第一章 その1
「おい、犬神かりん。お前、魔法少女だろ?」
土日を挟んであれから3日。考えあぐねた末に出した結論は、向かいの家の犬神かりんこそが、〝魔法少女〟だというものだった。
衝撃の事実を突きつけられた彼女はきょとんと目を丸くする。いきなりのことで何が何やらわかりませんとでも言いたそうなとろんとした腑抜け面だ。犬は3日も飼えば恩を忘れないと言うが、自分に仇為す男の顔は同じだけ会わないでいれば忘れちまうのか? 半開きにした口をすり寄せ、いつものようにおねだりをしてくるかりんに思わず顔が綻ぶ。苛立ちと、それを解消する優越感が絡みつきながら沸き上がってくる。それは嘲りと笑みとなってボクを動かす。
「小さい頃から一緒だったくせにまんまと謀ってくれたじゃねえか。大方、ボクが余所の町にでも行ってる間に魔法少女役をくわえ込んでいたんだろ? その時もそうやってケツでも振って媚売ってたか? えェ!?」
そう言ってやっても、理解する脳がないのかあどけない双眸は曇らない。
昔とちっとも変りゃしない。それが胸の表面を波立たせる。
小学6年から中学卒業に掛けて、ボクは生まれ住んでいたこの町を離れていた。その間のことは余り思い出したくもない。だが――あれはもう1年も前になるのか――高校入学を機に出戻ってきたボクが久しぶりに自分の部屋を開けると、すっぽりと抜け落ちていた空白が自然に埋まるような不思議な感触を味わった。戻ってくる前は他人の家のように感じるのではないかと不安だった猫魔の家も、自由気ままに走り回ることなどできないと思っていた武蔵剣の町も、そして――変わらないわけにはいかなかったはずの犬神の家でさえも、3年間という隔たりがなかったかのようにそのままだった。
ボクは変わってしまったのに。
それも、変えたくて変えたくてどうしようもない――そんな部分だけは変わらないままに。
物憂い人の気も知らずに、色仕掛けで誤魔化そうとでも言うのか、この駄犬が。しかし、しっとりと濡れ上がった表情は並みの男、いや、たとえ熟れた女であったとしても抗えない蠱惑的なフェロモンを立ち上らせていた。
だが、ボクはきっちり5秒、その魔性の瞳と向き合って己に宿る意志の強さを示し、きっぱりと拒絶の意思を表した。お前のやったことはお見通しだと、かりんに自分が置かれている現況をわからせるため、ずいと体をせり出し圧力をかけて迫る。
「くくく……いいトシして怯えた子犬みたいな目をしやがって……どうやら魔法少女ってのは図星のようだな」
首筋から口元へと舐めるように指を這わせてやると、久しぶりに味わう法悦にぴくりと反応を返す。自分から誘ってきたくせに。快感そのものに怯えるようなリアクションで完全にボクに火が入る。ボクの五指は硬く張り詰め、淫らな望みがパンパンに詰まった棒さながらだ。
欲望のハンドリングはすでに片手ではおっつかないほどだった。攻めているはずのボクの方がたまらなくなってきた。両手で彼女の白い身体を抱きかかえると、人目憚らずもつれ合って押し倒す形になってしまう。かりんはと言えば、ハッハッと切れ切れになった息の狭間に獣性をちらつかせ、汚れるのも構わずに土の上へ横臥されるに任せていた。
荒々しく地面に抑え付け、なおもペッティングを続行する。ぷにぷにとした柔らかい感触を楽しんでいるとこの身体の虜になっていくのを自覚した。このままではいけない。すぐにも言葉で紛らわせなくては。自分を奮い勃たせるような淫らさで飾り付けてやる。
「どうした? 簡単にカラダを開くようになっちまったか? オトコにこうされるのがご無沙汰か、この雌犬が。ふっ、お前がもし口が利けたなら、助けてと悲鳴でも上げるのか? いや、ナいてよがって快楽の悲鳴か? どちらにせよ悲鳴なのか……くくっ」
下腹部へと指を這わせると、かりんはされるがままになって股を開く。思うがままに征服が進むにつれ、腹の奥底で嗜虐心が燃え上がっていった。このまま何もかも忘れて甘い蜜に溺れてしまいたい。自滅的な情感に支配されるがままに、覆い被さるような体位へと移行したその時――
