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 暑い。

 クソ暑い。

 わたしは世間を恨みながらバス停までの道を歩いていた。

 シャワシャワと鳴く蝉の声が、暑さに拍車をかけているようだ。蝉どもは全ての個体が同期しているのだろうか、全く同じタイミングで泣いているように思える。

 例年より早く梅雨が空けたかと思ったら、恐ろしい程の猛暑が日本を襲った。

 あまりの暑さにアスファルトが溶けて靴の裏にへばりついてくる。まるでゴキブリホイホイのようだ。世界は、わたしをそこまで職場に行かせたくないのだろうか。

 もしかしたら溶けているのは靴の裏の方かもしれない。とても安い靴だったから。


 わたしの職場は、百貨店の七階にある本屋、ブックス・セサミだ。

 一応契約社員という名前だが、やっていることはバイトと一緒。レジ業務と商品整理、全部正社員の指示に従うだけ。

 今日は十一時から出勤だ。社員の須賀すがは常にバックルームで在庫管理やら発注やらをやっているので、フロアに出ているのはわたしを含めて三人。確か大学六年目の襟裳えりもと、同じく大学生の象井ぞうい。彼らは今日は朝から出勤だ。

「おはようございます」

 適当に挨拶をし、須賀に指示された通りにレジに入った。今日は納品もない。おまけに客もいない。だからやることはレジで客を待つことのみだった。

大鳥おおとりさん、おはようございます」

 襟裳がすかさず隣のレジに入り、わたしに挨拶してきた。

「おはようございます」

 目をそらしながら、挨拶を返す。

 わたしは彼が苦手だった。というか、ここの職場の全ての人が苦手だった。もっと言えばこの街も、なにもかも、全てが嫌いだ。

「襟裳さん、掃除しましょうよ」

 象井がモップと呼ばれる掃除道具を二本両手に持ちながらレジに近づいてきた。モップとはわたしが想像しているモップとはかけ離れた、いわばクイックルワイパーの上位互換のような存在だ。これで店内の床を拭くのが、やることがないときのわたしたちの仕事の一つだった。

 襟裳がレジを出て象井からモップを受け取る。

「俺、ホッケーやろうと思うんス。これで上手くなりませんかね?」

「どうかな……」

 象井は体育系のサークルに入っているらしく、体が大きい。対して襟裳は文学部で見るからにひ弱そうだ。それでも二人は仲がいい、というか一方的に象井が襟裳に好意を寄せているようだった。

 二人ははしゃぎながら書架の間をモップを持って駆け回っている。客がいれば迷惑になるので注意するのだが、生憎ブックス・セサミは閑古鳥が鳴いている。我々正社員以外は如何にして時間をつぶし、ストレスなく楽しく時給を稼ぐのかが目下の目標であった。

 わたしは象井と襟裳を横目で見ながら、新刊入荷予定のファイルをレジ後ろから取り出して眺めた。

 欲しい作家の新刊があったので、従業員予約票を書く。別に書かなくても入荷した時点で購入すれば社員割引が適用されるのだが、須賀に見つかるとかなりうるさく言われてしまうのだ。彼女曰く、最近売り上げが悪く入荷する本の数を絞らなければならないのに、あなたが買うことで私が悩んで考えた入荷数を乱すことは許されない云々。契約社員としての自覚が足りない云々。

 ちなみに他のバイトが何かを買っても特に強く言われないことから、わたしに対する嫌がらせのようなものも含まれているのではないかと思われる。まあ、嫌がらせだろうとなんだろうと、須賀と話す時間が増えるのは愉快なことではないので、黙って従うに限る。

 汚い時で書くとまた須賀になんて言われるか分からないので、綺麗な読みやすい字で予約票を書いた。しかしその程度で時間はつぶれない。私は客が来るまで雑誌を読んで時間を潰すことにした。

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