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『は?』

 予想だにしなかった答えに、怪訝な声を上げてしまった。しかしもちろんの如く襟裳には聞こえていないので、彼は天井付近をきょろきょろしながらわたしを探している。

「大鳥さん、まだいますよね?」

 襟裳がノートを開いてシャーペンを握った。

「携帯壊れたんで、これで会話しましょう」

 そういうことか。わたしは襟裳の右手に自分の右手を重ねた。しかし、何を書こうかすぐには思いつかずミミズがのたうったような線を紙上に一本引いただけだ。

「……まさか俺の愛が嬉しすぎて何も言えなくなっちゃったとか?」

「——バカ」

 やっとの思いでその二文字だけを書き出した。

「照れなくてもいいんですよ」

「——そもそもロープだのを警察に言っていた理由も、わたしの死因(?)を知っていた理由も、明かされてません」

 襟裳は困ったようにノートを眺めた。

「——それに、本。倒錯の何とかって本がうちにあったけど、あれ君のでしょう?」

「ああ、あれは僕の気持ちです」

「――わたしの家にあなたの本がある事が何よりの状況証拠。犯人はあなたです」

 襟裳は長らく沈黙した。わたしは襟裳を見下ろしながら、次に彼が何を言うかを考える。弁明だろうか、釈明だろうか。それとも自白? 逆切れされたら少し嫌だし、開き直られてもそれはそれで困る。というか、自首する以外の方法をとられたらわたしはどうすればいいのだろうか。

 答えが出る前に、襟裳が口を開いた。

「分かりました。全てをお話ししましょう。でもその前にお聞きしたい事があります」

 まるで事件を解決する前の探偵のようなことを言う。

「どうして大鳥さんは犯人を捜しているのでしょうか?」

『それは……』

 それ以外にやる事がないから……では答えにならなそうだ。

「――犯人が捕まれば、元に戻れるから」

 確信はなかったが、ゆっくりとそう文字を綴った。書く事で自分の中での真実度があがっていく気がした。

「そうですか。早く犯人を見つけないといけませんね」

「――えりもさんじゃないんですか? わたしの為にも自首して下さい」

 のらりくらりと真実を語ろうとしない襟裳に腹が立ち、嫌みったらしい事を言ってしまった。しかし、襟裳は自信満々にこう返した。

「任せて下さい。大鳥さんの為にも、俺が犯人を見つけてあげますよ」

 

「まず言っておきますが、僕の行動は全て愛故だと言う事を断っておきますね」

 そう言って、襟裳はペンを置いた。

 黙って待っていると、彼はすぐに戻ってきてノートの上にある物を置く。それは、サイダーのペットボトルにおまけで付いてきた白黒の犬のキーホルダーに繋がれた、家の鍵だった。

「——わたしの家の鍵ですね」

 襟裳がペンを握るなり、わたしはそう書き付けた。

「そうです」

 襟裳は答えると、すかさず自分の右手を押さえる。これではわたしは何も彼に伝えられなくなってしまう。

「言いたい事はたくさんあるでしょうが、まずは俺の話を聞いて下さい」

 ある程度は粘ったものの、襟裳の力は意外と強く、わたしは諦めて彼の話を聞くことにした。

「まず、この鍵を手に入れたのは水曜日――大鳥さんが最後に出勤した日です。社員通用口で俺と別れたとき、鍵を落としていったんですよ。で、すぐに追いかけて渡そうと思ったんですが、ちょっと魔が差してしまいそのまま失敬してしまったと言う訳なんですが……」

 わたしは水曜日の帰宅時を思い出す。言われてみれば、帰ったときに鍵がかかっていなかったような……。てっきり自分で鍵をかけ忘れた物だと思っていたのだが、襟裳が侵入していたのだろうか? どちらにせよ、あの日鍵の所在を確認する事はなかったと言う事だ。

「こういう場合、なぜ俺が大鳥さんを慕っていたかと言う話から始めなければならないのでしょうが、そこは割愛させて頂きます。大鳥さん、バスの定期を交通費として請求してますよね? あの領収書の控えがレジ下に入ってたんで、最寄りのバス停まで原チャで先回りしたんですよ、あの日。それで大鳥さんが来るのをコンビニで待って後をつけたんですけど」

 襟裳が帰りにやる事があると言っていたのは、まさかわたしの所在を調べる事だったのか……。

「それで家の場所が分かった後、とりあえずお腹がすいたんでラーメン食べたんですよね。その後窓側に移動してずっと見てたんですよ。家の中に押し入るような勇気もありませんでしたからね。そしたら、カーテンが開いて首を吊るようなシルエットが見えたんで慌てて鍵を使って中に入り、首を吊った状態の大鳥さんを発見したまでです」

 襟裳が再びペンを握り直したので、わたしはすかさず矛盾点を指摘した。

「――なぜすぐに通報しなかったのか?」

 段々と文字を書く手が疲れてきて、単調な文になってきた。

「それは……大鳥さんがもし死にたいのだったら、その意思を尊重しようと思って……」

「――本は?」

「足下の本の上に置いて、少しでも生きる可能性を揚げれればと思って……」

 現にわたしは、襟裳が置いた本によって首が完全に吊られる事がなくなり息伸びる事が出来た。しかし、襟裳の言い分は信じがたいものがある。

「俺だって動揺してたんですよ。それで、とりあえず足だけ付く状態にして……逃げてしまいました」

「――信じられません」

「それでも構いません。でも、俺は大鳥さんに嘘は言いません」

「――しかし、警察もあなたを疑っています」

「マジですか」

 襟裳は額に手を当て天井を仰いだ。

「それは参りました」

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