「なーにやってんのよっ!」
鼓膜をつんざく痛みこそあれ、聴覚ではなく触覚へとダイレクトにガツンと衝撃が襲ってきた。まるで声そのものが質量を伴っているかのようだ。最近の声は変わったものだ。宇宙人の仕業に違いない。
視界がブラックアウトして、惨めにもかりんの足元へとつっぷしてしまう。
「朝っぱらからの変態行為は関心せんなあ」
キュっとゴムの擦れる音と共に現われた別の声は、覚えがあるのに誰のものなのか咄嗟に判断が付かない。覚えがあることだけ覚えている。脳細胞がごそっと吹き飛ばされてしまったかのようだ。
目眩の誘う吐き気が朝食を押し上げてきたので、少し口の中に入ってしまった砂と一緒にごくりと飲み込んだ。食材の卵に連鎖して、さきほどの声の主が朧な映像となって浮かび上がる。
烏丸玉子。
細い脚の伸びる清楚な制服姿からはさらに細い腕が伸びて触れれば折れてしまいそうな指へと繋がる。華やかな顔立ちにふわふわとした栗色の髪を伸ばした洋画の子役のような女子が自転車を押して立っていた。年下に見えるほど未発達な身体をしてはいるが、ボクのクラスメイトで飛び級なしの高校二年生だ。
「まあ、夜が更けてても感心せんけどな。おはよう、まんまちゃん」
ほわっとした笑顔で軽く朝の挨拶。先ほどの声のハンマーとは似ても似つかない。玉子のは、声質だけならばもっと軽く、釘……毒針……違うな、もっと危険なもの。釘バット。それをフルスウィングでなくコツンと当たってしまっただけのようなずっしり、ちくり、それでいててんでたいしたことない感じだった。
未だ混乱した頭のボクのことなんておかまいなしに玉子は続ける。ただし、今度はボクに向かってではなかった。
「あ、のはらちゃ」
――んこれ、と玉子が自転車のハンドルを差し出す段になってようやくボクにも何が起こったかわかってきた。犬神家の飼い犬である、雑種にしては白く美しい毛並みの大型犬『かりん』と戯れていたボクは、偶然登校しようと表に出てきた犬神のはら16歳の、体重移動と遠心力によって大腿部をやや円弧を描くように前方へ射出し、膝を起点とした二段ロケット染みた再加速によって得られる破壊力を乗せた必殺の足刀を、視界の外から叩きつけられたのだ。
一言で整理すれば、「のはらに後ろから蹴られた」。本気ではないとはいえ、無防備な相手にしかも後頭部だなんて何を考えているのか。
「てめ、この……」
向き直って文句をつけてやろうとしたら、のはらは流れる仕草で自転車を発進させたところだった。スカート姿で豪快にフレームを跨ぐとフルアウターで踏み込む。物理法則の盲点を衝く奇跡の爆発力は一瞬でトップスピードへと鋼の塊を押し上げ、残像を残して飛び出していった。
走りながらサドルの調整までやってのけている。のはらの腰の高さに合わせたら玉子には踏み込めない。本来あるべき姿を取り戻すと、解き放たれた獣のように伸びやかに疾駆する。
ボクよりもいささか背の高いのはらは170センチの長身にスリムながら筋肉質な身体をしている。女性らしさというか体の凹凸に関しては2年生になった今でも変化していないが。代わりに運動神経は抜群の成長を遂げていた。颯爽と駆けていく後姿は見る見る小さくなっていく。
「くそ、後で仕返ししてやる」
「いやあ、まんまちゃん丈夫ねえ」
そうのんびりと言いながら、ずきずきと痛む辺りをさすろうとする手から逃げる。
「なんだ、まだいたのか玉子」
「まだ……て。ま、どうでもええわ。ガッコ行こ?」
そうだ、登校するんだったな。通学路の道程でいえば1%にも達していない。ここは犬神かりん邸前、犬神家の玄関先。かりんの飼い主であり、今ボクの後頭部を蹴りつけたと推定されるのが犬神のはら。目と鼻の先には猫魔家の表札の掛かった門構えがあり、ランドセルを背負って登校しようとしていたボクの妹がこちらを見ていた。
汚い物でも見るような目で。
