十四話
前話の後書きに載せる予定だったのに忘れていた、本編には一切影響を及ぼさない裏設定。
・自称自治ギルドの下っ端の《銃人》スパイク。彼がスキル“ピンポイントショット”に使用した銃は、舌が変形したものである。
↑は本当に本編には一切関係ないです。この情報が本編で使用される予定は全く無く、作者自身この設定を忘れかけ、それが執筆に一切影響無かったというレベルで非常にどうでもいい設定です。忘れてくださって構いません。
しかし、意味もなく、どうしても伝えておきたかったのです。
アクターは眉間(狐の面)にベロを押し付けられたという事実を。
双子の通った後を追うように店内を歩く。手足が千切れ、頭の潰れた迷彩服の死体が時折発見されるが、考えるまでもなく双子が殺ったモノである。
この戦闘痕を見る限り、今日はソラさんの日なのだろう。マイさんは基本的に背後から追従するだけで、障害物はソラさんが殺す日。
因みにマイさんの日なら壁や床、天井に無駄な破壊が多く、そのくせ死体は割りと綺麗に残る。まぁ、変な薬やガスで殺害されるわけだから、ソラさんみたいに手足を千切る代わりに早めに頭を潰してくれる方が、殺される側としては楽かも知れない。比べる基準がおかしいけど。
さて、双子が掻き回しているとはいえ、そろそろテロリストも態勢を調え、機動隊も乱入してくるだろう。双子は見境がないから、仮に機動隊が双子に追い付いてしまえば、機動隊も攻撃してしまうだろう。
だから、僕達の仕事は機動隊を足止めすることだ。もちろん、双子の代わりに僕達が機動隊を殺すなどという暴挙ではなく、機動隊とテロリストの勢力を拮抗させて双子がボスを殺すまで機動隊を進行させないのが目的だ。
そのための第一手として、突入経路を潰す必要がある。これは不利を悟ったテロリストが逃亡する可能性を下げる役割もあり、少なくともテロリストが店内に残っている内は機動隊も下手に動き回れなくなる。つまり、機動隊が双子に殺される確率が下がる。
悪いけど、テロリストに死んで貰わないと僕達も犯罪者になりかねないんだよね。PKが何言ってんだって話だが。
ということで、駐車場からの突入口は爆破。渡り廊下を落としただけじゃロープとか使って入ってくる可能性が生じるから、ドア付近の天井を落として穴自体を塞いでしまった。
瓦礫を撤去して入ってくる可能性も捨て切れないが、流石にそこまで対応出来ない。それに、瓦礫を除ける時間があれば決着している、と僕は予想しているから、瓦礫で塞げば十分だ。
さてさて、次は、確か上の階に非常階段に繋がる非常口があったはずだ。恐らくそっちはテロリストが爆弾を仕掛けているだろうから、下手に弄る必要はない。
だが、爆弾を排除してテロリストが逃げるかも知れない。だから、今度は通路を潰す。そうすれば、爆弾を排除した機動隊も、逃げようとするテロリストも通れない。
次の目的地はあっちだな。上の階だし、店の反対側だから少し距離があるが。
先に裏の階段を潰した方がいいかな。機動隊が登る階段を表側のエスカレーターに絞った方が………いや、それはテロリストがやっているか。だったら放っておこう。もしもテロリストがそっちにノータッチでも、それを踏まえて勢力を調整すればいいし。
テロリストの死体、撒き散らされた四肢や臓物を踏まないように気を付けて歩いていると、遂に第一テロリストを発見した。あ、生きてるって意味で。死体なら何度か遭遇してる。
トラップが作動したことで、侵入者を確認しにきたのはそこらに転がっている死体だろう。ってことは、彼はここに来て何の連絡も返さない仲間の確認に来たってところかな。一人では来ないだろうから、背後に数人引き連れているはずだ。
今頃、背後の仲間が他のテロリストに連絡しているのだろうが、関係無い。むしろ好都合。戦力は出来るだけ下に向けて欲しい。ぼちぼち機動隊も突入してくる頃だし。
それはそれとして、僕達に直接銃口を向ける奴は殺さないとならない。サクラさんに流れ弾が当たったらどうする気だ。
