第三章 その11
「まんまちゃん、しっかり!」
ぼんやりと聞こえる玉子の声。途切れてしまった意識を繋ぎ合わせて薄く目を開けると、ボクを覗き込む皆の顔に囲まれていた。
玉子の衣装は似非魔法少女のままだけど、ボイスチェンジャーは切っているようだ。通りで声だけで玉子とわかったわけだ。
「あ、あの、やめてくださいませんか……あっ」
普段より艶っぽい声を出しているのは宇佐美だ。それもそのはずというか、なぜか玉子に胸を揉む、といよりは大きさから言って撫でられまくっていた。流麗な手つきが反復動作を繰り返す度に宇佐美の頬には朱が宿る。視線の意味に気付いた玉子が、まったく手を止めずに心のこもっていない弁解を始める。
「ああ、これな、まんまちゃんがピンチだもんだから魔法少女呼ぼうとしてたんさ。もうめちゃめちゃ性犯罪者に成り切って辛かったわぁ~」
「だったらもう止めてください……」
そう言う宇佐美にも抵抗力は残されていないようだ。あれが玉子とは気付いていないらしい。というか、それほど嫌がっている気がしない。そういえば、『バニー』の俗語にレズ相手の売春婦ってのがあったけどもしかしたらもしかするのかもしれない。
ともかく、犬娘が変身できたのは玉子のおかげらしい。
あの時ののはらと同じだ。
性犯罪チェッカーに引っ掛からないなら、わざとその状況を作ってしまえば良い。法律上の保護者が被保護者の裸に接することは実生活での必要性から直ちに違法となるものではないが、それを明確に忌避してしまえば話は別だ。結果として、〝魔法少女〟の召喚には成功したのだし。
ボクと玉子たちとで多少場所が離れていようと、〝魔法少女〟の能力ならばすぐ隣も同然だ。玉子に礼を言う気にはなれないが、宇佐美からたっぷり貰って欲しい。カラダで。
「いやあ、このままだと成敗されるかもしれへんしなぁ。篭絡して事後合意を形成しとこうかなあと」
〝魔法少女〟が現れてしまえば、合理が通じないわけではない。宇佐美を昇天させる必要はない――と突っ込む体力もない。
黙って見ていると、宇佐美が最後の気力を振り絞って魔手から逃れ、軽い鬼ごっこになった。騎馬とその仲間はといえば、日辻が踏ん縛っている真っ最中だった。放っておいてもしばらく目を覚ますことはないだろうけど。むしろそのまま目を覚まさない心配の方が必要か。あれでも、犬娘は相当に我慢して力を抑えてくれてたようだ。
そして、ボクは、〝魔法少女〟に膝枕をされていた。見上げると心配そうにしょぼくれているのがやっぱり犬っぽくて口元が緩む。自分がボクを助けたことを少しは誇れば良いのに。
かりんが〝魔法少女〟というのは面白味はないが、まあ、それでもいいか。
褒めてやろう。いつものように。
ぐったりと抱きかかえられたボクは頭に手を伸ばしかけて、手が届かないのに難儀する。ふと、かりんはお腹を撫でられるのが一番好きなのだということを思い出した。
おへその見える白い腹にそっと指を這わせる。濡れた指先はまだ暖かさを取り戻していなかったのだろう、冷たさにビクっとする反応があった。強靭な肉体のはずなのにぷよぷよとした感触はか弱い少女のそれだった。しかし、違和感を覚えたのはそういうことでもなく、犬であればあるはずの乳首がないすべすべとしたお腹に対してだった。
ボクはお腹をなでる
お腹に乳首がない
そこはお腹ではない
頭がぼうっとしていたとしか言いようがないのだが、この時は本気でそんなことを考えていたのだ。
「うん、ここだよな」
だから、別に下心があったわけではないと断っておくが、ボクの手はふさふさとしたコスチュームを掻き分け、あるべき場所へと誘われ――ぽよぽよとした柔肉に吸い込まれていた。
犬娘の全身が強張るのを感じた。まるで痴漢に襲われた女子学生のようだ。確かに、人間の女の子にこんなことをしていたらそれこそ〝魔法少女〟に何をされても文句を言えない。だけれど、こいつはかりんだ。人間以上の過度なスキンシップが必要な犬っころじゃないか。
顔までそのふくよかとは言い難い胸に埋めて――貼り付けてくらいが正確か――しまうと、胸の奥底に何かが満ちていくのを感じた。懐かしさでも、母性でもいいのだが、それだけでは言い表せない何か。死にそうな思いまでして掴み取った、本当に守りたいものだけが有する安心……なのだろうか。どうしてそう思うのかまでは、今のボクにはわからないのだけれど。
その代わりと言ってはなんだが、わかったこともある。
それは――真実はどうあれ今のボクらが客観的に見てどう思われるかということ。その証明は粘度の高いハチミツのような声に乗せてすぐにやってきた。
「ままままままねきくんっ! 先生、そんなふしだらですけべでえっちでえろえろではれんちなことをあなたに教えた覚えはありませんですよ!」
「ま」が多すぎだよ、宇佐美先生。それにそんなことボクも教わった覚えはないけど……ていうか、そもそもそんなもの教わるものじゃないんじゃないかな?
「まんまちゃん、ワタクシを差し置いて魔女っ娘とにゃんにゃんしようだなんてっ!」
玉子もキャラの使い分けできてないから。それににゃんにゃんって。
こいつはかりんなんだから、そう目くじら立てなくてもいいじゃないか。太古から続くパートナーとの心暖まるスキンシップだ。
第一、無理矢理胸を揉みしだいているなんてまんま性犯罪のシチュエーション、誰あろうここにいる〝魔法少女〟が許すはずもないじゃないか。
なあ、かりん。
「かぷっ」
なぜ噛むかな?