お人好し、行き倒れを拾う
野鳥の囀りでアイーシャは目を覚ました。昨日はいろいろあって疲れていたのか迂闊にも熟睡していたらしい。
周りを見回すと既にヤマトはいなかった。
降っていた雨は止んだようで、眩しい日差しがあたりを燦々と照りつけている。
洞窟から出てゆっくり伸びをする。
ふと、あたりを見回せば、ヤマトの姿が見えた。彼は片刃剣—刀というらしい—を手に、ゆっくりと確かめるよう丁寧に、振るっていた。
真剣な表情と無駄のない動きはさも透明な敵と戦っているようにも見える。遠くから眺めているアイーシャにもしっかり伝わっていた。
「朝から精が出るわね」
訓練の終わりを見計らって近づき、声をかけるとヤマトはアイーシャを一目見て、納刀する。
「む、あいしゃか。はようさん」
流れ出る汗を染めた布らしきもので拭いている。
「軽くご飯食べたら出発するけど、それでいい?」
「良か」
言うが早いかヤマトは布を肩にかけ、洞窟へと歩き始める。アイーシャは慌てて後を追いかけた。
食事を済ませたふたりが洞窟を出て向かうのは西部辺境のアレティアという街である。
街は今歩いている街道を道なりに1日ほど歩けば到着する距離である。
街道とはいえ昨日の雨で道の状態は悪い様で、道中は予想よりも時間がかかりそうであった。
更には運が良いのか悪いのか、ここでアイーシャのお節介が発動した。
具体的には、ぬかるみに嵌まった逆方向の荷馬車を押して脱出させる作業を手伝う。
大事な積荷を落としたという男の失せ物を探す。
行き倒れている人を介抱する。
等かなりの時間を費やした。どちらも謝礼としてきっちり食料や銅貨数枚を貰ったりしている所はアイーシャの成せる技である。
結局、予定の半分程で日が暮れてきてしまい、あわや野宿となってしまった。
「なあ」
「な、何かしら?」
「お前、大概お節介よな」
「て、てへっ」
「褒め取らんど」
そんなやりとりがあったとか無かったとか。
*
ふたりは野営地を探すべく、街道から少し離れた草原を歩いていた。しかし雨の影響か所々が泥濘んでおり、中々良い場所が見つからないのである。
そんな中でアイーシャは巨大な岩の麓に何とか野宿出来そうな場所を見つけた。
ヤマトは森へ枯れ木や食べられそうなものを探しに向かい、アイーシャは拾ってきた枯れ木や、残り僅かしかない薪を使って火を熾す。
火が安定した頃にはヤマトが戻ってきた。何かを抱えている様である。
「おうあいしゃ。何か拾うたど」
「お疲れ様、拾ったのは木の実? もしくは狩りでもしてき——」
声をかけようとして固まった。
それもそのはず、ヤマトが抱えていたのは人だったのである。
「お前、流石に俺も人喰いばせんぞ」
「いやいやいや! ちょっと大丈夫なのその人!?」
「わからん。寝かすど」
ヤマトはそのままぐったりとした人を地面に寝かせる。
それは女性であった。肌は陶磁の様に白い。腰まである長い髪は黒だが、色素が薄いのか月光を透過して緑色に輝いてる。
顔は前髪に隠れて良く見えないが恐らくはかなり整った顔立ちをしているのだろうとわかる。
アイーシャは一目見たが、病的というか、命の息吹を感じさせない。というか呼吸をしていない様にも見える。
慌てて耳を彼女の胸に当ててみる。ひやりとした冷たさが皮膚を突く。心臓の音はしない。
ゾッとアイーシャの顔が青くなる。えっ死体? 行き倒れ? 弔うの? どうしよう? と思考が頭をぐるぐると縦横無尽に踊る。
これまで仕事柄、遺体はそれなりに見ている彼女だが、突発的には中々慣れるものではないらしい。
混乱する中でヤマトを見やれば呑気に欠伸などかましているではないか。アイーシャ怒りの火山が噴火する直前で、ヤマトが淡々と告げる。
「そいは人形ぞ。実に良う出来とる。人そっくりよのォ」
「へっ?」
きょとん、とするアイーシャ。そのままヤマトをじっと見るが、嘘を言っている様子はない。短い付き合いではあるが、つまらない嘘はつかないであろうと解る。
改めて女性?を見てもアイーシャには人間に見える。だが、先程感じた身体の冷たさ、呼吸音と心音が全く聴こえなかった事から、信憑性はかなり高い。
それなのに人間の肌と同じよう柔らかく、弾力のある身体にアイーシャは興味をそそられた。しかしその疑問は花開く前に遮られる事となる。
ぱちり、と人形が目を開けた。これにはヤマトも流石に目を丸くした。
「魂消た……。こいはわっぜからくりじゃのォ」
一言呟きボリボリと頭を掻いた後、呵呵と笑った。
アイーシャは依然固まったままである。
「あら……ここは何処でしょう~?」
マイペースにも眠そうに間延びした女性の声が、あたりに響くのであった。
*
