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わたしは再び殺人としての捜査が始まる事に喜び、襟裳の背中に初めて語りかけた。思えばこれまで、彼の背中を見送る事なんて一度もなかったような気がする。
「彼、怪しいな」
「そうですね」
しかし、刑事二人の一言づつの会話が、わたしの高揚した気持ちに一気に冷水をぶっかけた。
「知り得ない情報を知りすぎている」
「ええ、ロープでなんて母親にも言ってないですし。彼、明らかに現場を見てますね」
「ああ、捜査変更になるな。はぁ……簡単にいけばいいがな」
ぶつぶつ言いながら刑事二人が去った後も、しばらくわたしは立ち尽くしていた。
『襟裳が犯人……』
そう言われれば確かに怪しいところがある。さっきのロープ発言もそうだが、さっきブックス・セサミでわたしの入院を聞いたとき何と言っていただろうか。
「――事故とか……自殺とか」
そうだ。何も知らないはずなのに、事故か自殺かを気にしていたのだ。それは襟裳が自分の犯行が発覚する事を恐れているからに違いない。
しかしそれが分かったところで、今のわたしには警察に告げる方法が無かった。いや、また隣の女に憑依して電話してもいいのだが、アレは気持ちが悪くなるので最終的な手段に盗っておきたいものだ。それに、変な女から「犯人は襟裳です」という電話がかかってきても警察は取り合ってくれないだろう。
『どうしたものか……』
悩んだところで答えが出る訳でもない。
とりあえず、本来の目的であった犯行現場――もとい自分の部屋の検分を始める事にしよう。
部屋の中はほとんど変わっていなかった。つまり、非常に汚い状態である。
カバンがいくつも床に落ち、本棚はもはや棚の意味をなさず、目の前に積まれた本が雪崩れている。ゴミ袋が玄関横に置いてあったはずだが無くなっていた。もしかして中を見られてしまったのだろうか……。変なものは捨てた記憶はないが、分別をきちんとしていないのが明らかになってしまっただろう。
床に残された足跡は、わたしの目には分からなかった。言われてみれば床に少し砂が落ちているような気もするが、もともと汚い家だ。それが外から入ってきたものか、自分で汚したものか判断が出来なかった。
「わたし」がぶら下がっていたカーテンレールは大きくひしゃげていた。さすがにロープはもう片付けられている。
『あれ? こんな本持ってなかったような……』
窓際に積まれた本には知らないハードカバーが混ざっていた。
『「倒錯の密室」……?ミステリっぽいけど、読んだっけな……』
タイトルを忘れた本が家にある事はたまにあるが、ハードカバーで買うほど気に入った本でそれはさすがにないだろう。人に貰ったり、借りたりした可能性を考えてみたが、そもそもそんなやり取りをする友人がいなかった。
『襟裳の物かもしれない。これは重要アイテムに違いない』
チャラララーン。あなたはハードカバー「倒錯の密室」を手に入れました。
それ以外は、特に異常はないように見られた。
というか、汚すぎて何が変化したかが家主であるわたしにも分からなかった。
『しかし、これで当面の目標は決まったな』
襟裳を逮捕まで追い込もう。
とりあえず、今のわたしに出来る事もやる事もそれしか無い。




