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『黄泉比良坂の平を平らに直して、うろんはひらがな。もちろん偽名です!』
長い黒髪をたなびかせ、セーラー服の女は胸を張った。
わたしはぽかんと口を開け、高度を上げる彼女を見上げる事しか出来ない。風にたなびかない紺色のスカートの奥にパンツ……は見えない。スパッツを履いているようだ。
『ところであなた、一体なんなの?』
そんなわたしの視線に気付かず、背中を反らせ顎を上げ、わたしを見下ろしてきた。
『なるほど……』
彼女――黄泉平の趣向が分かった。サブカルよりのアニメ・漫画好きだ。おまけにさっきはアンタと呼びかけたのに、今はあなたと二人称が変わっている。キャラクター設定もまだままなっていない。
『何がなるほどなのよ!』
黄泉平が腕を振り上げてぷんぷんと怒った。擬態語ではなく、実際に口で言っている。
『お前が何者なのかうろんちゃんが聞いてんだけど! ぷんぷん!』
また二人称が変わった。しかしまあ、なんと答えていいのやら。
『あ、はい。いや、通りすがりの幽体離脱者です……』
適当なことを言った。
『適当な事言わないでよ』
すぐに看過された。
『うろんちゃんは、キミの名前を聞いてるんです!』
『いや、でも、あなたの様に素敵な偽名はないんですけど』
『偽名じゃなくていいじゃない!』
しかし、あからさまに偽名を名乗っている相手に本名を名乗る義理もない。
『ユーコ! 幽体離脱のユーコです!』
再び適当なことを言った。
『ふぅん、ユーコね。まァ、いいんじゃない?』
今度は納得してくれたようだ。
『そんでさ、ユーコ。三たび聞くけど、アンタなんなの?』
『なんなのって聞かれましても……。通りすがりの幽体離脱者ですが』
『ふゥん。幽体離脱っていうんだ。ユーコは一人でそこに辿り着いたの?』
辿り着いたの? と言われましてもなんと答えていいのやら。とりあえずわたしは生返事をして誤摩化しておいた。
『うろんちゃんはね、選ばれた人間なの』
うへあ。何か始まった。とりあえず黙って聞いておこう。
『元々才能のある人間は、厳しい修行を積まなくても解脱出来るの。うろんちゃんはね、才能があったの。生まれたときから究竟涅槃してるのよ!』
『ゲダツ……クキョウネハン……?』
『そう、うろんちゃんほど才能にあふれる人はいなかったの。だからこの世界で解脱出来るのはうろんちゃんだけ』
黄泉平はくるくると舞い上がり、上空で両手を広げた。
『しかし!』
そう言うと、頭から落ちてきてわたしの前にで止まる。わたしの顔の前に、逆さまの黄泉平の顔がある。近すぎて気持ち悪い。
『ユーコ! あなたが現れた事によりなんか色々狂ってきちゃったのです!』
『そんなこと言われても……』
黄泉平はくるりと空中で回転して着地した。
『ユーコはどうして解脱出来たのかな? かな?』
『どうもこうも……寝てたらこうなってたんですが』
正確に言うなら寝る前に幽体離脱していたら本体が殺されかけて元に戻れなくなったんですが。
『ふゥん。ふゥん。ま、いいわ』
いいんだ!?
『ま、これからユーコ見たいのがバンバン現れるってことでしょ! 時代がようやくうろんちゃんに追いついたのね!』
『まぁ、そうなんじゃないですかね』
『来るべき戦いの為に、バンバン指導しろってことね!』
『それはどうでしょうか』
『そうと決まれば! バンバン解脱のコツとか教えちゃうんだから!』
『いえ、結構です』
断ったものの、黄泉平には聞こえていないようだった。わたしの両手をぐっと握り、目をキラキラさせて話しかけてくる。
『ユーコ、まず解脱の方法だけど……』
わたしは曖昧に微笑むと、そっと黄泉平から目を逸らした。




