ツイてない女
初投稿です。どうか寛大な心でご覧ください。
実にツイていない。アイーシャは今、心からそう思っていた。
街から街を繋ぐ森の街道は日を遮るように薄暗く、朝も早いせいか人通りもない。
自分の目の前には武装した数人の集団。いわゆる野盗、という奴である。
対するこちらの戦力は自分のみ。加えて背後には一般人と言える壮年の行商人と、乗り合った女性のみ。状況は極めて悪かった。
首まである長さの赤い髪をゆらし、褐色の肌をじっとりと伝う汗を拭きもせずに、鳶色の瞳でざっと周囲を巡らす。
(参ったわ……こんな事なら前の街でもっと羽を伸ばしとくんだった)
悪態をついても状況は一向に良くならない。仕方なしに大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせる。そして手元の剣が汗で滑らない様に右手でしっかり握り直して、腹をくくる。
「おいおい、お前今がどんな状況かわかってんのか? ダークエルフの嬢ちゃん」
相対する髭面の男——恐らくこいつが頭目だろう——が愉快とばかりに笑う。それに合わせて他の盗賊達も笑う。完全にこちらを見下した余裕の態度である。
「……まあ貴方達くらいなら問題ないんじゃないの?」
「威勢がいいな。おい、囲めお前ら! 逃がすんじゃあねーぞ! 爺はともかくとして女は高く売れるからなぁ!!」
髭面が部下に指示を出して囲いを狭めていく。アイーシャはそれを眺めつつ、どうしてこうなったのか今朝からの自分の行動を思い返していた。
*
「害獣調査、ねえ……」
時間は遡り、昨日の事である。
前の仕事を成功させて、休日を満喫していたアイーシャは、いつもの癖で探索者組合の支部に足を運び、そのまま何の気は無しに依頼を物色していた。
たまたま目についたものが上記の害獣の調査である。
家畜を襲う獣らしい何かを特定する事と、可能なら退治まで。前者は安いが後者は剥ぎ取り、売買は自由という、ある意味での歩合制である。
更にはアイーシャが次の目的地にと決めていた街、アレティアに近い事もあり、即決した。何よりアレティアは交通の弁が良いために色々とウマいものが集まる。情報収集にも依頼にも食い倒れにも選り取りみどりなのである。
日頃の節制のお陰か懐も随分と暖かい。休暇としても暫く滞在するのは悪くないだろう。
そうと決まれば掲示板から依頼の紙をひっぺがして、窓口へ向かう事にした。
その後、折角なのでアレティアへ向かうついでに何か依頼を受けておこうと思った所で見つけたのが馬車の警護である。渡りに船とは正にこの事。最近は良いことばかりだとアイーシャは意気揚々と依頼を受注し、行商人の老人と契約を交わした。
道中も天気に恵まれ、他愛ない雑談やアレティアに向かうという行商人のおじさんと、夫婦で宿を経営しているという女性に街の事を聞きつつ、アイーシャは期待に胸を膨らませていた。
それが一転して今や生死の危機である。
アイーシャは内心で運を呪った。
「何時までにらめっこを続けるつもりだ。もう諦めたらどうだ?」
「……残念。諦めが悪いのはあたしの取り柄なのよね」
悪態を余裕で受け流すのは経験の成せる技だろうか。アイーシャは余裕そうに口角を上げて、不適に微笑む。
頭は冷やした。最適解を出すための時間を何としても作る。そのために無駄口でも何でも使うものは使うのだ。
(——とはいえ流石にひとりで10人を相手取るには準備が足りない、か。うーん、どうしますかねえ)
手持ちの武器は双剣と短剣、10本の投げナイフ、そして法術。相手の武装は片手剣が5人、短剣が4人、そして髭面が斧を装備している。隠れている盗賊は、人数差からいないと結論付ける。
まずアイーシャは自分に一番近い、片手剣の男に攻撃する事にした。
その後、法術で周りを吹き飛ばして怯ませ、髭面と戦う。その隙をついて馬車には逃げてもらう。そして自分は馬車の安全を確認した後に姿を眩ます。
そうと決まればすぐ攻撃に移ろう。そう決意した瞬間である。
アイーシャの長く尖った耳が風切音を拾ったかと思うと、突如突風が吹いた。
馬に牽かれたかの様に、アイーシャの目の前にいた男達が吹き飛ばされた。
正確には、突風の様なものが目の前を通り様に数人の盗賊達を打ち付けたのである。
全員が呆気に取られている中、それはアイーシャを護るよう前に立った。
「大の男が女子供ォ囲むんば感心せんなァ」
黒髪の男である。右手に不思議な形をした片刃剣を持ち、珍しい赤い鎧を着ている。
「貴様ら、俺が相手ェしちゃる。かかってこい」
