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第二章 その3

 宇佐美を候補から外すべきか否か迷いながらの翌朝。

 いや、まあ、そりゃ、『兎女』は宇佐美だろうけどさ。

 流石にアホみたいなコスプレして間の抜けた活躍していった『アレ』を担任であると認めたくはない。認めたくはないが、現実は時に非情なものだ。

 しかし、兎女イコール宇佐美が成立しても、兎女ノットイコール犬娘が成立しない限りは、中身が一緒である可能性は捨てきれない。

 切り裂きジャックの正体を知っていても、津山30人殺しの犯人が切り裂きジャックでないと断言できないのと同じだ。いや、それはないけど。津山の犯人は都井睦雄で、ジャック・ザ・リッパーがロンドンを恐怖のどん底にたたき込んでいた頃は生まれてすらない。

 夜食と朝食が胃に重たい。それ以上に気も重い。

 寅田も犬娘候補から外せないということも気持ちに重しを付けている。それにもうひとり。あの時は考えが及ばなかったが、あの場にいた男は2人。あれは牛頭に背格好が似ていた。マスクをしていたので、はっきりそうだとも言えないが。

 どんよりと空模様まで重くのしかかる。足取りは泥の中を引きずるようでも、学校へは通わなくてはならない。

 すべてが重く沈む。こんな時は、ふわふわとして色合いも明るく軽い玉子の髪でも眺めていられたら。せめてあのアホみたいない声でも聞けたらなと思ったが、のはらの登校時間からズラして家を出たので、玉子とは通学路で会えていない。

 ひとりきりで教室に入るといつもと空気が違っていた。

 その正体はすぐにわかった。のはらの席に珍しく人集りができている。大勢でがやがやというよりは、のはらに対して一方的に話しかけているのが多いようだった。騒々しいが、ボクの席に着けばさほど気にはならないだろう。

 まあ、その前に聞き耳立ててみてもいいか。調度、またひとり登校してきて、この状況に興味を持ったのか手近な級友に尋ねていた。

 『あれ? どうしたの?』

 『のはらね、カレシできたんだって』

 いや、それは幻聴だ。のはらに恋人できたぐらいであんな騒ぎになるわけがない。男も群がってるのにそういう話題で盛り上がってはないだろう。

「おはよぉ、まんまちゃん」

「……おはよう。なんだ、のはらと一緒じゃなかったのか」

 のんびりとした挨拶をしてきたのは玉子だった。鞄を提げている所を見ると今来たばかりのようだっだ。

「うん? 夕べの内にのはらちゃんが今日は先に行くて。アタシが起きられないくらい早い時間だからって気ぃ使って。のはらちゃん優しいわぁ」

 頬に手を当てて目を細める。なるほど、のはらが今日は先に行くということで、自転車リレーもお休みとなり、登校時間も元からズレていたというわけだ。ということは普通に登校してものはらとは顔を合わせずにすんでいたのか。

「玉子はいいのか?」

 授業の準備をしながらのはらの方を顎で示す。少し会話をしている間にもどんどん人が集まってきていてもうのはらは頭も見えない。この分じゃ本鈴ギリギリまで人波は引かなさそうだ。

「ん? うわっ! 何、あれ!?」

 眠そうだった目をカッと開いて驚いている。どうやら玉子も知らなかったようだ。

「知らねえから訊いてんだろ。ちょっと探ってきてくれよ」

 めんどくさいなあ、と不満そうにしながらも、のはらを囲む輪にちっこい体躯を食い込ませなんとか外っ側付近にいる女子に聞いてくれる。

「のはらちゃん魔法少女に助けられたみたいよ」

 ほれ、とケータイにTV画面からのキャプを見せてくれる。なるほど、確かに見覚えのある金髪ロン毛の〝魔法少女〟が、のはらと思しき少女を庇って立っている。少女の方はこの学校の制服姿だったが、のはらを知ってる奴ならあの身長で概ね予想できる。

「ああ、これか。ボクも見てたよ。なんだそんなことか」

 突然目の前に現れた魔法少女にぽかーんとしてたのはらのマヌケ面まで思い出せる。

「昨日の夜、放送されたみたいねえ」

 〝魔法少女〟の活躍は広報的な意味合いもあって昔からTVで放送されている。もちろん放送素材は人類側では用意できないが、どこからか一方的に送りつけられてくるらしい。異星人の数少ない「お節介」のひとつだ。

