十三話
まぁ、効かないけど。何故なら今日の僕は銃撃完全無効のコートを着ているから。無くても銃弾の威力より僕の防御力が高いから大したダメージは無さそうだけど。
恐らく、彼のレベルは900にも届いていないだろう。悪いけど、敵じゃない。
五秒程度の砲火の末、痛くも痒くもないままに視界が晴れた。全身の銃口から煙を立ち昇らせ、男が立ち尽くしている。まさか僕がカンストプレイヤーだとは思っていなかったのだろう。カンストプレイヤーはカンストプレイヤーでなければ対抗できないのだから、レベルの低い彼では絶望もするさ。
彼にはとても残念なお知らせだが、僕の後ろにいる三人もカンストプレイヤーである。仮に彼がカンストプレイヤーだったとしても、流石に一人では対応出来ないレベルの戦力だ。貴方は僕達の前に立ち塞がった時点で詰んでいたということだ。
さて、もう引導を渡してあげよう……と思って、困ったことになった。
彼はプレイヤーだ。つまりは『無限』に閉じ込められた人間だ。なんか、昼頃にPKをするか否かで揉めた記憶がある。そして結論を保留にした記憶と、後ろにいるマイさんがPK推奨派で、セルさんは殺人反対派だった記憶も。
一週間くらい様子を見ると宣言した手前、ギルド長の僕が率先してプレイヤーを殺害するのは多少マズイ気がする。せめて相手を殺さないと僕達の身が危ない、という強さの危険人物なら正当防衛が成り立つからともかく、攻撃の直撃を受けても痒くすらないような男だ。言い訳だって立たない。
困った。何が困るって、殺さず無力化しなければならないのが面倒だ。これから先、プレイヤーに襲われる度に手加減が必要なのかと考えると気が重い。
…………今はそんな欝屈した気分になりたくない。一先ず、この男には街の現状を訊いてみようか。
殺しさえしなければ、多少の荒事は赦されるよね?回復剤かけたら簡単に直る………あー、治るし。
少なくとも、逃げられないように脚を切り取るくらいは問題ない、はず。あ、でも〈銃人〉は失血死するから止めとこう。骨を折るだけでも十分か。
「おりゃ」
駆け寄ってローキックを極めると、男の両膝が変な方向を向いた。うん、サクラさんやソラさんと比較するから鈍重に映るけど、プレイヤー全体で見れば僕だって十分俊敏なのだ。並みのプレイヤーでは反応出来ないくらいには。生産職だけど、ちゃんと強いんです。
「“ピンポイントショット”」
倒れながら、男がスキルを唱えた。男の口からライフルの長い銃身が伸び、僕の眉間に押し付けられる。
“ピンポイントショット”は、生物にある数ヶ所の即死ポイントに当てれば、攻撃力と防御力を無視して確実に即死させるスキルである。人型種族の即死ポイントは頭部と心臓。当然、即死無効装備はね………ガスマスクだから、今日は未装備だ。
あ、ヤバいかも。
ドン!と腹に響く低い音を鳴らし、ゼロ距離で銃弾が発射された。
全力で首を振ったらギリギリで回避できたけど。いや、マジで死ぬかと思った。
〈銃人〉なんていう銃を使う種族の脚を潰しても意味なかった。突撃兵が銃座に変わるだけだ。重大なミスだ。油断したわけじゃないけど。
ちゃんと、銃自体やスキルを潰さないとダメだね。
「“パワードコイル”」
右足を強力な電磁石に変え、男の胸を踏みつける。ミシミシと音がして銃身がネジ曲がり、男が吐血して絶叫した。危ない危ない。殺すところだった。
〈銃人〉などの〈機械人〉は、体の大部分が機械化されている。つまりは磁力で体内を掻き回しているわけで、随分危険な事をした自覚はある。レベルが上がるごとに強靭で繊細な機器に進化していくが、この男程度では僕のスキルに耐えられないようだ。まぁ、僕は『地界』に限らず機械系、機甲系の種族を殺す目的でキャラメイクしてきたから、謂わば機械の天敵だ。〈銃人〉なんて殆どカモ同然。
……………死にかけたけど。
さて、そろそろ尋問を始めようか。
