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十二話

夕暮れ。地平線に沈む赤い太陽に照らされるサクラさんは儚げで、それでいて実に美しい。普段着のジャージではなく、丈は長いがセーラー服を着ている辺り、何となく学生時代を思い出す。


とはいえ、学生服を最後に着た高校時代、サクラさんとはまだ付き合っていなかったから、制服デートの経験はない。何故もっと早くサクラさんと出逢えなかったのかと考えるが、あのタイミングで交際を始めなかったら結婚するまで続かなかった可能性だってある。結局、後悔はない。


右手でサクラさんの肩を抱き、左手でサクラさんと手を繋ぐ。太陽の熱が冷め、少し肌寒い『地界』だが、サクラさんと触れ合う箇所から伝わる熱の良いアクセントだ。

まだまだ、サクラさんと経験していないことは数多ある。夕暮れ時に夕日を見ながら寄り添う経験も、今回が初めて。これから体験する数多くの事は、全てサクラさんと共に経験したい。


そう、改めて思った。だから。


「ずっと一緒に居ましょうね」


「うん。………好き」


サクラさんも同じ気持ちでいてくれるから、これからもずっと手を繋いでいたいと思える。繋いだ手が離れないように強く握ると、サクラさんも強く握り返してくれた。


ずっとね、一緒ですよ。




「働けバカップルー!!」


「日が暮れるじゃないですかー!」


もう、本当に。二人っきりで静かにラブラブしたいのに、双子は空気が読めない。黙ってクエスト進行してりゃいいってのに。


「無視!?私達は間違ってないよね!?」


「正義は私達にありますから!私達は闘いますよ!」


「いえ、闘わなくていいんで、ちゃんと見落としがないか確認してください。日が暮れますよ」


「だから二人も手伝ってくださいよ!」


「黄昏てる場合じゃないよ!」


言い争う時間が勿体ないとなんで気付かないのだろう。攻略のヒントどころか、何が原因でクエストが始まったのかさえまだ何も判明していないのだから、てきぱき動いてほしいものだ。


「大体!私達は『陣界』出身なんだからね!」


「『地界』みたいな治安の悪い所、初めて来たんですよ!」


「アクターさんが率先してくれないと右も左もわからないんだよ!」


そうは言われても、クエストやらイベントやら、僕は詳しくないんだよね。それに、『地界』があんなに治安が悪いというのも……。


「あ」


街の治安が悪くて、デパートで機動隊みたいなのとテロリストが交戦してて……。めちゃくちゃ怪しい。


「街に戻ります。たぶん街に原因があります」


スクラップ場に来てからラスティーキングや、炎の……メキ……あのナントカ男爵とか、色々と濃すぎて忘れていた。あの時よりもっと前、街を歩いている時点で何かに巻き込まれた可能性を。凡ミスだ。


実際、これだけ探して手掛かり一つないなら、スクラップ場周辺で起きた可能性は極めて低い。間違いなく、街に戻る必要がある。


怪しいのは、デパートで勃発した銃撃戦、その前ならマイさんの肩に流れ弾が当たったし、後なら車が突っ込んで来た。思い返せば、放置してきたあれらの出来事が切っ掛けになったとしか思えない。


双子も理解したようで、地面に手を突いて落胆している。必死に探した時間が無駄だったわけだし、仕方がない。僕とサクラさんは……まぁ、双子が頑張ったんだよ。


「ソラさん、早く行きたいんで、ブタジロウ出してください」


「イノタロウは猪だって何回言ったら分かるかなぁ!もうっ!“オーダー”!“二番ゲート”!」


空から、でっかい豚が落ちてきた。


全長五メートルくらいの、牙の生えた豚だ。………もう猪と認めてあげよう。


目付きが悪く、ドシンドシンと地面を踏んで、鼻息を荒げている。『陣界』の森に棲む獰猛な猪、フォレストナイトの亜種、らしい。見た目は只の猪だが、イノタロウはレベル1000を越えている。正真正銘の化け物である。


