂面のヤマトへ視線を向けてそう決意するアイーシャであった。




