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第二章 その8

「はぁ……ボクが言い出すのもなんだけどもういい加減うんざりだ。たいがいにして欲しい」

 犬娘をおびき出すためにわざわざ変態に遭遇しやすい行動を取って一週間。

 昼でも薄暗い工場跡地。人目はなく、随行者はゼロ。そこをこんなに可愛い男の子が歩いていたら、そりゃ襲うというものだろう。

 誰だってそうする。ボクはしないけど。

 実際、その通りにボクの行く手を遮る変態が湧いて出た。誘い出したのはボクかも知れないけれど、少しは遠慮してくれたって良いんじゃないだろうか?

 誰もいない時に襲ってこられたって無駄足なんだよ。

「暑くなってきたからかなあ……」

 目の前の男は、全裸に近い格好をしていた。身につけているのはパンツとマスクとサングラス。ナイスなコーディネートだ。その上、全身をヌラヌラと光らす怪しげなローションでコーティングしている。光を反射して夜道も安心だ。こんなやつが歩いていたら、自動車どころか、どんな変質者でも避けて通ることだろうけど。

 正直、ボクも指一本すら触られたくない。訂正しよう。息荒くこちらをねめつけるギトギトとした視線でさえ耐えられない。

 絶対安全だとわかっていなければこんなことやってられない。少しの間時間を稼げば〝魔法少女〟が来てくれる。そうすれば、心の傷にまったく触れられることなく危険が排除されるのだから。

 ほら、『あいつ』も登場と同時に片を付ける気満々だ。ボクの目は犯人の遙か後方を土煙を上げて急接近する〝少女〟を捉えていた。飽き飽きしているというよりは、出番の少なさにウズウズしてるのかもしれないが。

 到着まで3、2……。

 だが、この時は少し様相が違っていた。

「きゃんっ!」

 悲鳴というのも可愛らしい鳴き声。何も知らなければ、何も見さえしなければ、靴紐でも踏んづけてすっ転んだドジな女の子のものとしか思えなかっただろう。いや、目の前で見ていたボクでさえ、俄かには信じられなかったのだけれど。

 全身に妙な粘液を塗布した変態野郎は、真後ろから飛び蹴りを浴びせようと飛来してきた犬娘をあろう事か打ち返した。

「……!」

 崩れ落ちたブロック塀から跳ね起きた犬娘は身を強張らせ目を見開いていた。ダメージを受けているというよりは、心理的衝撃が強いのだろう。〝魔法少女〟は性犯罪者を圧倒するためにある。こんな目に見えるような反撃は想定の埒外だ。

 もっとも、ぱっと見の派手さとは裏腹に反撃自体の深刻さは小さい。〝魔法少女〟は体重に関してはその外見に見合った軽さしかない。変身時、質量変換する際に見た目通りの重さとなるように調整されるからだ。犯行現場での揉み合いの最中、場合によっては一般人に乗っかってしまうこともあるわけで、そんな時、圧縮した鉄塊のようなものが飛び交っていたのでは罪もない人に被害が出る――からではなく、イメージが壊れてしまうからだそうだ。

 肉弾戦を仕掛ける時点でイメージも糞もないとは思うのだが。異星人の考えることはよくわからない。

 でも、よく考えてみれば、ドスンドスン地鳴りを響かせる少女というのも不気味だ。変態とは別口の対策班を呼びたいくらいだ。

 ともあれ、体重の軽さと犯人のパワーを勘案すれば、吹き飛ばされたことは当然といえば当然なのだし、今時ブロック塀というくらいだから老朽化も相当進んでいるだろう。特別強い打撃でなくてもこのような現象は起こせるわけである。

 それでも、あいつが驚愕しているのは、その反応速度に対してだった。

 ヤツが身を翻した時、ぞくりとした。これは百戦錬磨の猛者にもわからないに違いない。変態行為以外の――というより一般人では決して積むことのできない経験値がなければ絶対不可能なおぞましい負の領域。

 犬娘がやってくるまで、ヤツはボクに対して劣情を抱いていた。性犯罪と認識されるためには、本気度のかなり濃い性欲の発露が観測されなければならないからそれは間違いない。それがどれほど薄汚く脂ぎった嫌悪の塊であっても、ボクのカラダを目当てにするというその一点では純粋であったと言えよう。もちろん、純粋であればあるだけ性質が悪いということもある。ボクにしたって端からお断りだった。

 しかし、犬娘が射程範囲に入ったその瞬間、すべての気配は闘気へと変換された。

 性欲は暴走するものだ。いくら気を張っていても、無理矢理押さえ込むなんてことできるはずがない。

 犯人の体表に流れる液体が鳥を象るのを見て、不吉な予感がじわじわとせり上がってくる。

 初めから性欲をフェイクに、しかし性犯罪チェッカーを騙しおおせるほどには本気で仕掛けてきたのだ。予め訓練でもしていなければ無理なのではないかと思う。

 そして、そんなことをする理由とは――


 ***


「……」

 闘いは〝魔法少女〟の勝利に終わった。確かに良い反応を示していたものの、意表を衝かれたくらいで引っくり返るほどの性能差があるということはない。

 だが、少女の面に浮かぶ色には、単純な勝利を喜べない不安があった。今までにない敵の行動について不気味なものを感じ、その理由を考えているのだろう。

 果たして、ボクと同じ結論に達したのかどうか。


 ――訓練された性犯罪者の出現その答えは一つ――〝魔法少女〟を殺す。


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