ハイア
ハイア視点
僕の愛する少女、アザレアは足を寄生植物に喰われていた。
この世じゃなかなか珍しい、人間に寄生する植物は見た目は美しいのにやることはなんとも悍ましい。人間の養分や血を奪い、最終的には人間を死に至らせる恐ろしい植物だ。
しかし、彼女はそれを嫌がることもなく、嬉しそうに植物に自分の養分を与えていた。
彼女は花を愛し過ぎていた。それゆえに、喜んで花に命を売ったのである
彼女の寄生されきった足は動かすことはできない。
彼女の生活は、彼女の腕にかかっている。
彼女は、どこまで植物に体を売ってしまうのだろうか。
僕はそれが心配で仕方がない。
とある男は彼女についてこう言った。
「この世にあんなに美しい人は他にはいない。」
とある女は彼女についてこう言った。
「この世にあんなに可哀想な人は他にはいない。」
でも僕だけは違うことを言った。
「彼女もまた自分と同じ人間だ。」
彼女の周りの人間に対して、一言だけそう言った。純粋にそう思ったからそう口にした。
偏見は嫌いだった。
彼女は僕の言葉がとてもうれしかったといった。
僕と彼女はすぐに、お互いに惹かれあった。
しかし、彼女は動くことができないから、僕が一日うちの一時間だけ、彼女の家に行くのである。
ところで。花が彼女、アザレアを寄生してから10年がたっていた。
8歳の時に花に足を捧げ、16歳の時には彼女は自分の力で足を動かすことはなくなっていた。
僕と彼が出会ってからも5年近くたっていて、僕たちの関係は出会った時よりずっと親密なものになっていた。
毎日午後三時、僕は彼女の家を訪れる。
雨風関係なく、必ず毎日、決めた時間には必ずアザレアのもとに行く。
そして一時間、会話をしたり彼女の世話をしたりして、自分の仕事に戻るのだ。
お互いに思いを寄せ合っている僕たちは、何を言わずしてもお互いの好意を理解していた。
そして誰よりもお互いのことを知っていた。
だから、二人でいることに違和感はなく、ただただ安心感が二人の心の中にはあった。
ある日僕は彼女に
「好きだ。結婚してくれ。」
といった。
彼女は困った顔をした。
たぶん迷っている。それはわかっていた。
植物を取るか僕を取るかで迷っているのである。
だから彼女は植物か彼かを選ばなくてはいけなかった。
彼女が僕のことも植物のことも大切に思っていることを知っている。
それを試すような真似をしているのだ。
困らせたいわけではなかった。
彼女に植物を捨てて、生きることを洗濯してほしかった。
彼女は悩みに悩んだ。
日に日に彼女は深く悩むようになり、僕を見ても彼女は笑顔を見せてくれなくなった。
こんなつもりじゃなかったのに。
僕は無表情の彼女を見るのがつらかった。
笑顔すら見せてくれない彼女をみて、僕は一度距離を置いた方がいいんじゃないかと考える。
僕が顔を見せると、彼女の心が乱れてしまいそうだ。
僕は、感情を押し殺して彼女に言った。
「しばらく距離を置こう。」
そして、彼女の方を振り返えらずにまっすぐ彼女の家を出た。
弱い自分がとても情けなかった。
次の日から、彼女の家にはいかないようにした。
足が動かないのに、だれも彼女の生活をサポートする人間はいないから心配で仕方がない。
何度も足を運びそうになった。意識せずとも時間になれば、足は彼女の家の方を向いた、
でも、絶対に彼女のもとに顔を出すことはなかった。
その日もいつもと変わらず路上で雑貨を売っていた。
彼女のことはやっぱり気になっていたが、足を運ぶのは何とか我慢している。
彼女に決断を敷いたのは悪いと思っている。
でも、彼女にちゃんと選んでほしかった。今後の自分の生き方を。
考える機会を作らなければ、彼女は知らないうちに寄生されて死んでしまいかねないから。
死ぬなら死ぬでちゃんと決めてから死んでほしい。
死なれるのは嫌だが、彼女が決めたのなら否定しないから。
日が落ちてそろそろ帰ろうかと思い並べた雑貨を箱に戻していると、道の向こうに腕で必死に身体を動かす少女を見つけた。
足には植物が絡みついている。
「アザレア!?なんでこんなところに!」
僕はアザレアのもとに全力で走った。
アザレアの正面に来て、呼びかける。
「アザレア…。」
足はもうぼろぼろで傷だらけだ。
彼女は僕の顔をじっと見つめて、言った。
「ハイア、私は貴方を取るわ。花じゃなくてあなたを取るわ。」
難しい決断を敷いて本当に申し訳ないと思いつつ、彼女が生きることを、僕を選んでくれたことがうれしかった。
そのあと彼女は自分の手で、足に絡みついた花を切り、ぶちりと皮膚から離した。
その姿はとても痛々しかったが、彼女の手に迷いはない。
花は、抜かれた瞬間枯れ果てて消えてしまった。
そして不思議なことに足に刺さっていた花の棘による傷痕は、花が抜かれた瞬間消えてしまった。
それが、花にとっての彼女への感謝の気持ちだったのかもしれない。
今は愛を取ったにせよ、それまで10年間も一緒に生きてきた主への感謝だ。
もちろん、花が消えても彼女の足は動かない。
だから、僕が支えていく。
植物よりも、彼女が寄り添える存在になって見せる。
移動雑貨屋をしている僕は、彼女に広い世界を見せようとした。
今までは自分の住む村だけで移動していたが、彼女と一緒に行動するに当たりその範囲を大幅に増やした。
もう、今日いる場所には二度と戻ってこないような勢いでいろんな場所に行くことにした。
すべては小さな世界の彼女のため。
そしてやっぱり小さな世界の僕自身のため。
僕らは大きな世界を知るために、今日も町を少しずつ進む。