「死にたくないなら、ちゃんと答えてくださいね」
そうすれば、たぶん殺さないでいてあげるから。たぶんね。
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スパイクさん……あ、ビルの屋上で僕達を襲撃した彼のことだけど、彼の話によるとこの街での抗争は予想通り、プレイヤーの自治団とテロリストの衝突によるものらしい。正確には、自治ギルドとPK。
事の発端は、ログアウト不可の情報を過激派自治ギルドの面々が手に入れた事に由来する。過激派という表現から大方予想出来ると思うが、要は『ログアウト出来ない!?だったらPK殺しとかねぇと俺達の命が危ねぇだろ!PK狩りじゃ!』からの『俺達は何もしてねぇのに殺されて堪るか!俺達は徹底抗戦の構えを取る!戦争だクソボケ自治厨共!』ドンパチ。今ここ。
信じられないなぁ。初日からPK狩りが始まるとは、流石に予想外だ。いや、むしろ初日だから起きた事件かも知れない。
戦火は『臨界』中の様々な地に飛び火しているが、本格的に大炎上しているのはこの街だけ。っていうか、この街に常駐していたのが過激派の自治厨というだけで、まともな自治ギルドはむしろこのような戦争が起きないように奔走しているらしい。確かに、この街みたいに自治ギルドが自分から戦争始めてたら世話無いよね。
因みに、スパイクさんは件の自治厨ギルドの下っ端で、戦線の斥候をしているとか。こんな争いには反対だが、他に行く宛てもないから仕方なく兵隊をやっているのだとか。
って言われても、スパイクさんの事情なんて知ったことではない。だからと言って殺すとセルさんに何言われるかわからないから口止めも出来ない。
仕方ないから、マイさんの『恐慌昏倒薬』とかいう危険物を飲ませた。『恐慌昏倒薬』は、飲んだプレイヤーを状態異常:睡眠にし、睡眠中に状態異常:恐怖に陥れる、謂わば悪夢を見せる睡眠薬だ。なんて質の悪い薬だろう。
『恐慌昏倒薬』を飲んだスパイクさんは、屋上の端の方で横になり、ビクビクと震えている。汗を流し、たまに呻き声をあげる姿は、どう見ても毒を飲まされた人だ。悪夢に魘されているだけらしいが。
まぁいいや。もしも何らかの手違いで死んだとしても事故だったってことで。殺したんじゃなくて死んじゃったんだから仕方ない。ってことにしよう。気持ちを切り替えて先に進もう。
「NPCはともかく、プレイヤーはちょっとまずいですね。デパートの件がプレイヤーの起こしたものだとすれば、ちょっと困りますし」
僕達の目的は知らぬ間に発生したクエストを完遂することだ。つまり、重要な部分に関わっているのはNPCだ。NPCの起こした争いでなければ、関わる気も必要もない。デパートの件にNPCが関係なければ、プレイヤー間の問題を解決したところで『オウゲイ』には帰れないのだ。
なんか随分とややこしい問題になってきたな。元はと言えばちょっと買い物に来ただけなのに、いつの間にか戦争に巻き込まれかけている。一体どこで選択を誤ったのだろうか。
「街ごと吹き飛ばせば全部解決しますよ!」
「それは殺りすぎだよ!デパートだけ倒壊させたらいいじゃない!」
参考にならない。参ったなぁ。このメンバーじゃ碌な知能がない。っていうか双子が役に立たない。
「結局、一つずつ解決するしかないですかね」
とりあえずデパートに突っ込むのは変わらないか。クエストと関係なければ逃げればいいだけだし。
問題は幾つか思い付くけど、回避方法が思い付かない。力でごり押しになりそうだ。一番の問題はそれが出来るだけの戦力があることだけど。
「予定通りにデパートに向かいます。もうすぐそこなんで、途中で誰かに見つかっても蹴散らせばいいですよ」
たぶん、プレイヤーが出てきても大したレベルではないと思うし。せいぜいがスパイクさん程度だろう。ギルドのトップにはもっと強い人もいるだろうけど。