年齢や性別は違っていても、ボクとお前は双子のようにそっくりなんだぞ? 小学生でありながらすれ違う男どもを振り向かせて止まない、そのキレイな顔はボクも持っているというのに。
「何を考えているか手に取るようにわかるなあ。あんたの心の中はゴミの島のように汚いだろうから」
「ふん、さっさとのはらのケツ追いかけてけよ」
「自転車もうないよ?」
玉子が乗ってきた自転車にのはらが乗って行ったわけだから、算数的に当然な帰結だろとでも言いたげにきょとんと首を傾げる。そして、そのまますたすたと歩き出す。
どの道、もう姿の見えなくなったのはらを追いかけるのは無理か。仕方ないので憎まれ口でも叩いてくかと玉子の後をついていく。
「確かに、二人乗りをするような運動神経はお前にはないよな」
「そうそう、警察呼ぶ前に葬儀屋予約せんと、ってそこまで酷くない。のはらちゃんは早い時間に登校したいのに重し付けてどうすんの」
「ほほう」
ウエストの辺りをじっと見てやる。それに気付いた玉子はむっとした顔で腹の辺りを手で覆い隠す。
「……人間ちゅうのは米1俵より重いものなんよ。勝手にバランス取ってくれるから実際よりも重く感じないだけで」
「1俵が何キロかなんて知らねえよ。それにしっかり決まった重さなんてあるのかあれ? それよりのはらはなんか用事あったのか?」
後で調べておこう。こいつ意外とアホだから絶対勘違いしてるはずだ。1俵が60kgくらいだったら死ぬほど笑ってやる。玉子の体型は気にする必要があるどころかむしろ細い方だと思うが、からかうってのは主観に則した方が効果がある。
「のはらちゃん、美術部に入ったから」
「美術部? って絵を描いたりとかのあれか?」
「そ。スケッチブック担いでるのも様になってたでしょ?」
「そんな1日2日で貫禄なんて出ねえよ。それとあいつが急いでるのとなんの関係が?」
「朝練。絵描いたり、宿題にしたのを見てもらったり。顧問がおじいちゃんで朝早いのが原因らしいわ。朝ゆっくりしてられるのが文科系の強みとちゃうんかねえ」
「体力的には体育会系を遥かに凌いでるから良いだろ。あと暴力的なところ」
「うわ、ものすごい偏見よ、それ。全国の血気盛んな体育会系さんたちにタコ殴られるわ。今日も元気に性格悪いな、あんた」
「ほっとけ。いつものことだ」
「自覚ありか。余計性質悪いな。んで、自転車を買って登録が済むまではあたしの貸してるんよ」
うちの高校は駐輪場利用に許可がいる。自転車に貼られるIDと照合するので、誰が乗っているかは関係ないそうだ。
確かに、急げば10~20分は稼げる。それで講評くらいはしてもらえるのか。
「それもいいけど、二人乗りとかでさセーシュンしてみろよ」
「二人乗りはいかんよ。警察捕まる。第一、コケるわ」
玉子はおっとっとと冗談っぽくよろめいて見せる。
「二人乗り専用車とかあるじゃん」
あれだとアニメとかでも普通に二人乗り放送できんだよな。
「帰りの時間が合わんとなあ。一人であれ乗ってたら寂しいしなあ。ほんで、足が丸太みたいになりそう」
チラッとスカートの裾を持ち上げると白い足が見える。ボクと玉子の間柄を説明すれば、単なるクラスメイトであり、気軽に生足を見せてくれる関係だ。ところで、常識的に考えれば、この烏丸玉子という女はボクと親しいということになるのだろうか。
ということは、だ。烏丸玉子が先日の〝魔法少女〟である可能性が出てくるわけだ。
先ほどのはらが無造作に乗って行った自転車だが、あれは買えば70万くらいはする高級車のはずだ。自転車というのは凝り出すと金をどんどん吸い込んでいく。そして、そんな高価な自転車をあのがさつな女にぽんと貸し与えているというのからもわかるが、烏丸玉子の家はかなりの大金持ちだ。
玉子の弱みを握ったとすると、その莫大な財産をいつでも使えるそれはもう七色に光り輝くキャッシュカードを手にしたも同然といえるだろう。金の力は大きい。玉子を手駒に加えるメリットは果てしない。是非とも手に入れたいものだ。
ところで、この烏丸玉子は〝魔法少女〟足り得るだろうか?