「………獣臭い」


「マイさん、あの獣の消臭を早く」


種族柄、サクラさんは頗る鼻が良い。視界ゼロでも嗅覚だけで闘えるくらいに鼻が効く。猪の臭いはさぞやキツイだろう。


「見てください!さっき『嗅覚遮断スプレー』が色々とアレなことに気付いたんで、早くも新たな香りを追加したんです!その名もなんと『嗅覚遮断スプレー〜コーヒーフローラル〜』!これで薄気味悪い巨大な豚ちゃんも大人の色香漂う素敵な紳士に………。すみません。やっぱり無臭にします」


「なんで!?私の可愛いイノタロウをダンディーでワイルドな猪にしてよ!なんでそんな残念な顔してんの!?」


「ソラ……香りがよくなっても、生物としての格は上がらないんですよ……。早く大人になりましょう」


「イノタロウは素敵な男だからね!切れ長の瞳がソーキュートだよ!」


この双子は新商品を出す度にコントをしないといけない決まりでもあるのだろうか。下らないからさっさと街に行きたい。もう空が暗くなってきたし。


因みに、非常にすごくとってもどうでもいいが、兎の面着けてるから顔見えないだろ。というツッコミを思い付いた。タイミング逃したから言わないけど。


マイさんが猪に向かってスプレーを噴射すると、何となく鼻がすっきりした。きっと僕の鼻でも僅かに獣臭を感じ取っていたのだろう。それを数百倍の強さで嗅いでいたサクラさんの鼻が心配になる。


誰だよ、猪呼んだ奴。


ソラさんにどう落とし前を着けてもらおうかと思っていると、サクラさんがべったりと抱き付いてきた。首筋を面でグリグリされて少し痛い。


「どうしました?」


「………良い匂い」


……………流石にちょっと恥ずかしい。もちろん、全く嫌じゃないけど。


「アクターさん早く乗って!」


「イチャイチャする時間が勿体ないです!」


いつの間にか、双子が猪の背中に跨がってこちらを見下ろしていた。サクラさんとの愛の一時は決して無駄な時間なんかじゃないんだが、二人には理解出来ないらしい。


まぁいい。迅速な行動に越したことはない。


サクラさんをお姫様抱っこして、イノタロウの背中に乗る。サクラさんを雄の獣の背中に座らせたくないため、僕が抱えたままだ。首に手を回してくれて嬉しいです。


「ゴー!イノタロウ!」


フゴッ!と一鳴きして、イノタロウが発進した。一歩目から力強いスタートで、ぐんぐん進んで行く。飼い主はアレだが、イノタロウは意外と優秀だ。きっと今まで苦労して成長してきたのだろう。


僕の中で飼い主よりイノタロウの方が評価が高くなった瞬間である。元から飼い主の評価が低いのも原因だけど。


「危な!?」


ソラさんが叫び、状況もわからないうちに凄まじい衝撃が走り、僕達の体が宙を舞った。舞う、というより、高速で飛んでいる。


前から巨大な壁が迫ってくる。いや、僕達が壁に向かって飛ばされている。


下を見れば、壁に頭部をめり込ませたイノタロウの姿があった。どうやら、街の端にあるビルの壁にイノタロウが激突したらしい。


とりあえず体を捻り、ビルの側面に着地する。つもりが、運悪くビルの窓を突き破り、オフィスに突っ込んだ。デスクやパソコンが体にぶつかって少しずつ速度を落とし、壁に衝突したところでやっと止まった。もちろん、サクラさんは護りきった。