機関銃の銃口を向けると、男は逃げようとしたのだろう。右足を一歩後ろに下げた。
当然だ。僕の機関銃は台座に固定して撃たないと反動で碌に狙いも付けられないような大口径で、ドラム缶サイズの弾倉まで取り付けているのだ。それに対して、彼の装備品は恐らく9㎜の短機関銃。僕の機関銃は50口径。㎜単位で表せば、3.7㎜も弾丸の直径が違うのだ。あくまで単純比較だが、それでもやっぱりお話にならない。
狭い屋内では短機関銃や拳銃が取り回し易く効果的だと言うが、そこに機関銃なんて持ち出せば話は別だ。もちろん、重いしデカイしで取り回しは悪いが、そこはステータスで無理矢理補っている。
銃撃戦は火力と取り回しのバランスが重要だ。だったら、取り回しは同等―筋力値を使った反則技も有効―なら、火力が高い方が強い。自明である。
で、僕の銃は引き金が軽い。そりゃもう、レベル300〜400程度のNPCが二歩目を踏み出す時間なんて与えないくらい簡単に引けてしまう。
機関銃だから、フルオートで。もちろん、たった一人に二千発の弾丸全て使う気は更々なく、直ぐに引き金から指を離した。発射したのは十〜三十発くらいだろうか。連射制御または制限射と言われる技術である。バーストリミットとも言い、そっちの方が格好いいから、以下バーストリミット射撃とする。
銃という兵器は、爆薬を燃やし、その圧力で弾頭を発射する飛び道具だ。爆薬の量や指向性、弾頭の形状が綿密になるほど威力が増す。それとは別に、誰もが簡単に理解出来る飛び道具の特性がある。
距離が近いほど威力が高い、という、現象の理由は理解せずとも、小学生でも理解出来る事象だ。空気抵抗により弾頭の速度が落ちるため、威力が落ちる。つまり殺傷力が低下する。
初速が速いほど威力が高く、狙撃に使われるボルトアクションライフルの初速は音速の倍やら何やら言われる速度を誇る。だからこそ、一㎞先の標的の脳天をぶち抜くなんて芸当も可能になる。
そこで、銃には弾頭が届く最大射程と、その弾頭が十分な殺傷力を保持する有効射程がある。
最大射程は余程流れ弾に慎重な性格でなければ気にする必要はないが、有効射程はとっても重要である。拳銃を使って狙撃をするバカはいないし、ボルトアクションを使うからと言って5㎞先の標的を狙うようなバカはいないだろうけど。
ここで重要なのは、機関銃の有効射程は驚くなかれ2㎞にも及ぶよ、という話。要は、2㎞先の標的―機関銃を使う場面なら野外戦、敵は土嚢にでも隠れていることだろう―に、十分な殺傷力を保持したまま到達する威力を、機関銃は吐き出すよ、という話。
そんな弾丸を、凡そ十メートル前後の距離で十発以上を食らったら、どうなるか。
死ぬのは、まぁ確定である。完全なオーバーキルだ。
が、それ以上。頭部も四肢も吹き飛んで胴体だって粉々になり、防弾チョッキも着ていただろうに、まるでミキサーに突っ込んだみたいになって男はデパートの染みと化した。掃除当番さん、掃除頑張ってください。
男の惨状は正直僕も予想以上で、そんな馬鹿げた兵器を持ち出してくるとは思っていなかったのか、廊下の角から数人分の悲鳴が聞こえた。むしろ絶叫?せいぜい、自分達と同程度の装備をした機動隊が相手だと思ってたんだろう。
運が悪かったとしか言い様がない。
もう一度言うが、僕の銃は引き金が軽いんだよ。
角から僕だけ身を乗り出すと、四人の男が腰を抜かして床を這っていた。僕が来たことに気付くと短機関銃を構えようと焦っていたが、一秒後にはデパートの染みになった。
僕の銃は、引き金が軽いんです。
「………殺りすぎ、だと思う」
「ん?あ、すみません。やっぱりこのレベルの相手に機関銃はダメですよね。室内ですし、短機関銃に替えますね」
過度なグロ描写はサクラさんに悪影響を及ぼすから。でも、サクラさんに同情されるテロリストなんて大嫌いだ。だけど、テロリストにまで同情するサクラさんは大好きだ。