「それであの騒ぎか」

 人が増えてなおさらざわつく集団を眺める。

「うん、まあ、珍しいし」

「こういう時は進んでスポークスマンを買って出るかと思ってたけどな」

 玉子はふふん、と余裕ぶった笑みを返すと最前列に背を向けて腰を下ろす。

「まあ、あのコもあたしから自立しないといけないから。……いやあ、実はよく知らんのよね。いつも一緒にいるわけちゃうし、昨日は放送見るの忘れてたし」

 玉子もうんざりといった態でキャプに目を落とす。魔法少女放送自体は毎日行われている。しかし、それでもすべての活動現場を伝えるということはない。ひとつには、〝魔法少女〟たちの活躍が地域密着型であり、たとえ地方ローカル局ごとに放送素材が割り振られていたとしても数が膨大すぎて限られた時間枠では流しきれないということ。

 まあ、すべての交通事故を新聞で把握できないのと同じである。

 もうひとつの理由としては、放映に適さない犯行状況も多々あるということだった。当然ながら性犯罪者がまともな格好や言動をしてくれるとは限らず、その性質上放送コードに引っかかることも多い。これはボクの経験からも明らかだ。

 そして、被害者にとっても放送されることが好ましくないことも少なくない。

 わかりやすい例では覗きや盗撮だが、被害者当人も全裸だったりあまつさえ痴態を繰り広げてるようなところを勝手に流すのは問題だろう。その昔はガラガラの野球スタジアムで乳繰りあってるカップルなんかも放送してたらしいが。

 プライバシーの問題もあるし、もしもそれが不倫現場なんかだったりしたら家庭崩壊までつながりかねない。自業自得ではあるけれども。

 そういうわけで、魔法少女放送に取り上げられるのは氷山の一角で、さらに同じ学校、同じクラスとなると遭遇確率は壊滅的なまでにガクっと下がる。ボク自身も被害を受けたところを流されたのは数えるほどである。

 滅多に会えない芸能人という人種に実際に遭遇すると、ファンでもなんでもなくても舞い上がって嬉しくなってしまうように、希少性というのは好奇心をいたく刺激する。その結果が今ののはらというわけだ。

「しかし、ボクだって映ったことあるのに、エラい違いだな」

 あの時はのはらが静かにジュースを奢ってくれただけだった。

「アタシもいつもより15%は暖かい目で見とったよ」

「それは〝生温かい〟と言うんだ。小さい頃から同じ町で生まれ育っていたのにどこで違いが出たのやら」

「いやアンタ、それ以外の全てとしか言えんわ。ていうか、中学の3年間くらい引っ越してたんちゃうの?」

 まんまちゃんみんなに嫌われてるしなあともポソリと呟く。

「ふん」

 別にちやほやしてもらいたくて言った訳じゃないさ。のはらを取り巻く同級生を睨みつけながら心の中で毒づいた。しかし、意外と内面の言葉というのは漏れやすいもので、玉子が宥めるように柔らかく声をかける。

「まあまあ、どうせあんなんすぐ冷めるわ」

「それがイヤなんだよ! 他人が酷い目に遭ったってのに浮かれてお祭り気分かよ」

「そんな……酷い目言っても、魔法少女のお陰でなんも起きる訳ないんよ?」

「気にくわないね。何もなかったから何だって言うんだよ?」

 玉子の一言にカチンとなって、思わず腰を浮かせてしまう。

「どうせ画面の中でしか知らないからそう言えるんだろ? そりゃ放送してるのはソフトなのだけだしな。でも、喩え身体に傷が残らなくても、指1本触れられなくても、そこにいたヤツにしかわからない恐怖もある。安心していても、次にまた同じことがあったらと思うだけで身が竦んで動けなくなることもある。そういう記憶を無理矢理掘り起こすのなら、それは心を痛めつけていることと変わらないんだぞ!」

 それはセカンドレイプどころか――終わらない陵辱を見せ物にしているだけだ。

 ガタンッ、と背後でボクの椅子が倒れる音がした気がする。

 ボクの剣幕が異常になっているのだろう。玉子も少し身を引いて口を引き絞る。だけど、何かそれすらも癇に障って声も荒く大きくなる。

「安全な特等席から檻の中のショーを愉しんでいるだけの――」

 スコン、と額に当たったのは、のはらが投げつけた消しゴムだった。

 冷静に見渡すと、クラスの連中は静まりかえっていてボクと目が合うとばつが悪そうに目をそらす。少し熱くなりすぎてしまったかもしれない。悪気まではないのはボクにだってわかっていたはずなのに。

 そんな中、のはらだけはこちらを見ていて、ボクが見返しているのに気付くと少しだけ困ったような顔をしながら口を開き――


 バーカ。


 そんな風に言われた気がした。

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