双子は別の階に突っ込んだか、上手く側面に足を掛けたのか、姿はない。


「………飼い主が飼い主なら、ペットもペットか」


一気に猪の評価が飼い主と同じランクまで下落した。さっきの上方修正は無効である。


「イノタロォォォォォォ!!」


外から何か聞こえたが、非常に不愉快だ。全く。突貫バカはこれだから。


「サクラさん、どっかぶつけてないですか?」


「う、うん………ありがと」


一応サクラさんの体を隅々まで触ってみるが、服が破れたりもしていない。耐久度の低い服が無事だから、サクラさんも無事だろう。一安心だ。


「さて、早く逃げましょうか」


さっきから防犯ベルが喧しいし、警備会社の人間が来る前に脱出だ。


サクラさんと手を繋いで、割れた窓から飛び降りる。何やら下に大きな獣がいるから、落下の勢いを込めて踵落としを食らわせてやった。


フゴォッ!と悲鳴を上げた怪物は、光になって消えていった。ちょっとすっきり。なんか喚いている鎧女は無視する。


「買い物したデパートに行きます。夜戦になっていると少し面倒なんで、一気に駆け抜けますよ」


「何が面倒なんですか!?」


「敵味方の区別がつきにくいから、妙な動きをする生物は全て敵と判断して攻撃してきます。争いが始まって長いんで、逃げ遅れた一般人とも思われないでしょうし」


本当は追撃を避ける為に隠れながら進むのが一番だけど、このメンバーじゃ少し難しい。セルさんかハンマーくんがいれば楽だったが、無い物ねだりだ。それに、このメンバーでも走るだけでも問題ない。


「ソラさん、オーケーですか?」


「イノタロォォ……!ごめんね……!」


「はい。じゃあデパートに突入します」


「待ってあげてください!まだ!まだソラが復活してません!」


「自業自得という言葉を教えてあげますので、三秒以内に立ち上がってください」


うぅ……と呻きながら、震える足で立ち上がった。なんか、僕が酷い奴みたいに思われかねないので弁明しておくが、ソラさんと騎獣契約を結んでいるイノタロウは死んだわけではない。ただ、日付が変わるまで再招喚出来ないだけで、明日になれば普通に元気な姿を拝めるのだ。そうでもなければ、流石に踵落としなんてやらない。


なんでこんなに落ち込んでいるのか、僕には全く理解出来ない。したいとも思わないが。


「イノタロウのあの苦しそうな声を聞いてアクターさんは……」


「行きます」


「せめて最後まで言わせて!」


無視無視。


サクラさんと手を繋いで走るのは少し難しいから、常に近くにいるようにだけ心掛けて走り出す。とはいってもサクラさんの方が走るの速いから、サクラさんが僕に合わせてくれているわけだが。生産職の悲しい性である。


出遅れた双子も、少し後ろから追いかけて来ている。足の遅いマイさんをソラさんが背負って走っているのだが、それでも僕と殆ど変わらない。というか、僕の方が少し遅い。………マイさんよりは速いから、うん。


小型のビルを越える為に近くのビルを使って三角跳びをし、屋上を一気に飛び越えて反対側に着地すると、そこは片側何車線もある大きな通りだった。そこでは、防弾車両をバリケードにした銃撃戦が繰り広げられていた。


発見されずに駆け抜けるのは不可能だろう。鬱陶しい。


路上駐車されていた乗用車を掴み、全力で投擲する。上手く投げられたようで、車影に隠れていた兵士を一網打尽にできた。無論、片側だけ潰してしまったから戦線が崩れるが、その前に道路を横断する。


行く手はビルに遮られているが、ばか正直に道路を通れば再び戦場に乱入しかねない。だからと言って路地裏を通れば遠回りだ。


結局、最短ルートはビルの上だ。


ビルの看板や窓枠の凹みに手を掛けて、腕力にものを言わせて跳ぶように登って行く。フリーランニングのような走法だが、現実ではここまでの無茶は出来ないだろう。


足で地面を走るより腕で壁を伝う方が楽。生産職の哀しい性である。それでもサクラさんの方が速い。虚しくなるよ。しかも、サクラさんは腕は使わず足だけ使って飛び上がっているのだから、もう……。


ソラさんはマイさんを背負ったまま、ビルの平らな壁に指をめり込ませてガシガシと登っている。筋力バカはこれだから。少しはサクラさんの華麗さを見習いなさい。


屋上を駆け抜けて、道路を挟んだ反対側のビルまで跳躍する。サクラさんはビルの屋上に着地したのに、僕は飛距離が足りずに屋上の縁に手を掛けてギリギリで登った。マイさんを背負ったソラさんは、ちゃんと届いている。なんかもう、嫌になってきた。