烏丸玉子の身長は低い。とはいえ、平均的女子高生からしてみればというだけで、先日の〝魔法少女〟――ボクの中では『犬娘』と呼ぼうかと思っている――のような小学生でしかありえないような幼児体型ではない。目鼻立ちといった見た目ももちろん違っている。
漫画やアニメで衣装くらいしか変わっていないのに正体がバレないなんてのもあるが、あれは読者や視聴者にわかりやすくしているだけだろう。もしくはコントだ。
そもそも、〝魔法少女〟とはなんだろうか。『魔法を使えるから魔法少女』。その定義はシンプルでわかりやすい。だが、一点文句をつけるとすれば『魔法なんてこの世に存在しない』ということだ。『おじいさんはおばあさんです』とかそのくらい馬鹿げた定義といえる。論理的というのは内部で完結しているだけでは足りないわけである。
だから、ボクらの現実では、『魔法のように少女へと変身できる者』ということになる。「魔法のように」というのと「魔法で」というのは天と地ほど、手品と魔法ほども違うのである。
では、『魔法のように』という要件はどうやって満たしたらいいのか。『高度に発達した科学は魔法と区別がつかない』という言葉があるが、なるほど、中空に巨大な像を映し出すプロジェクターを中世に持っていけばどのような神の称号も思いのままだろう。ある時点においては科学は魔法足りうると言える。ただし、魔法といえるかどうかは、発達が不十分である側の進度によるだろう。
文明の断絶がなければそのようなことなど起こり得るはずもない。オーパーツという名のただの遺物に過度な夢を描いてしまうのもその断絶がなせる業だ。
しかし、科学は啓かれ、オーパーツも品切れとなったとしたら〝魔法〟はどこから生まれ出れば良いのだろうか。
結論から言えば、宇宙からだった。
20世紀半ば、地球は異星人に侵略された。
詳しくは省くが、どこかの誰かが科学を頭から追い出した状態で空想したような陳腐な宇宙船に乗った侵略者たちは、人間が創造したあらゆる兵器をもってしても足元にも及ばない〝魔法〟使いたちだった。それでも国の威信を誇示することや、未知との遭遇が醸す恐怖にも抗しきれず、荒唐無稽な作戦を繰り返し、つまらない死を積み上げていった。
しかし、すべての人類勢力が抵抗を止め白旗を上げた時、もたらされたのは破滅でも暗澹たる奴隷世界でもなく、今までと殆ど変わらない生活であり全ての人が求めてきた秩序だった。伝聞でしか知る機会のないボクらにはピンとこないが、それはもう拍子抜けするほどの穏やかさだったようだ。交戦中は人間という種の絶滅も覚悟していたというのだからおっかない話である。
もっとも、異星人の支配に屈しないというスローガンを掲げたゲリラ活動は今なお続いているので、全人類の降伏と言ってしまうと問題はあるのかも知れないが、知ったことじゃない。
そのようにして地球文明をそっくり取り込んだ形になったわけだが、当初は多少の混乱もあったようだ。それは負の側面だけではなかっった。新たな友人たちを歓迎する矢鱈に前向きな人たちや、異星人が駆使した未知の技術を継承できるのだと喜んだ科学者たちもいた。……いたことはいたらしいが、肝心の異星人サイドはどこ吹く風で、地球人との交流は表向き皆無と言ってよく、自分たちがどこから来たのかすら明かしていない。また、地球文明を奪い尽くさなかった代わりに、あちら側からも何一つ与えなかったので、当然のことながら科学技術は地球人類が自分たちの手で進める他なかった。
その地球とは異なる星に住んでいたのかどうかすら定かでない異星人はといえば、支配している様子はまったくないくせに、なぜか政治を司る場所の上空に宇宙船を停泊させていたりする。ちなみに、宇宙船はガラス張りでもないのに光を遮断しない技術が使われていて日照権の訴訟が起こったという話は聞かない。
調印程度なら各国のリーダーと交わしているとかも噂されているが、一度会ったら記憶は消去しているなんて噂もセットになっていて、舌の上に僅かに残る地球上のものでない味だけが今も平和であることを保証してくれている。……というような話も出回るくらいで真実はわかっていない。
