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 無事に営業時間も終わり、というか、私がいたときよりも確実にスムーズに閉店作業が済んだのだが、これはどういう事だろうか……。まあいいや。とにかく襟裳を追いかけて、何らかのアプローチをしなくては。

「あの、襟裳さん」

「四葉さん、どうしたの?」

「いえ、あの、大鳥さん自殺らしいですね?」

「……それがどうかした?」

 襟裳はむっとした顔で答えた。

「襟裳さん、大鳥さんと仲良かったからなんか知ってるかなーって」

「それを知って君はどうするの?」

「え?」

「意味のない話をしてこないでもらえるかな」

 襟裳はそう言うと、さっさと帰ってしまった。

 四葉はその場にへたり込み、制服のまま泣き出してしまう。慌てて久喜が駆けつけてきて慰めはじめる。

 彼女達のことも気になったが、今は襟裳だ。今日見失ってしまってはまた明日の終業後に追いかけなくては、彼の家を把握する手段は無くなってしまう。今のところは、襟裳を追いつめ自首に盛って行く事がわたしの命題なのだ。

 なんとなくだが、犯人が捕まればわたしの魂は肉体に戻っていく気がしている。

 

 襟裳は原付自転車で通勤している。見えないストーカーの存在など一切懸念していない背中をがっしりと掴み、そのまま家まで着いていけてしまった。自覚はないとはいえ、彼には幽霊と二人乗りという怪談の定番メニューをごちそうしてしまった事になる。

 襟裳は学生街のアパートで一人暮らしをしていた。

 部屋の中には勉強机と敷きっぱなしのマットレス、本棚代わりのカラーボックスは本が増える度に買い足しているのだろう。様々な種類の物が絶妙なバランスで積み上げられていた。そして収まりきらない本がカラーボックス群の周辺に積み重なっている。

 わたしはその中に、『倒錯の』から始まるシリーズ物が何冊もある事を発見した。やはり我が家に落ちていた本は襟裳が残したものだったらしい。

 アパートはオートロックで、なかなか綺麗な物件だった。部屋も学生の一人暮らしにしては広い。もっともその広さを十分に使い切れているとは思えない暮らしぶりだったが。

 襟裳は電気ケトルに水を入れ、床に転がったビニール袋からカップ麺を取り出した。

 ひたすら無言で、テレビさえも付けずカップ麺を啜る襟裳の姿には哀愁さえ感じたが、今はそんな場合ではないのだ。なんとかして襟裳に犯行がバレている事を告げ、自首を促さなければ。

 しかし、襟裳は携帯も握らないわパソコンにも触らないわ、わたしが今までやってきたように、手だけ乗り移ってメッセージを送るという手段をとる隙を与えられなかった。

『………………』

『………………』

『………………』

 襟裳はカップ麺を食べ終わると、汁を流しに捨て、ゴミをゴミ袋に直接投げ込んだ。

 暇だ。

 かといって目を離した好きにどこかに行かれても困る。

『………………』

『………………』

『………………』

『………………』

『………………』

『………………』

 ブーブーブー、沈黙を携帯電話のバイブが切り裂いた。まあ、沈黙と認識しているのはわたしだけだろうが。

 襟裳が携帯電話に手を伸ばす。後ろから覗き込むと、メールは四葉からだった。

「さっきは怒らせちゃってごめんなさい」みたいな文章が絵文字満載でたらたら書き連ねられていた。襟裳から「そんなことないよ」と送られてくる事を期待しているのだろうか。残念でしたー。

 わたしは襟裳の手に自分の手を重ねた。

「あれ? あれ?」

 自分の手が思うように動かなくなり、襟裳が慌てだす。左手で携帯電話を押さえて右手を引きはがそうとしてくるが、わたしは狼狽えずポチポチと文章を打ち出した。

「わたしはおおとりかずみです」

「うっひゃああ! 携帯が勝手に! 文字を!」

『あ!』

 文字を打つのに夢中になっていたら、その隙に襟裳が携帯を放り投げてしまった。

『………………』

『………………』

『………………』

「……もしかして夢だったかも?」

 独り言を言いながら襟裳が携帯電話を拾う。その隙にわたしは新たな文章を打つ。

「あなたがわたしをころしたことはわかっていま」

「ぎゃあああ! 夢じゃない!」 

 襟裳がまた携帯電話を投げようとしたので、右手をぎゅっと握りしめた。

「あれ?」

「——す。早く自首して下さい」

 襟裳が首を傾げている隙に新たな文章を打った。襟裳はぼんやりと勝手に動く自分の右手を見つめている。

「自首をしないとわたしが成仏出来ないんです!」

「……大鳥さん?」

 襟裳が急に、中空に向かって言葉を放つ。

「——そうですが。」

「ここにいるんですか?」

 襟裳が今度は携帯に話かける。

「——そんなようなもんです。」

「よかったぁー無事だったんですね!」

 そう言うと、襟裳は携帯電話に頬擦りを始めた。気色悪かったので、思わず彼から離れてしまった。

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