上に上がる階段はどっちだったかなぁと考えていると、突如、右手側で何かが潰れる音がした。見れば、サクラさんの左腕の大蛇が、ホールの端の「スタッフオンリー」と書かれた掃除用具庫の扉を食い破っていた。そして中に大蛇の頭が入って行き、数秒後に口から血を滴らせながら出てきた。
「なんか、隠れてたから……」
「いや……いいんですけど。その………逃げ遅れて隠れてた一般人じゃないですよね?」
「………………」
どうも、その辺りの確認はしなかったようで、気まずそうに顔を逸らされた。狐の面で表情が見えないのが残念でならない。絶対可愛い顔してるのに。
まぁ、それは置いといて。
「いいんです!いいんですよ!NPCを幾ら殺したところで誰も怒りませんし、仮にプレイヤーを殺したって僕はサクラさんの味方ですよ!」
「………ごめんなさい」
「NPCなんて幾ら殺したっていいじゃないですか。僕はサクラさんを否定しませんよ」
「………かつひぃ」
バッチリ本音を言い切ると、サクラさんが僕の左腕にすがり付いてきた。頭を撫でてあげたいが、短機関銃を持った右手で頭を撫でるなんて流石にやらない。残念だ。
代わりにサクラさんの頭に頬擦りした。サラサラの髪が心地好く、甘い匂いがしてコーフンする。
サクラさんが更に強く手を握ってくれて、敵地だと言うのにムラムラしてきた。ただ、大蛇まで僕の胸に頭を擦り付けてきて、ちょっと対応に困る。この大蛇もサクラさんの一部で、ちゃんと感覚もあり、謂わば大蛇の形の腕だと理解もしているが。
血が滴ってるし、鱗がゴツゴツしてるし。一応、危険だとわかっているが、右手で撫でた。どうせ銃弾なんて通らないし大丈夫だろう。
あ、今更だけどサクラさんの言った「かつひ」って僕のリアル名です。漢字表記で「勝飛」。サクラさんのハチマキに書いてある『勝』の字は僕の名前なんですよ。なんていじらしいサクラさん。大好きだ。
ゲーム中は出来るだけアクターと呼んでもらっているが、気持ちが浮わついていつも通りに呼んでしまったのだろう。どうせ他に誰もいないから全然構わない。流石に見ず知らずのプレイヤーの前で本名を出されるとちょっと嫌だけど。
おっと、いつまでもこんな所でイチャイチャしてると機動隊が来てしまう。まだ銃声は聴こえないから今は機動隊も突入準備中なんだろうが、あまりとろとろしている暇はない。早く非常口を潰さないと。
こんな所でイチャイチャするより、『オウゲイ』に戻ってゆっくりエロエロしたいしね。
「行きましょう、サクラさん」
「うん……頑張る」
と、言った傍から、廊下の向こうにテロリストが現れた。十人前後だ。距離も三十メートルくらいある。短機関銃では心許ない。
と解析していると、サクラさんの大蛇がテロリスト十人を纏めて噛み千切った。残された下半身が床に崩れ、跳んだ頭は床を跳ねた。口に含んだ胴体も食べるわけではなく、ぐちゃぐちゃになって床に吐き出された。
「がんばる」
サクラさんは天使だ。
可愛い容姿や可愛い性格も正しく天使だが、今言っているのはそこではない。サクラさんの種族の話。
サクラさんは、《天使》という種族だ。
腕が大蛇になったり黒竜の腕になったりするサクラさんはどこが天使?と疑問に思うことだろう。その疑問は間違っていない。
サクラさんは《天使》というより《悪魔》に近い。
『無限』に於いても、《天使》という種族のイメージは世間一般的なものと大差はない。頭の上によくわからない環があって、背中に白い翼の生えた儚げな美人。それが《天使》。
《悪魔》は背中に黒い翼が生え、牙が生えた『いかにも』な悪魔だ。
え?サクラさんはどっちでもないじゃん。
残念。サクラさんは《悪魔》に近いが、間違いなく《天使》だ。今は出していないが、ちゃんと白い翼も天輪もある。
サクラさんは、正確には《魔改造天使》という特殊種族だ。その名の通り、魔改造された異形の種族。正直、《天使》を名乗るのは無理があると思うが、『天界』に於いてステータス上昇補正があり『魔界』に於いてステータス下降補正がある点で、運営は《魔改造天使》を《天使》と言い張りたいようだ。
《魔改造天使》という種族は、あらゆる種族の特徴を滅茶苦茶に詰め込んだ種族である。重要なのは『特長』ではなく『特徴』を寄せ集めていること。
