余章 蛇足
濡れた服を引き摺るようにして家に辿り着いた。
この時期ずぶ濡れで歩くには少しばかり寒い。
それにまだ犬娘に噛まれた場所がじんじんするしでえらい目に遭った。
「大変だったネ、まねきクン」
耳に障る甲高い声が呼びかける。答えるのもしんどい。
辺りを見回し、誰もいないのを確認してから口を開く。
「魔法少女最大の制約『担当区域以外では変身できない』ってのはなんとかならないのか?」
「ならないネ~。昔どこででも変身できたせいで大変だったんだからネ」
手記でも公開されていない情報だ。
闇に葬られた歴史のことなど知ったことではない。
ボクは『今』大変だったんだ。だいたい、変身すればどんなに離れた場所にでも飛んでいける機能と矛盾するじゃないか。
どうでも良いと頭を振って郵便物をチェックする。
「あれ? 手紙入ってる。えーと、宇喜多……」
ポストには一通の手紙が入っていた。濡らしても大変なので指先で摘んで名前だけでも確認してみる。差出人は、『宇喜多神一郎』。宛先は猫魔眞小音……眞小音はボクらの母親だ。宇喜多というのは、ひょっとして示申の関係者だろうか。しかし、なんだこれは。いいトシした二児の母へハートマークべたべたの封筒って、まるでラブ・レターじゃないか。カツンとポストの底へ戻すと玄関のドアを開ける。
「なぁーんてカッコしてんのよ、アニキ!」
上がり框にマタギが仁王立ち。
窓からでも見てたのかな。その恰好のまま家には上がらせねえと立ち塞がっている。まあ、当然か。
「ああ、局地的豪雨に見舞われた。水も滴るイイオトコだ」
「なぁーに言ってんのよ。雨なんか降ってないってのに。なんか拭くもの持ってきてあげるからちょっと待っててよね。一滴でも垂らしたらごはん抜きだから」
心底ダメな兄を見る目つきですたすたと奥へ消えていく。可愛い妹だ。可愛らしさはいくつでも難を隠してくれる。兄への愛まで隠して見えなくなるのは困ったものだが。
「まねきクン、またぎチャンの優しさに浸っているヒマはないよ」
胸に張り付いた竜を象ったワッペンからの声が多少イヤミ臭かったのは気のせいか。〝魔法少女〟につきもののマスコット。実務では単なるナビゲーターだが、表沙汰になることはないし、なにより鬱陶しい。なぜこんなものをシステムの一部にしてしまったのか、ここでも宇宙人の考えは理解しがたい。
だが、ゆっくりしてもいられないのは本当のようだ。
「まったく……この辺りはヒマだって聞いてたんだけどな」
今日も数人の性犯罪者がいなくなったというのに。ボクが被害に遭うのは仕方ないとしても――ひょっとしてボクが誘蛾灯になっているのだろうか。
申し訳ないなんて思わない。
悪いのは絶対的に変態どもの方で、ボクがやるべきなのは、そいつらを一方的に叩き潰す(ワンサイドゲーム)ことだけだ。
戻ってきたら兄が風のように消えて戸惑う妹のことを少しだけ不憫に思いながら、ドアを閉めた。
わん・サイド・GAME 完
約4年も掛かってしまいましたが、これで完結です。
明確な問題も答えも出さない形式ではありますが、「え?なんでこういう結論出してるの?」みたいなのがあって、そこが論点という変な推理小説でした。
余章の2篇は答え合わせみたいな感じになっています。まあ、それもあやふやな感じなので、確りとした問題編と解答編みたいなのが欲しかったという人には申し訳なかったかなとか思ったり思わなかったり。