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深夜だというのに電話は繋がった。そして、それからほどなくして、わたしの母親がタクシーで駆けつけてきた。
「カズミは! どうなったんですか! 何があったんですか?」
警察官の姿を認めるなり、掴みかからんばかりの勢いで状況説明を求めている。
「落ち着いて下さい。お嬢さんは命に別状は無い状態です。まずは病室に」
「はい、でも……」
「大丈夫ですから、ね」
婦警が笑いかけると母親は何が正しい行動かを理解したらしく、静かになった。
「私は中央警察署の寺井です。こちらは千田」
男がそういうと、二人は揃って警察手帳を提示する。そして母親に病室への移動を促しながら、事のあらましを説明しはじめた。
「お嬢さんは、自分の部屋で首を吊られた状態で発見されました。命に別状はありません。ですが意識が無い状態です」
「……自殺したんですか」
母親は悲しげに目を伏せた。
「何かご存知なんですか?」
「え? 自殺と……」
千田が言いかけるのを、寺井が視線で制した。
「え……ええ、もともとなんというか、問題がありまして……いつかやるんじゃないかと思ってたんですが……」
「そうなんですか、問題と言いますと?」
訝しげな視線を向ける母親に対し、寺井は困ったような表情で言った。
「いや、言いたくないんなら言わなくてもいいんですがね。捜査の一環ですよ」
「はぁ」
母親は納得したんだかしてないんだか曖昧な返事を返す。それからすぐに口を開いた。
「なんというか……あまりうちに寄り付かないような子だったんですけど、無理矢理わたしたちの引っ越しに付き合わせたみたいで、あまりここでの生活にも馴染んでなかったみたいで」
「そういえば、奥さんは現在百道にお住まいですよね」
「そんな事まで調べるんですね。ええ、そうです」
「カズミさんはどうしてご一緒に住んでないんでしょうか? お宅、一軒家でしたよね」
「ええ、最初は一緒だったんですけど、ちょっと夫と齟齬がありまして」
「齟齬、と言いますと?」
「ええ、あの子ずっとフリーターって言うのかしら? 東京でもアルバイトしかしてなくて困っていたんですけどね、こっち来て一緒に住んでも自分の部屋から出てこないし、仕事も探さないんで夫が怒っちゃって家を追い出しちゃったんですよ」
「それから今のアパートに住み始めた?」
「ええ、なんか貯金はあったみたいでしてね、そのまま。仕事も見つけたみたいなんですけど、書類を書かせに来たんですけどね、それっきりですよ。全然うちに顔を出す事も無く。教久しぶりにあうようなもんなんですけどね、こんな状況で……」
「そうなんですね。病室はあと少しです、詳しい話はまた明日以降お聞かせ願えますか? 出来れば旦那さんも一緒がいいんですけど」
「聞いてみますわ」
寺井の方が喋り、千田はやはりメモを取っている。そしてしばらく無言で歩いたあと、寺井が『わたし』が収容されている病室のドアを開けた。
「カズミ…………!!!」
母親が枕元に顔を埋め、おいおいと泣き出した。わたしはここにいるのに。
「大丈夫ですよ。今は眠っているようなものですから」
千田が母親の横にしゃがんで背中をさする。
「でも、でも……」
母親に対し、憎しみのような気持ちもあったにはあった。しかし『わたし』の、ひいてはわたしのために泣く姿を見るのは結構辛いものがあるのだ。
わたしはそっと病室の壁をすり抜けた。