第二章 その9
〝魔法少女〟を殺すだなんて、なんだよ、それ……。
あの一件から、犬娘の正体を炙り出す作戦は滞ってしまった。成果が思わしくないという意味ではない。まったく何も手を着けていないだけだ。
やり続けるだけの気力が出てこない。今になって思えば、なんて遊び半分の浅はかな行動だったんだろう。
所詮は何も起きるはずはないという安全――悪意も危険も無い世界に胡坐をかいていた、ガキのいきがりに過ぎなかったのだ。
ボクが犬娘を呼び出すことで、〝魔法少女〟を殺す研究が進んでいく。そんな吐き気のする想像がボクにのし掛かってくる。
などと悲観的になっていても仕方がない。普通に考えて、〝魔法少女〟が殺されるなんてことはあり得ない。いや、あってはならない。ボクにとっては文字通りの死活問題だ。
それにしても、敵が何を考えて〝魔法少女〟を殺そうだなんて考えているのか、さっぱりわからない。そこに底知れない不気味さを感じる。
見目愛らしい美少女も、性犯罪者から見たら憎むべき鬼女ともなるのだから、必死に対抗し得る力を手に入れようというのなら、まだわかる。現実に、いくら〝魔法少女〟に通用しないとわかっていても、過剰なまでに装備を強化していく咎人は少なくない。
ほんの僅かでも愉悦の時間を引き延ばせるのならとでも考えているのだろう。速攻でやられずに逃げ切れれば、チャンスはあるのだ。文字通りの悪足掻き。〝魔法少女〟の探知は性犯罪にしか向かない。それも現に行われているものに限定される。少女の形に与えられた魔法のごとき力は、犯人を捕まえるためではなく、被害を最小限にするためにあるからだ。もっとも、逃げ切れたなんて話も聞いたことがないが。
だけど、〝魔法少女〟の性質に目を向け直せば、ただ単に殺すのを目的にするのは少し――いや根本的に間違っていることに気付くはずだ。
〝魔法少女〟は特別な人間なんかじゃない。
ここの所がわかっていれば、次に出る答えはこうなる。
〝魔法少女〟は替えがいくらでもきく消耗品だ。
手記は世界中で見つかっていて、その数だけでも数千・数万と言われている。それだけの数の魔法少女が消えてしまったならば、少なからず影響があるはずなのに、むしろ数は増えているというのが定説だ。それは〝魔法少女〟が常に補充、拡充されていっているからという単純な理由による。その事実は正式に公表しているわけでもないのだが、少なくとも殺そうというほどに研究すれば、容易に辿り着けるものではあるはずだ。
もちろん、「ただ〝魔法少女〟をぶち殺したい」だけとかも考えられる。それと、勝手に犯人の頭脳レベルを一般人並に設定してしまったが、「やっぱり特別な人間しかなれなくて殺してさえしまえば後は好き放題できるパライソの完成なのだー!」としか考えていないだけということもあり得る。
そんな狂人たちを相手取っては推察など意味がないことかもしれない。
ただ、それでもどこかで通底しているであろう理に縋りたかった。そこまでボクの精神状態は追い込まれてしまったのだろうか。
だから、考える。犯人が〝魔法少女〟という存在自体に何を見ているのかを。
だけど、解らない。ボクが〝魔法少女〟という存在自体に何を見ているのかが。
ボクにとっての〝魔法少女〟という存在は、ごく普通の人間であり、普遍的なシステムであり、普く性犯罪に突きつけられる剣でしかない。〝魔法少女〟にそれ以上の価値を見出すことなどできない。
しかし、これは当たり前のことかもしれない。猫魔福来という人間は、〝魔法少女〟にまつわる事件において、常にもっとも中心に近いところにいるわけだ。自分の姿というのは一番見えにくく、世界に溶け込んで区別が容易じゃないといえる。
それなら……他の人に聞けば良いのだろうか。