人形の名前はサラと言うらしい。自律人形というものらしい。
彼女曰くある人物に支える使用人で、自身を生み出したのもその人物らしい。
曰くその人物はとても頭が良い。
曰くその人物はとてもつよい。
曰くその人物は誰に対しても優しい。
等と延々と惚けを聞かされてアイーシャは辟易としてしまった。ヤマトは既に寝ている。
「——それから主様はある日こう仰ったのです。『サラ、私はこれから成すべき事を成しに行く。これは私の人生をかけるべきものだ』と……。嗚呼! なんという情熱! 私は感激に震えたのです!」
「わかった。わかったわ。如何にあなたの主人が素晴らしいかは十分に判ったから、ちょっと口を閉じましょう、ね?」
「あらあら、これからですのに、残念ですわ」
不満そうなサラをなだめ、改めて状況把握に努めるアイーシャである。
結局、サラを介抱したり、食材を調達してきたりで、夜の戸張は降りてしまった。故に一行は森の入口付近で野宿をする事となった。焚き火を中心に周りを囲む。
「で、なんでまた道端で倒れてたわけなの?」
「ええ、森を散策している途中、獣が大量に発生していたのです。少し掃除をした所、恥ずかしながらマナが切れてしまいまして……」
彼女はマナ不足で倒れていたという。法術の仕様過多等でマナが不足すると目眩や貧血、脱力、果ては気絶を引き起こす。かなり危険な状態である。
とはいえマナは大気中から呼吸によって吸収されるのでマナの欠乏自体が危険な訳ではない。倒れた表紙に頭を強く打ってしまったり、獣に襲われたりする二次災害の危険性があるという事だ。
「それで倒れたのね……。というかマナ欠乏で気を失うって、どれだけ法術を連発したのよ……」
呆れるアイーシャ。マナ欠乏に陥るのは大抵が法術を使い始めたばかりの者を占める。
「ええと~、お恥ずかしながら森が少し無くなってしまいまして……」
「森が少し無くなるくらい……なるほどねえ、そりゃたしかにマナ不足も——ええええええええええええええ!?」
さらりと恐ろしいことを告げる彼女に、アイーシャ戦慄した。
冗談にしても荒唐無稽すぎる。
「ほんの少しだけお仕置きするつもりがやり過ぎてしまいましたわ」
サラは頬に手を当ててほわんとした笑顔を浮かべている。唖然としながらもアイーシャはどこかデジャブを感じていた。
そういえば以前、一夜にして森が消えた等という噂を聞いた気がするが、きっと気のせいである。そう思うことにしたアイーシャであった。
「それで、貴女はこれからどうするの? 何かアテはあるのかしら?」
気をとりなおして(幸か不幸か正気に戻るのも、ここ2日ではやくなったものである)問いかけるアイーシャにサラは思案する。
「主様を探しに行こうかと思います。もう何年もお戻りになられていないのです。ただ、宛は、と言われると特には御座いませんわ」
頬に手を当てて困ったように首を傾げる仕種をする。彼女の癖なのだろうか。
「それなら、アテが見つかるまでは旅についてくる? こちらも色々と巡る予定だしね」
そう、サラに提案をする。彼女には放っておけない何かを感じるアイーシャなのである。主に目を離したらトラブルになる。もしくは巻き込まれるという意味で、である。無論アイーシャのお節介でもあるのだが。
サラは暫く逡巡したのちアイーシャへ答えを告げようとした。
——その時である。唐突にサラへ襲いかかる影があった。
「ブラックベア!?」
森から大型のブラックベア—正式には大陸熊という名前である—が飛び出してきたのだ。ブラックベアは脇目も振らずサラ目がけて突進している。
ブラックベアは成人男性の2倍は大きい巨大な熊である。身体能力は凄まじく、膂力と速力が一般男性の2倍はある。故に襲われたならば死を覚悟する程の獣である。
ブラックベアは腹を空かせているのか、狂気に取りつかれている様で、目はうつろである。
ヤマトが飛び起きて刀を構えるが間に合わない。
「ちィッッ! 不味かよッッ!」
「危ないサラっ!」
アイーシャが剣を抜いて、せめて身代わりになろうとサラの前に出ようとするも、既に事は終わっていた。
水が弾ける音と、何か固いものが激しく砕ける音が聞こえた。
アイーシャの目の前には、立ったまま上半身を吹き飛ばされ、絶命したブラックベアが、そして手に鉄製? の不思議な杖を持ったサラが立っていた。
「——失礼。皆様、お怪我は御座いませんか?」
そう告げて彼女はにこり、と笑ったのである。アイーシャは先程よりも痛烈に既視感を抱いた。
結論を言えばアイーシャの旅にまたひとり仲間が出来た。
たびの なかまが ふえた!
チートっぽい能力に振り回されるアイーシャの明日はどっちだ!?