男が片刃剣の切っ先をゆらりと周囲へ向けると、動きに合わせて日に照らされ、鈍く光る。その輝きは不思議な迫力を放ち、気に当てられた盗賊達の表情が強ばる。
「なんだ!? 何者だテメェ!」
アイーシャはひとりの盗賊の声でハッと我に帰る。
「今よ! おじさん、行って!」
「ッ……! すまん!」
その言葉で御者台にいる行商人も正気に戻り、馬に鞭を入れる。馬はいなないて大きく一歩を踏みしめた。
「ッ!? 逃がすか!」
慌てて3人の盗賊が包囲網を狭めて囲い込もうとするが、瞬時にアイーシャが反応してナイフを投げる。
突然の攻撃に盗賊達は怯み、馬車は包囲を突破する。
正気に戻った目の前の片手剣の男が慌ててアイーシャに切りつけるが少し遅い。相手の攻撃に体重が乗る前に、すかさず前傾姿勢でぶつかる様に剣で受け止めれば、相手の体制は嫌でも崩れる。
そのまま膝のバネを使って相手の剣を頭上へと受け流しながら、突進の推進力で相手を吹き飛ばした。
続けざまに無事だった盗賊の内ひとりが体制を立て直してアイーシャへと向かって来るが、法術を発動すべく手にフォースを纏わせていた。使うは風の法術における第二階梯。
「【ウインド・ショット】!」
左手より産み出された風の塊は凄まじい速度で目前の盗賊へ吸い込まれる。もろに風弾を食らった盗賊は固い岩で殴られたような衝撃を身に受け、吹き飛ぶ。この盗賊は暫く動けないだろう。
「嘗めやがって女ァ!」
更に2人の盗賊がアイーシャを挟む様に襲いかかってくる。
空けていた左手でもう一本の剣を抜き、左手の方向から向かってくる盗賊へ大きく左足を一歩踏み出す。双剣でこそアイーシャは実力を発揮出来る。
ギ、キン、と二つの剣を重ねつつ、相手の剣を弾く。直後、右足で足刀を腹に叩き込む。呻きながら崩れてゆく男を後目に、もう片方の盗賊めがけて右回転。そのまま遠心力を乗せて斬撃。
盗賊はそれに怖じ気づいたのか、咄嗟に剣を構えて防御をする。しかし回転が乗った剣の威力は凄まじい。更に急な防御で、体勢は大きく崩れている状態だ。故に防御を弾かれ、大きく仰け反ってしまう。
その隙を見逃すアイーシャではない。そのまま男へ覆い被さるようにして相手を地面へと叩きつける。後頭部を地面へと強かに打ち付けられ、最後の盗賊はそのまま気を失った。
*
周囲の盗賊は無力化した。アイーシャが先程の男はどうなったのかと、辺りを見回すと、地に伏している盗賊達の姿が見える。その奥では、先程の男が髭面と剣を交えて向かい合っている所であった。
髭面は既に満身創痍で、立っているのがやっとと言ったところである。
「ッ……テメェ……」
「情けなか……。そげなこっつ頭目かよ、おらァ!」
男は苛々をぶつける様に、激を飛ばす。まるでご馳走に見えた食事が、食べてみると途轍も無く不味かったかの様な、怒りであった。
剣を虚空で一振りした後、鞘に収めて腰に佩いた。
「舐めやがって畜生! ぶっ殺す!」
髭面は斧を握る手に力を入れ直し、男へ突進する。雄叫びを上げながら斧を振り下ろせば、うなりをあげて凶器が襲いかかる。男は佩いていた片刃剣を鞘ごと取りだし、槍のように両手で大きく持った。そのまま左から薙ぐように斧に当て、いなす。
軌道を逸らされ、体勢が崩れる髭面。すかさず男が後ろから蹴りを叩き込めば、そのまますっころぶ。
男は追撃とばかりに地面へ這いつくばる髭面へと、もう一度蹴り込み、さらに仰向けにして馬乗りになり、顔を数発殴ると髭面は白目を向いて気絶。これで盗賊達は無力化した様である。
戦いを夢中で見ていたアイーシャはほう、と息をつく。すると、男が双眸をこちらに向けていることに気づく。
ここでアイーシャは盗賊が全滅した事よりも、ヤバい状況になったのでは、と自覚して、青ざめた。
戦いの前に男が告げた言葉は、ろくすっぽ頭に入っていなかったためか、殺気が漏れているためか、途轍も無く嫌な予感がしている。
鞘を腰へと佩きなおして、男はこちらへ向かってくる。
ごくり、と唾を飲み込む。足は蛇に睨まれた蛙のごとくすくんでいる。
ついぞお互いの距離が手の届くギリギリの範囲まで縮まった。
男がアイーシャの両肩を掴む。アイーシャは金縛りにあって動けない!
汗が冷え、身体をつたって気持ち悪い。
固まったアイーシャに男は口を開く。
「めし——」
その言葉を残して男はずるり、と垂直に倒れた。
殺気が急速に薄れていく。アイーシャは身体の自由が戻っていくのを感じていた。
辺りは静寂に包まれる。暫く呆然としていた彼女はぽつり、と呟いた。
「えっと……何、これ……」
アイーシャの酷く疲れたような呟きはただ、草木に吸い込まれるのみであった。
嫌な予感は当たった。彼女は実にツイていないのである。




