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『ひぃっ!』

 思わず退いたが、このままでは私が死んでしまう! 近づいてロープを外そうとしたが、わたしの手は『わたしの体』をすり抜けてしまい何も触れなかった。

 そうだ! 警察だ! と思うや否や家を飛び出し(このときは何も考えていなかったが、ドア等を全て無意識ですり抜けていたようだ)近くのコンビニに飛び込んだ。

『すみません! 助けて下さい!』

 店員に縋り付き、大声を上げたが誰も反応してくれない。諦めて大通りにある交番に行くも、同じような反応だ。この体ではどうしようもないのだ。幽霊とはかくもむなしい存在なのか、等と考えながらも部屋に戻った。

 相も変わらず、『わたし』の首つり死体が窓越しの街灯に照らされて青々と浮かび上がっている。

『………………』

 自分の体ながらに気持ち悪い。『わたし』はこのまま誰にも見つけられずに、腐っていくのだろうか。

 そのさまを少しだけ想像して、激しく首を振って頭から追い出した。それはよくない。非常によくない。幽霊のまま自分がただ腐っていくのを見るなんてひどい話もあったもんだ。地味なホラーである。

 ホラー! そういえばホラー映画で幽霊が電話を伝ってやってくるだかなんだか、そういう

設定のものが数年前にあったはずだ。最近の幽霊は電気信号に乗ってくるだとか、そう言う話も聞いたことがある。

 わたしの現在の体でも、電話が出来るのではないだろうか!

 画期的な思いつきだった。人に気付かれないわたしでも、電話を通して警察に通報すれば『わたし』を回収してもらえるかもしれない。いや、回収等とは言わず、蘇生も間に合うかもしれないのだ。

 さあ電話だ! と思ったものの、わたしの型落ちスマートフォンは枕元に見当たらない。机の上や本の上など方々を探したけれど、やはり見つからない。記憶をたどれば帰ってきてから触った覚えがなかった。恐らくカバンの中に入れっぱなしになっているに違いない。

 しかし、現在のわたしは物理的な干渉が出来ない状態なのでカバンの中を探ることも、ひっくり返すことも出来なかった。再びの絶望の縁である。

 がっくりと肩を落とそうとしたわたしは、肩が落ちきる前に勢いよく背筋を伸ばした。勢いがあまりすぎて若干海老反ってしまったような気もする。

 まあ、海老反りなんてどうでもいいのだ。自分の携帯電話が使えなければ、他人のを使えばいいじゃない。わたしは喜び勇んでスキップしながら隣人宅へ滑り込んだ。


 隣人カップルはベッドの中で体を寄せあいながら眠りこけていた。着衣に乱れなし。どうやら事に及ぶ前に力つきてしまったようだ。あれだけ怒鳴りあっていたなら仕方のないことだ。

 幸いな事に女の方が携帯電話を握りしめて眠っていた。

 必要ないとは思ったが、念のため音を立てないようにそろそろと近づき女の携帯電話を覗き込む。今時珍しい、スマートフォンではない旧式のザ・携帯電話と言う代物だ。

 ここまではいい、しかしここからが問題だ。幽霊の方々はどのように携帯電話を操っているのだろうか。幽霊歴の短いわたしには皆目見当がつかなかった。

 とりあえず突っついてみるか、と携帯電話に指を突き立てたがわたしの短い人差し指はするりと画面を貫通してしまった。

 まさか携帯電話自体に乗り移ったりしなければならないのだろうか。しかし、乗り移るったって……。機械に……?

 乗り移りはちょっと方法が分からないので、最終手段にしておこう。とりあえずボタンを押していないのでそれを先に試してみようと思う。

 『1・1・0』と押したいのに、握りしめた女の指、親指部分がちょうど『1』のボタンにかぶっている。女の手の上から手のひらを重ねるようにしてボタンを押そうとすると、女の親指がぴくりと動いた。

『!』

 女が起きだすのかと思い、顔を見る。女は相も変わらず泣きはらした目ですやすやと眠っている。

 もう一度、女の指の上からボタンを押す。女の指がぴくりと動いて、画面に『1』が表示された。

 これは、もしかしたら。

 続けて再び『1』を押す。

 画面に『1』が二つ表示される。

 間違いない、わたしの手の動きと女の手がリンクしている。

 そのまま『0』を押し、通話を押す。

「事件ですか、事故ですか?」

 警察官とおぼしき人物が電話口に出た。

『事件です! わたしが自殺を! いや、わたしが、死んで、隣の部屋で人が死んでます!』

「もしもーし、大丈夫ですか?」

『あの……その……場所は……おっきい交差点の……コンビニの奥で……』

「もしもーし、聞こえないんですが、大丈夫ですか?」

 はっとした。私の声は警察官に届いていなかったのだ。ショックを受けたわたしは、そのまま女の手を使い電源ボタンを押し、通話を終了させてしまった。

 これは……どうしたものか……。やはり携帯電話自体に憑依するしか方法はないのか……。

 憑依! わたしに本日二度目の天啓が下った。

 現状、手だけ女に乗り移っている形であると考えれば、全身も可能ではないだろうか。そうすれば女の声帯を使い警察官に言葉を伝える事が出来る。

 なんて画期的! わたしはすぐさま女の体に重なるようにして横になった。

 激しい頭痛と吐き気、目眩、インフルエンザで高熱が出たときよりも辛い。気を抜くとすぐに意識が飛んでしまいそうだ。奥歯を噛み締め、ひたすら不快さに耐える。しかしこれは、辛い……。早く電話をかけた方がよさそうだ。

 しびれたように動かない手を、無理矢理動かして110番に電話をかける。

「事件です——」

「隣の部屋で人が死んでいます。日赤通り沿いのファミマの裏にあるニュークラウド天神103号室です」

 掠れた声でそこまで言って、意識が途切れた。

「もしもーし、大丈夫ですか? 状況をもっと詳しく教えて下さい」

 わたしは女の体から離され、女と、喋り続ける携帯電話を眺めていた。気分が悪い。とりあえず伝える事は伝えたはずだ。わたしは女の手に乗り移り、電話を切った。ついでに発信履歴も消しておいた。

 声で男が起きてしまうかと少しひやりとしたが、彼は大いびきをかきながら未だ眠っている。

 胸を撫で下ろし、わたしは家の外に出て警察の到着を待ちわびる。

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