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『彼女の走り方は、まるでわたしから逃げているようだった……』
それにあの女子高生、どこかで見たような気がするのだけど気のせいだろうか。
『まあ、見えてたならすり抜けたりしないか』
とりあえず今は犯行現場であるわたしの部屋を調べる事が先だ。
わたしは某ミステリードラマのテーマソングの鼻歌を歌いながら、自宅へと舞い戻った。四時間ぶり二回目の帰宅である。
『あれ?』
アパートの前にパトカーはもう停まっていなかった。
訝しげに自分の部屋に行くと、おなじみの寺井刑事と千田刑事がキープアウトのテープをはがしている最中だった。なんだかとても嫌な予感がする。
「病院側からの話だと、他人によって首を絞められた可能性はほとんど無い」
寺井の言葉はなかなか絶望的なものだった。
「うちのものも回したが、やはり自殺の可能性が極めて高い」
わたしは自殺なんかじゃないのに……。
「首もきちんと締まってなかったしな。やろうと思って土壇場になって怖じけづいたんだろうな」
「何で昏睡状態なんでしょうね」
「わからん」
寺井は首をすくめた。
「医者も分からんってさ。先生様に分からないものが俺たちに分かるかね」
「じゃあ、下足痕は……」
「家主が自殺した日に、偶然空き巣が入ったんだろ」
「ドアの鍵は? 締まってなかったですけど」
「早く発見したくて鍵を開けっ放しにしたんじゃないか? ドアも半開きだったかもしれない。そこを空き巣が発見して入り込む。そして首つり死体を見ておめおめ逃げ帰ったんだ。案外通報の電話をしてきたやつが空き巣未遂だったかもしれないな」
「そんな偶然……」
「あるよ。いくらでもある。こないだだってワイドショーで『被害者はいい人でした~』みたいなこと言ってたやつが犯人だったじゃねーか」
「それとこれとは……」
「いいか、千田。これは事件じゃない、自殺だ」
「でも、変じゃないですか?」
「そういうもんなんだよ。お偉いさんが自殺だっていったら自殺」
「住人が自殺したその日に偶然にも空き巣が入り、下足痕だけを残して去っていったんですね」
「そうだ。それに家主は偶然にも理由の無い意識不明状態。両親とも疎遠気味で部屋の様子を知る人もない。それによって何が盗られたかも分からない。そういう事だったんだよ」
「それに疑問を持ったら、寺井さんみたいに出世コースから完全に外れるどころか一回も昇進出来ずにあたしみたいな新人とペア組まされる羽目になるんですね……」
「そうそ……ってうるせーよ」
寺井が千田の頭を軽く小突いた。何だよこの二人。出来てんのか? あ?
『恋愛メインの刑事ドラマなんかいらねーんだよ』
「あのーすみません」
わたしがわざと二人の刑事の間に入り込もうとしていると、後ろから聞き覚えのある声が響いた。
「なんですか?」
千田は自然な仕草で寺井から離れ、振り向いた。千田の視線の先にはぼさぼさ頭でサイズの大きなシャツを着た野暮ったい男が立っている。襟裳だ。
「いや、あの僕、大鳥さんと同じ職場の襟裳と言うものなんですが、彼女どうかしたんでしょうか?」
「同じ職場なのに話聞いてないの?」
「ええ、入院してるとしか」
「そう」
「捜査中の事はむやみに話せないのよ。ごめんなさいね」
「でもさっきお二人の話を立ち聞きしていたんですけど」
寺井と千田はあからさまに嫌な顔をした。
「大鳥さんは自殺じゃないと思うんです。昨日職場で本の予約もしてましたし」
「でもね……」
「それに首を吊っていたロープとか、ちゃんと調べたんですか? 彼女の家にロープの残りとか、切った滓とかありましたか?」
寺井と千田は顔を見合わせた。
「……この件はまだ、自殺と殺人の両面から調べている。だから無闇に君みたいな人に話すことができないんだ。分かったか?」
「……すみません」
「ところで大鳥さんと同じ職場だと言ったね。詳しい話を聞く事になるかもしれないから連絡先を教えてくれないか」
襟裳の顔がパアッと明るくなった。
「分かりました!」
それから襟裳は寺井に住所氏名電話番号、何から何まで告げて帰っていった。
『襟裳! グッジョブ!』