今のところ正面から衝突中なのはNPC同士で、プレイヤーはぶつからずに睨み合ってるところだ。プレイヤーが総力戦に入れば結構あっさりと勝負は着くから、相手の総戦力がわからない内は慎重になるものだ。だからスパイクさんが斥候なんてやっていたのだ。もしかしたら、今まさに衝突しようとしているのかも知れないが。
そんな色々と考えたってどうにもならない。【サクラクタ】の参謀的なのはセルさんとフロウくんだ。二人がいない、しかも双子がいる現状、頭を使ったって意味はない。
こんなことになるなら、引き摺ってでもセルさんを連れて来るべきだった。まぁいいや。
助走を十分に取り、隣のビルに飛び移る。デパートまでは後、ビルを幾つか移ればたどり着く。さっきみたいな争いは起きないはずだ。
ピョンピョンと屋上を辿れば、本当に何もなくデパートの手前のビルまで来てしまった。いや、別に問題が起きて欲しいわけじゃないけど。
あー、でも、ここで問題発生、かな。どうやら、デパートを占拠したテロリストがデパートを結界で囲んで籠城しているらしい。その結界に沿うように機動隊が展開してあるから、中心にはNPCがいそうだ。クエストに関わっている可能性が高いから、無視も出来ない。
「どうしましょうかね」
「ビルの爆破を推奨します!」
「結界ぶち破って突撃したらいいと思うよ!」
それでクエストが達成される保証があるなら迷わずやるけど。もしもここが外れだったら只の犯罪者だからなぁ。
「ちょっとお話ししてみましょう」
もしかしたら何か有益な情報が貰えるかも知れない。僕は蛮族じゃないからね、先ずは話し合いだ。
サクラさんをお姫様抱っこして、屋上からダイブする。十階くらいの高さがあって、着地したら道路に罅が入ってしまった。もっと華麗に着地しないとダメだね。
機動隊みたいな人達も、僕の豪快な登場にドン引きして銃口を向けてきたし。
「僕達は怪しい者じゃ……」
という通用しないであろう弁解を妨げ、僕と機動隊員の間にズドン!と僕より豪快に双子が落下してきた。邪魔だよ。
「よ、鎧の分だよ!」
「私じゃなくてソラですよ!」
何の話だ。鎧の分だけ落下地点がずれたとでも言いたいのか。いいから退いて貰いたい。今にも引き金を引かれそうだから。
「な、何者だ!」
「あ、ちょっとデパートに用があって来たんですけど、立ち入り禁止ですか?」
「………そうか。ちゃんと道を歩きなさい」
「返す言葉もございません」
サクラさんを地面に降ろすと、一番近くにいた機動隊員が溜め息を吐いた。銃口を向けられたままだが、仕方がないだろう。空から降って来た時点で僕達は不審者だ。
「デパート、何とかして入れませんかね?」
「無理です。テロリストが立て籠っている為、一般人は近付くことも禁止されてますよ?今回は見逃しますから、早く引き返してください」
おぉ、凄いな。本当にNPCが本物みたいに喋っている。……いや、これ本当にNPCか?でもプレイヤーにしては丁寧だし、ここにいる全員雑魚だ。やっぱりNPCなんだろうな。
「中にはプレイヤーはいませんよね?」
「そういう報告はありません。もう十分でしょう」
「あ、すみません。無理ならさっさと帰りますね」
踵を返してビルをよじ登ると、サクラさんと双子も後から着いてきた。背後から「道を歩きなさい!」との声が聞こえたが、銃弾は飛んで来なかったから無視した。どうせテロリストの対応に追われているから、僕達なんて構っていられないだろう。
ビルの屋上で再び集合し、デパートの突入方法を練ることにした。もう強行するしかないからだ。あの機動隊を説き伏せて穏便に侵入なんて不可能だから。
「サクラさん、結界破りは出来ましたよね?」
「うん………でも、デパートも少し壊しちゃうかも」
「問題無いです」
どうせ中にも近くにもプレイヤーはいないのだ。NPCをいくら殺したところでセルさんの小言は聞かないで済む。