あらゆる種族を文字通り体現できるが、必ずしもそれがステータスの強化になるとは限らない。
例えば熊の手を出せば腕力に補正がかかるが、猫の手を出しても補正はない。逆に熊の尻尾を出しても何の補正もないが、猫の尻尾を出せばバランス感覚に補正がかかる。
あらゆる種族、あらゆる特徴が、サクラさんの体には備え付けられている。あらゆるとはいっても、流石に特殊種族までは含まれていないが、例えばマイさんの《熱源粘菌》という種族。これは《赤色粘菌》と《青色粘菌》の混合種で、当然、《魔改造天使》は《粘菌》も含んでいる。その点では、特殊種族も一部含んでいる。
が、通常種族、特殊種族に限らず、《魔改造天使》の能力は本家に及ばない。
先に挙げた熊で言えば、種族《熊》のプレイヤーは腕力に一.五倍の補正があるが、《魔改造天使》は一.三五倍。その他、どんな種族を体現させても、《魔改造天使》の補正は一.三五倍だ。
しかし、《魔改造天使》の凄まじい所は、体の部位ごとに補正値を別々に換算するところにある。
つまり、両手を熊の手にすれば、一.三五倍×一.三五倍の補正が両手にかかる。結果、腕力に約一.八二倍の補正となる。
更に、面白いことに、必ずしも体現した部位がその部位の補正になるとは限らない。
黒竜の腕は闇属性に補正がかかるし、兎の耳は脚力に補正がある。そして、熊の足は腕力に補正がかかる。
お分かりだろうか。両手両足を熊にしたサクラさんは、腕力に約三.三二倍の補正があるのだ。
驚異の数値である。三.三二倍という数値もそうだし、組み合わせが自由であるから、サクラさんは必要に応じて一.三五倍から三.三二倍。翼、頭、耳、目、鼻、口、尻尾、右手、右腕、左手、左腕、右脚、左脚、胴。最早何倍までいけるのか計算が面倒だ。
もう最強なんじゃね?というレベルの《魔改造天使》だが、もちろん欠点だってある。その欠点というのが、『補正のかかる種族と部位が複雑過ぎて把握しきれない』という装備やスキルでは補えないとんでもなく厄介なものなのだ。こればかりはサクラさんが頑張るしかない。
まぁ、サクラさんは地のステータスが十分高いから、一.三五倍の補正でも脅威だ。
基本的にサクラさんは伸縮自在、五感完備、その部位での攻撃に補正のかかる大蛇を使っている。扱い難い種族だが強力で、でもやっぱり扱い難いから、体現する種族は数種に絞っているらしい。
因みに、右手を竜の頭、左手を竜の尾、背中に竜の腕、耳に竜の翼、なんていう超変形も可能である。見た目が悪いから僕もサクラさんもあまり好きではないし、使い道もないから一回ふざけてやったきりだが。
更についでに、胴体は胴体にしか変形出来ないなど、幾つかの制限は存在する。脚は頭に出来るが、胴を頭に出来ないというのは、まぁ形状的に無理だからだろうし、目が腕になるなんて無茶はいくら何でも許容して欲しくない。別に理不尽だとは思わない。
……………ふむ。サクラさんの事となるとついつい語ってしまう。《魔改造天使》という他に成ったプレイヤーのいない特殊種族だからサクラさんと一緒に研究しまくった楽しい過去があるのだ。仕方がない。
あれは本当に楽しかった。試験と称してサクラさんに猫の耳や尻尾を出してもらって、「もしかしたらその種族になりきれば補正があるかも知れませんよ」と言ってサクラさんをニャーニャー言わせてみたのは良い思い出だ。その後リアルでニャーニャー言わせたのも含めて。
おっと、またトリップしかけた。僕は早く非常口を塞ぎに行かねばならぬというのに。サクラさんは危険だ。
「サクラさんの可愛さは反則………」
つい口に出すと、むふーと笑いながら天使が擦り寄ってきた。何この可愛い生物って《魔改造天使》だけど。
「じゃあ、行きましょう。サクラさん」
「うん」
僕とサクラさんの、愛の進撃ですよ。邪魔する奴は蛇に咬まれて死んじまえ。っていうか撃ち殺す。
デパート内のテロリストの生存者数は百二十五人。一人だって逃がさないよ。