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最期の贈り物

時渡りに必要なもの

時空移動の魔方陣、強大な魔力。

以上


つまり私には無理。


だから師匠から教わった、魔力を一時だけ増幅する薬を作る必要があった。


この魔法使いにとってドーピングとも言える薬。

たぶん作れるのは私くらいなものだ。

と言うのも普通の魔法使いと呼ばれる純血の方々は、初めから充分な魔力を持って産まれるものだから必要がないのだ。

それにこの薬、イケマという植物の根を使うのだが、これは使用量を間違えば死に至る毒草だ。死ぬことはなくとも、使用すれば重度の嘔吐や痙攣の副作用を伴う。もちろん、みすみす死ぬつもりもないので解毒薬も用意するが、これだって確実に効くという保証もない。


王子は時渡りを安直に考えている。


実際、時渡りそのものは、国や軍に従事する専属の魔法使いにとって、禁忌ではありはするが不可能ではない。

禁忌と法で定めてはいるがその実、国に関わる重要な改定が行われる場合には内々に行われているという噂噺は尽きることがない。


だが、それは専属の魔法使いにとってで、はぐれの私にとってはかなりの危険を伴うのだ。


王子はたぶんそんな事知らない。まぁ、知る必要もないのだけど。

王子が私に時渡りを頼んだのだって、はぐれの私ぐらいしか、違法を覚悟してやってくれないだろうと踏んだからだろうし。


つまり私は王子に使い捨てされるわけだ。


そんな事する人じゃないし、少なからず王子が私を大切に思ってることも解ってる。それでも心が冷えていくのは、彼がもう私が欲しかったものをくれる事がないことを知ったから。


必要以上に王子を悪く思っては、自分の我が身可愛さに嫌気が指す。

こんなことを一週間繰り返して、なんとか約束の日がきた。




王子はまだ夜もそんなに明けないうちに、山奥の小屋を訪れると、すまないと謝りながら私から目を背けた。


それもそのはず、この一週間殆ど寝ずに作り続けた魔力増幅薬ことドーピング薬はつい先ほど完成したわけで、私は肌に疲れを残し、衣服も家用の寝間着のようなみっともないいでたちだった。

王子様にこんな汚い姿を晒した女は私ぐらいだろうと自分でも苦笑する。


それでも、まだ真冬の早朝にいつまでも王子を外に出しておける筈もなく、私はそのまま彼を小屋の中に招き入れたのだ。


部屋の荒れ様を見て、驚いた顔をした王子だったが、そのくらいは我慢して欲しい。これも全部王子のせいでこうなったのだ、普段からこうではないのだからいいじゃないか、だからそんなに遠巻きに私を見ないでほしい。


「え~っと、……見慣れない汚なさだろうけど、そこら辺に適当に座って?」


おもちゃ箱がひっくりかえった様な室内を指差し、私は思考が鈍った頭でなんとか王子をもてなそうとした。


王子は余りの汚なさに呆れてか、相変わらず私の視線を避け、口数少なに喋った。


「約束は今日でいいはずだが?」


「あ~うん、間違いないよ。ちょっと準備が時間掛かって寝たのさっきだったから……でも用意は出来てるからもうやる?」


柄にもなく、最近ではしなくなった喋り方をしたのはきっと睡魔のせいに違いない。


「……そんなふらふらな奴が何を言ってる、いいから休め、どうせ時渡りするんだ今更数時間待とうとも問題ない」


「でも……こんなに早くきたのだって……早く、彼女に会いたいから……でしょう」


うつらうつらしてきた意識をなんとか取り戻そうと、頭を振ってみるがどうにも視点が定まらない。

そんな私を見かねた王子は、珍しく諭す様に優しく囁いた。


「問題ないと言っただろう。いいから眠れ」


眠りにつく前、最後に覚えてるのは眠りに誘う優しい声と困ったように眉を潜めた王子の顔。

私は久しぶりにみた彼の表情にホッとしたのか、呆気なく意識を手放すとまどろみに包まれていった。



***



「寝すぎた」


窓から指すオレンジ色の陽射しが、それを教える。

眩しさに目を細めながら、掛け布の下から覗き見た夕日はもう森の木々に隠されて鋭く網膜に突き刺さるようだった。


何時の間にかに、馴染んだ寝台に横たわらせられた身体は無理のなく眠ることが出来た。

まるで自分で寝入ったかのような自然さに、違和感を憶えたのは首まですっぽりと掛け布に覆われていたからだ。

というのも、普段は寝相が悪いせいで、起きた時にはほぼ何も身体に掛かっていたためしがない。誰かが掛け直してくれたと推測するのが当然で、その誰かなど王子しかあり得ないわけだから自分の不甲斐なさに額然とする。


また、面倒をかけてしまった。


寝乱れ、はだけた胸元に手を当て反省すると、季節外れの虫にでも刺されたのか腫れていた。本当に何をやっているのだろうか。

私の存在そのものが王子の、いや王国にとって面倒事でしかないのだ。今まではそれなのに、王子の優しさに甘えてきてしまった。


「本当に今更よね……」


溜息と一緒に呟きが零れる。

本当はずっと前から気づいていた。王子が私と会うことの危うさを。成長して王族として公務を行い始めた王子にとって、私の存在は弊害でしかない。

昔師匠に言われた言葉を思い出す。私は言い付けを無視し、解っていたのに気づかないふりをした。

王子は優しいから、昔した約束をいつまでも守ろうとしてくれたけど、私はそんな事本当はどうでも良かった。王子と私を繋ぐ理由であれば、内容などなんでも良かったのだ。

私にとって必要なのは王子だけだったから。

私は王子の純真さを利用して、長い間彼を縛り付けたのだ。

だがそれももう終わる。

王子は本当に大切なものを見つけてしまったのだから。


だから解放してあげなくちゃ。


せめて私が出来る罪滅ぼしは、唯一の特技である僅かな魔力と学んだ薬草学で王子の願いを叶えてあげることだけ。

この力のせいで、随分と苦労をしてきたけど、それも王子のためになるのなら、忌み嫌われた境遇も悪くないと思えるから不思議だ。


後悔はない。たとえこの身が魔法薬の反動に耐え切れなくとも構わない。

呪われた私など消えた方がいい。


ただ、優しい彼は私が消えたら自分を責めるだろうから、すぐには消えるつもりはない。

せめて彼が望みを叶えるまでもてばいい。


軋む寝台から、傷だらけのおおよそ年頃の女らしくない不健康に生白い足を滑り出すと、私は一張羅の黒いローブを着込む。

先ほどは急な来訪にだらしのない姿を見せてしまったが、長い間思い続けた彼の前ではおしゃれとはいかなくとも、小綺麗な姿でいたい。

未練たらしく残る、彼への恋慕にほとほと愛想は尽きたが、これもおそらく最後になるのだからと自分を甘やかす。



王子が待つであろう寝室と続き間の部屋の扉に手をかけると、いつものように魔女の顔を張り付けて彼に笑いかける自分がいた。


さぁ、彼の望みを叶えよう。


それが私が彼にしてあげれる最期の贈り物だ。

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