「ソラさんとマイさんは……。聞いてます?」
「………はい」「………聞いてます」
なんでそんなに落ち込んでんの?さっき下に降りた時からだけど、どうかしたのだろうか。僕が余程辛辣な言葉でも浴びせたか。
……………全く心当たりがない。
サクラさんを見ても首を振って知らないとアピールしていた。
双子とかどうでもいっか。
「結界が消えたら機動隊も突入してくると思うんで、乱戦になる前に頭を獲ります。プレイヤーはいないみたいなんで、二人でちゃちゃっと殺ってきてください。僕達は雑魚を狩ってるんで」
「………はい」「………ちゃんと働きます」
何なのこの双子。気分の落差が激し過ぎてついていけない。ついていく気も更々ないけど。
「作戦名………デパート強襲戦。行動開始します」
先ずは突入しやすいデパートの駐車場横のビルに移動する。駐車場からは渡り廊下を通って店内に突入、ボスがどの辺りにいるかはわからないから、強そうな人を優先して双子が殺していく。僕とサクラさんは強そうな人を見つけたら殺すけど、基本的には向かってくる奴を殺害または無力化していく。そうすれば、いつかはボスや幹部を殺せる。以上が作戦の概要である。
シンプルでわかり易いね。NPCばかりだから大して危険な作戦でもない。援軍すら呼ばないこの余裕。本当に、難しい作戦じゃないからね。
駐車場横のビルに到着し、サクラさんが結界に向かって飛び出す。
サクラさんの両腕が、鉤爪と鱗の生えたゴツゴツしたものに変形する。あれは、黒竜の腕だろうか。それを結界に力付くで捩じ込み、そのまま無理矢理引き裂いた。
ガラスが割れるような音がして、結界が消えた。流石サクラさん素敵。
ついでに、切れ味の良すぎる鉤爪のせいで駐車場の壁に巨大な穴が空いた。更に隣のビルの壁に切り裂いた跡が刻まれ、窓ガラスが粉々に砕け散った。下から、恐らく機動隊員の悲鳴が聞こえる。サクラさん素敵です。
普段ならここで「やりすぎだよ!」「ちょっとは抑えてください!」と喚く双子だが、何故か今は静かだ。なんか二人が大人しいと突撃の合図とか出しにくいんだけど。いつもなら喚く双子を無視して「突入です」の流れなんだが。
やりにくいなぁ。まぁいいけど。
合図も出さずにさっさとサクラさんに追い付く。それでも、双子は黙ってついて来た。うん。淡々と作戦が進行するならそっちの方がいい。どうか双子がずっとこのままでいますように。
「二人は雑魚は無視して上に向かってください。死体は出来るだけ吹き抜けから下に落としたいですが、無理はしなくていいです」
「………はい」「………了解です」
渡り廊下が見えると双子は速度を上げ、店内に突入して行った。扉を破ると爆発したから、恐らく爆弾トラップが仕掛けられていたのだろう。二人は全く気にせず進んで行ったが。
なんかやけに気分が落ち込んでいるのは気になるが、二人とも立派なカンストプレイヤーだ。何の問題もない。あ、二人の心配とかじゃなくて、作戦に支障が出ないか不安なだけだ。マジで。
「久しぶりですね。二人っきりで暴れるの」
「うん」
いつも過保護なセルさんがサクラさんの周りをうろうろしてたからなぁ。今回みたいに二人で戦うのはギルドを作る前が最後だったかな。もう一年〜二年近くも前の話だ。
ここはデパートだから、本気で暴れたら壊れてしまうのが残念でならない。特に僕は銃器を使うか素手で闘うかしか出来ない。
僕の目的はサクラさんとイチャイチャすることだから、別に暴れたいわけじゃないけど。
「怪我しないでね?」
「大丈夫です。サクラさんは僕が護るから気にしなくていいですよ」
「ありがと」
サクラさんは左腕を一抱えもある巨大な蛇に変え、僕は右手に重機関銃を取り出す。サクラさんの右手と僕の左手は当然ながらがっちり恋人繋ぎしてますよ。
「頑張りましょうね」
「うん」
サクラさんと一緒だと、どんな面倒事でも楽しいなぁ。