再び次のビルに跳ぼうとすると、向こうのビルに人影が見えた。肩に担いだ筒みたいな物を、こっちに向けている。


バズーカってやつですね。もちろん、狙いは僕達で。


バシュ!と音がして、小型のロケットのような弾が煙の尾を引いて飛んできた。僕達に直接当てるのではなく、足下のビルの壁を狙ったようだ。


「“リフレクション”」


スキルを唱えると、ロケット弾は逆再生するように砲筒に向かって飛んでいった。が、人影はそれを躱わし、ロケット弾は闇夜に消えた。どこかで推進薬が切れて墜落するだろう。


それはともかく、僕達の行く手を阻まれるのは迷惑だ。さっさと死んでもらわないと困る。


体勢を崩している今がチャンスだ。ビルから飛び出すと、宙にいる僕に向かって今度は軽機関銃を乱射してきた。まぁ、まだ“リフレクション”の効果時間内だから弾丸は射手に返るんだが。それに、あれなら直撃しても効かないし。


今度は距離が短かったからか、ちゃんと屋上に着地できた。着地ついでに人影に回し蹴りを入れてやった。


ぶほっとか面白い声を上げて、そいつは屋上を転がった。だが、可笑しい。


全力ではなかったとはいえ、それなりの力を入れて蹴ったのに、人影―たぶん男―の上半身が無くならなかった。それどころか、骨を折った感触もなかったように思う。この街のNPCくらいなら軽く殺せる威力を込めたはずなのに。


「プレイヤーですか」


これは困ったことになった。この街のNPCの平均レベルは300前後。それを一撃で殺せる蹴りが直撃しても骨折すらないということは、この男のレベルは700は下らないだろう。


ただ、問題は男のレベルではなく、プレイヤーがこんな場所で僕達を待ち伏せしていた事だ。絶賛紛争中の街で、僕達がこそこそとしている一方、男は堂々とまるで我が物顔でいる。


この街で起きている争いは、どうやら、そういうことらしい。つまり、NPCの警官とNPCのテロリストの争いではなく、プレイヤーの自治団とプレイヤーのテロリストの抗争。すっかり思い違いをしていた。


ついさっき叩き潰した兵士達はやけに弱かったが、きっとあれはNPCだったのだろう。プレイヤー間の抗争に便乗してNPCもおっ始めたに違いない。


困った。NPC同士の戦いくらい簡単に蹂躙できると思って来たが、プレイヤー同士となれば、本格的に戦争になるかも知れない。全員がここにいる男程度なら何とかなるが、そう上手くはいかないだろう。それこそ、両陣営にカンストプレイヤーが混じっていると考えていい。


本格的な戦闘をするつもりで買い物に来たわけじゃないから、今は態勢が万全とは言い難い。サクラさんなんてメイン防具ですらないし、全員ガスマスクをしていない。もしも高レベルのカンストプレイヤーが出張ってきたら、少々危険だ。


予想外の展開に思考を奪われている間に、男が距離を取って立ち上がっていた。しかも、種族を解放したようで、両手が砲筒になり、全身至るところに銃身が生えている。


『地界』出身プレイヤー限定種族〈機械人〉それも防御無視の攻撃専門種族〈銃人〉だ。


「“へヴィーガンファイア”!」


確か〈銃人〉の銃身の数は全部で三十だったか。三十挺の一斉砲火。それも一挺につき秒間三発の連続射撃。つまり全部で秒間九十発。


ガガガガガガッ!と、アホみたいな高速連射が人型の面になって迫ってきた。残念なことに“リフレクション”の効果時間は既に切れ、しかもクールタイムで使用不可。


避ければ背後のサクラさんに当たる危険もある。もちろん、サクラさんなら全然余裕で躱わせるが、サクラさんに銃弾が向かう時点で回避は却下だ。


逡巡したせいで有用なスキルを思い付く前に、三十発ずつの凶弾が僕の全身を汲まなく打ちつけた。



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