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『おじいさん、わたしが見えるの?』
『何馬鹿なこと言っておるんだ……』
兄崎老人は、わたしの方をしげしげと見た後眉をひそめてこう言い放った。
『さては嬢ちゃん、入院患者だな? おつむの調子が少々悪いんだろう? さっさと自分の病室に帰りなさい』
余りにも馬鹿にした言い方に、頭に血が上った。
『違います! だいたいそっちこそわたしが見えるなんて頭おかしいんじゃないの?』
『なんだと! 人の部屋に入ってきて偉そうに! てめえなんかひんむいて放り出してやる! 松子! おい! 畜生!』
呼んでも来ない婦人に苛々したのかベッドの横にある車椅子に手をかけ、乱暴に押した。しかし、車椅子は一ミリも動かない。もちろん、倒れなどしなかった。
兄崎は、はっとしてわたしの顔を見つめる。
『嬢ちゃん、なんで……わしの言葉が……』
そう呟くと額に手を当てて天井を仰ぐ。
『わしの声は、もう聞こえないはずなのに……松子も、看護婦もわしの声を理解出来ないのに……そうか……あんたがお迎え』
『え?』
『ほら、殺すなら殺せ。松子にも迷惑かけたな、ここらが確かにいい塩梅だ。天はなかなか、考えやがるな』
『いや、ちょっと待って』
急にわたしを死神扱いする兄崎に、今までのいきさつを話した。決してわたしが天からのお迎え等ではなく、人の死に何ら関わりを持たない、ただの幽体離脱者である事を理解してもらうのに随分と時間がかかった。というか、幽体離脱という現象については最後まで理解してもらえず、幽霊という事で落ち着いた。
『まあ、わしもあの世に片足突っ込んでるようなもんだだからな。幽霊ぐらい見えてもおかしくはない』
そういって、兄崎はわたしの存在を受け入れた。
兄崎がわたしの存在を認めたのには理由があった。彼は、喉を病んで声が出なくなっていたのだ。それなのにわたしに話が通じる不思議にやっと気付き、発想が一気に飛躍して神だか仏だかの使いだと思ったらしい。
『そういえば、奥様はあなたが死にたがっているとおっしゃってましたけど、昨日助けたのは間違いだったのでしょうか?』
ちなみに、売店で売っている栗まんじゅうを食べようとして喉に詰まらせたらしい。詳しくは言わなかったが、喉の病気のせいで満足に物も食べられなくなっているようだ。
『松子がそんな事を……それは……松子がおもっていることじゃあないかな。わしに早く死んでもらいたいんじゃろ』
『そんなこと……』
『わしゃあまだ死ぬ気にはなっとらんぞ! 喉もすぐ治ると医者も言っていたしな。早く治して旨いもんをたらふく食う。昨日の事は覚えとらんが、助けてくれて感謝する』
『そうですか』
わたしはほっとして、自然に口元に笑みが浮かんだ。




