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 それからはとりとめのない話を延々と続けた。黄泉平のときも思ったが、会話する相手がいる事はとても素晴らしい。それは兄崎もおなじだったようで、話せなくなってからの長い間に溜まっていたうっぷんを晴らすように、彼の話題は尽きなかった。

 兄崎家の近所の人の話や、見舞いにこない親戚の話、毎日尽してくれる兄崎夫人の話。何一つ分からなかったが、相づちを打つだけで兄崎老人は満足そうだった。

 夜まですることがなかったわたしは、ひたすら兄崎老人の話を聞いていた。彼の趣味である釣りの話も、声が出ないと分かって蔑ろにしてくる医師の話も、そこまで退屈ではなかった。

 会話とは、他人との考え方の擦り合わせであった。他人の考え方を、受け入れたり受け入れなかったり、同意したり反論したり、掘り下げたり流したり出来る唯一の方法だった。

 はっきり言って、以前のわたしはそんなことは無駄だと思っていたし、積極的にしようとは思っていなかった。

 しかし、自分の頭でばかり物を考えている今となっては、それは他人の意見を得る貴重で重要な物だと気付かされた。

 気付けば、日が暮れていた。


 結局、兄崎夫人はあれから病室には来なかった。


 わたしは兄崎に別れを告げ、病院を後にしなければならない。なぜならブックス・セサミにいる襟裳にコンタクトを取らなければならないからだ。

『嬢ちゃん、また……いや、なんでもねえ』

『また来ます。それでは、お元気で』

 わたしは心からそう思った。


 何となく従業員出入り口に来てしまった。そんなに好きではない職場環境だったが、働けないとなるとそれなりに感慨深い物がある。ぼんやりと入り口の警備員を見ていると、効いた事ある声が聞こえてきた。

「あ、エレナ! おっはよ!」

「イズミちゃん……」

 高校生バイトの四葉と久喜だ。わたしは彼女らの下の名前を初めて知った。四葉イズミと久喜エレナか。

「なんかさー急に出勤になっちゃてさー襟裳さんとあえるのはいいけどめんどくさいよね」

「そうだよね」

「でさ、でさ、店長言ってたんだけど、大鳥さん倒れたんだってね。いい気味ー」

 四葉が久喜に顔を近付けて小声で言った。好かれてはいないとは思っていたが、こんなに嫌われているとは……。わたしは胸が痛くなった。

「倒れたっていうか……」

 久喜は唇をつり上げた。

「自殺したらしいよ。大鳥さん」

 そして、あざ笑うようにそう言い放った。


 久しぶりに訪れたブックス・セサミは今日もいつも通りに閑散としていた。高校生達に嫌われている事を目の当たりにしてしまったわたしは、傷心のまま店内をさまよった。

「あーあーあーあー」

 奇声を上げてみたりして、誰か聞こえる人がいないか探す。いっそのこと幽霊が出る書店として噂が立って潰れてしまえばいいのに!

 しかし、念願むなしく誰もわたしの存在には気付いてくれなかった。

 しょんぼりしながらかつてのわたしの担当だったコミックコーナーを徘徊する。担当と言っても、店長である須賀がデータに基づいて仕入れた本を並べるくらいしか役割はなかったのだが。

 店頭はあまり変化がないようだ。

「須賀め、さぼってんじゃねーよ。新刊面出しくらいしとけよ」

 入荷してるはずの新刊を思い出そうとして、わたしが入院してからまだ二日しか経っていない事に気がついた。入荷日はまだ先のことだ。仕事をしないでふわふわしていると時間がありすぎて、日付の感覚が狂ってしまった。

「あの、店長、お話があるんですけど」

 コミックコーナーに久喜が須賀を連れてきた。

「どうしたの?」

「あの、大鳥さん、今お休みされてますよね」

「ええ、そうね」

 久喜は何の話をするつもりなのだろうか。気になったのでわたしもその場に残って話を聞いた。

「あの、あたしが漫画の担当したいんですけど」

「え?」

「あ、いや、もちろん大鳥さんが戻ってくるまでの間ですけど、その、いない間だけでもわたしが漫画コーナーの担当したいんです。その、あたしも結構、あの、漫画とか詳しいんで」

 久喜が一生懸命言い訳を始める。要するにわたしの居場所を入院中に無くす作戦だろう。もしかしたら四葉の差し金かもしれない。

 わたしは暗澹たる気持ちになった。別に好かれてるとは微塵も思っていないが、ここまで排除する動きに出なくてもいいだろう。須賀もわたしの事が嫌いだからこの作戦に乗るだろう。そうしたら、わたしは襟裳に首を絞められ病院送りにされ、久喜と四葉に仕事を奪われ、挙げ句の果てには須賀からクビを言い渡されるかもしれない。

 集団をまとめる為に必要なのは共通の的だと言う事は分かっていた。しかし、社会人にもなってここまで嫌われるなんて……。そしてここまで嫌悪感を丸出しにするなんて……。

 わたしは、泣けるものなら泣きたかった。しかし、この体では涙など零れない。

「ダメよ」

 須賀の言葉にわたしは顔を上げた。一体どういう事だろう。

 久喜もあっけにとられたように須賀を見ている。しかし須賀は、至って真面目な顔でこういった。

「あ鉈はどう思ってるか分からないけれど、大鳥さん真面目に仕事してるのよ。それにあなた、学生で出勤時間も短いじゃない。社員の仕事なんて任せられないわよ」

「じゃあ大鳥さんがいないときの仕事はどうするんですか!?」

 非難の混じった声で久喜が言った。

「私と片平と数さんでなんとかするから、バイトのあなたは気にしなくていいわ。バイトはバイトの仕事をしてくれればいいの。それ以上は求めてないし、あなたにとっても負担になるでしょ? ほら、もうすぐ上がりの時間じゃないかしら? 商品整理、よろしくね」

 そう言うと須賀はさっさと売り場を離れて行ってしまった。久喜は、コミックコーナーで俯いたまま、固く拳を握りしめていた。

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