何を求めるわけでもなく、ただただ存在し続ける、そんな彼らだったが、ある時空からぽこんと降って湧いたようにまき散らし始めたのが〝魔法少女〟だった。
可愛らしい外見で悪を成敗するという触れ込みで、実際にその活躍を録画した映像が流されたりして当時は沸きに沸いたそうである。ここまで聞けば、異星人の超科学で犯罪者を懲らしめるなら警察は要らなくなるかと思うだろうが、これがなぜか性犯罪専門の正義の味方だったのである。強姦、痴漢はもちろん、覗きに露出に盗聴盗撮下着泥。どんな性犯罪もたちどころに解決するスペシャリストだった。
対人戦闘においては強力無比な実力を示し、独自に構築した監視システムによって、犯罪発生と同時に出動可能とあって、実際に対性犯罪に関しては大きな被害が出る前に100%食い止められるという〝記録〟も残している。
可愛らしく優秀な〝魔法少女〟たちだったが、「監視システムというのは、地球人類すべての行動を盗み見ているのか!」と当時はかなり問題になった。現在も相当根強く反対はされているのだが、心配されるようなプライバシーの流出は絶対に起こらないと、あちら側から異例の宣言が出され、何より成果が大きすぎたので無視されてきている。
しかし、この魔法少女システム、殺人や強盗などの凶悪犯罪に対してはまったく用いられていない。
当然これには地球人サイドからの疑問不満が噴出し、魔法少女システム発足時の騒ぎがそっくり掌を返したように「もっと監視を強めてくれ」という大規模デモが発生するようになった。しかし、当然ながらなしの礫である。
余談だが、プライバシー流出がないとの宣言内容については、殺人犯がいつまで経っても捕まらなかったりといった事実が、皮肉なことに説得力に貢献しているようだ。どこかで流出していれば利用していないはずが無いという地球人側に都合の良い推測に基づいてはいるけれど。
性犯罪以外への非対応については、過干渉を避けていたのだから当然であり性犯罪に関しては何か特別な理由があったのだとか、なんでもかんでも実力行使してしまうことで事を荒立てたくはなかったんじゃないかとか、様々な憶測も飛び交ったようだが例によって例の如く、真相は知る術がない。
というのが現在の地球における〝魔法少女〟のあらましだが、今ボクの横で気の抜けた顔をしている少女はどうなのだろうか。
「まんまちゃん、今日も猫まんまだった?」
「ハムエッグにトーストだ。ボクがいつも猫まんまばかり食べているかのように話すなよ。そんな事実はない」
『まんま』というのは、ボクの名前と猫まんまに引っ掛けての渾名だが、そう呼んでいるはこいつだけのような気もしないでもない。そもそもボクに親しく話しかけてくる知人が少ないのだが。
しかし……と改めて自分の交友関係の狭さを考えると頭に隙間風が吹き込むような気持になる。寂しいとかそういうことではない。
昨日の『犬娘』のことだ。
便宜的に〝彼女〟としておくが、〝彼女〟があれほどボクに怯えていた理由がわからない。正体がバレたという前提ならともかく、普通にしている限り絶対に〝魔法少女〟の正体なんてわからない。それに、バレたとしてどうだというのだろう。〝魔法少女〟には守秘義務があることは知っているが、守れなかったからといってペナルティはない。
つまり、何らかの個人的事情が絡んでいるのだろうが、後ろ指指されるならともかく、化物を見たような顔をされるのは心外としか言いようがない。
玉子にしても、今のところあいつがボクに正体を知られて困ってしまうなにがしかには思い至らない。
などと考えていると、武蔵大橋に差し掛かる。4車線に歩道付きの武蔵大橋を渡ると学校のある周良町側に完全に入ってしまう。武良河の広さ深さと相俟って一種国境的にも感じてしまう。越境する寸前、携帯電話にメール着信の信号がきた。
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