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わん・サイド・GAME 魔法少女を探せ!  作者: 時計塔
第一章 論より証拠の魔法少女列伝
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第一章 その11

「アニキぃ、これ、のはらちゃんとこ持って行ってよ」

 晩ご飯までの間、居間でテレビを見ながらごろごろしていると、ボクによく似た顔が台所からひょいと顔を出す。

 首から下を出せばそこに鏡がないことはわかる。白地に黒と茶色の斑が入ったワンピースなど、男のボクは絶対着ない。

 妹の再来(マタギ)はにんまりと笑うと、後ろ手にしたまま音を立てずにしなやかな足取りで近づいてくる。ソファでリクライニングしていたボクの真後ろまで来ると、予告なしにゴンとタッパーウェアを額に載せた。

「なんだよこれ?」

 折り畳んだ新聞紙ほどもある容器は額よりもかなり大きい。狭い所で落とさないようにバランスを取っていると、ぷうんと良い香りが漂ってきた。中身が食い物なのは間違いないだろうが。

「カレーか?」

「……肉団子と唐揚とアジの南蛮漬けよ。どういう鼻してんの」

「いや、この南蛮漬けカレー粉使ってるんだよ。また料理手伝わなかっただろ」

 キュンと口の端を引き絞るも、ボクの引っかけをホホホと軽くいなして流し目をくれてくる。深い睫は失態でもなんでも覆い隠してくれるのだろう。

「最近の小学生って結構忙しいのよ。放課後はデートしたり会えない男にメール出したり」

「キャバ嬢みたいな小学生はどうかと思うが。ていうか、普通は宿題とか友達と遊んで忙しいんだ」

「そういうフツーにできてることはわざわざ言いませーん」

「ホントかよ? お前ちゃんと母さんにテストの成績とか見せてるか?」

真小音(まこね)ちゃんにはいつも、『良くできてるわね。アタシに似て』って言われてるもーん」

 真小音というのは母の名前だ。親子3人揃って似たような顔をしている。ボクが冬、マタギが夏だとすれば、春のような人だ。いつもぽかぽか――頭の中が幸せそうで。

「最近、ボクの小学校の頃の答案がなくなってるのに気づいたんだが」

 母さんはまったく同じモノを2回見ても気づきもしないだろう。ひょっとしたら名前を書き換えなくても。

「あらそう? うっっかり食べちゃったんじゃない?」

「泥棒猫が。お前ホントは友達いないんじゃないか?」

 年齢がやっと二桁になったような悪女志願少女の悪びれもしない態度に、思わず悪態が口を衝く。

 顔の良さだけで満足せずに男を虜にする術を身につけていこうという姿勢は立派なものだが、どうも人間としての成長が偏向している気がしてならない。などと言ったところで、本人はカエルの面にションベンなのはわかりきってる。と、肩越しに見せつける小生意気だが可愛い笑顔が物語る。

 それにしても――

 金髪でも碧眼でもないが、マタギは顔形が犬娘によく似ている。きっともうすぐ背も伸びて、体つきも女らしさを帯び、あの清純無垢な肉体とはほど遠くなってしまうのだろうけど。

「しかし、ずいぶんとたんぱく質豊富だな。で、どうするって?」

「おすそわけ。のはらちゃんとこ、町会の集まりで誰もいないんだってママが言ってた」

「メシ時にそんなもんやる方が悪いだろ……」

「ああ、集会だけならもう終わる頃なんだけど、そのまま飲み会に行くからあとよろしく、だってさ」

「頭腐ってるんじゃないのか犬神のオバさん」

 他人の親に向かって失礼なことだ。案の定、マタギに窘められる。

「なぁーに言ってんの。ウチとの付き合いあるから安心して任せてもらってんのっ」

 ツッコミの平手を軽く首を振ってかわす。食料がまだ載っかっているのに信じられない奴だ。

「そんなもんかね。でも、のはらまだ帰ってないんじゃないか?」

 まだ学校――いいとこ帰りの途上なのではないかと思ったボクはそう言ったが、マタギは意外そうに――ボクにとっても意外なことを口にした。

「え? さっき帰ってくるの見たよ? うちの窓から」

 マタギが指すのは2階にある自分の部屋だ。ボクはその向かい。居間もそちらに面した窓はない。視界に入らないという意味では不思議ではない――

 どうも話が食い違っている。ボクが玉子とばったり会ってから、かりんと遊んで着替えをしたりなんやかやしてここにいたるまで小一時間程度だ。自転車は玉子が持って帰ったはずだし、のはらの奴それほど早く帰れたものなのだろうか。玉子を先に帰したくらいだから部活でそれなりに居残るつもりだったように思うのだが。

 でもまあすげえ足速いからなあいつ。

 足を出すのも早いけど。

 口よりも先にという意味で。せめて手にしろと言いたい。

「まあいいや。わかったよ」

 のはらが家にいるのなら問題はない。容器を手で抱えると玄関に向かった。

「のはらちゃんと一緒に食べてきてもいいよ~。こっちはあたしが片付けるから」

「何言ってんだ。残しとけよ」

 しかし、のはらが大食いなのを差し引いても大量だ。明日の朝の分とオバさんの分も合わせてということなのだろうか。まあ、あいつが食いきれないって泣きついてきたら片付けるの手伝ってやるか。

 それにしても、女だから料理くらい作れとも言わないが、たかが一食の用意すらできないというのは人としてどうなのかと思わないでもない。乳幼児や傷病人ではないのだから。死ぬほど腹減ってるならご飯だけでも盛り付けて塩を振り掛けるなり、パンでも焼いて食っていれば良いのだ。

 そしたら、あんまり哀れだからメシくらい作りに行ってやるのに。


 ***


 徒歩10秒の犬神邸。

 形ばかり呼び鈴を押して、勝手にノブに手を掛ける。

 この辺りでは犯罪率の低さもあって、常時鍵を掛けているような家は少ない。〝魔法少女〟のための監視システムのお陰でもあるとは言い難い。都市部だと性犯罪以外の発生率はそれなりで、萎縮効果があるのではなんて声も古い新聞の中だけだ。というか、肝心の性犯罪自体も発生率が低くなったとはいえ、根絶とかそういう話にはなっていない。

 本当に抑止効果がないのか――人間の業というべきか。

「のはらー、いるだろー? メシ持ってきてやったぞー」

 一応そう呼びかけてからドアを開けると妙に薄暗い。

「電気くらい点けろよ……」

 誰かがいる家に明かりがない。夕暮れ時ではタイミング次第ではしばしばあるシチュエーションだ。それでも、されるがままに闇の侵食を許している雰囲気はインモラルな気分を呼び込み、陰鬱な記憶が浮上してきそうだった。

 パチンパチンとスイッチを点けて上がり込む。スリッパを取り出して引っ掛ける。いつもは素足で平気なのだけれど、L字に伸びた廊下は依然として暗く、今は何か正常で清浄な儀式が必要だと思った。

 のはらの部屋まで上がってしまおうかと迷っていると、暗いリビングにぼんやりと明かりが見えた。天井の照明でも、テーブルランプでもない、丸く縮こまった幽かな灯りだった。まさか人魂とは思わなかったが、おそるおそる近づくと、のはらが携帯電話を操作していて、ディスプレイが光っているだけだった。

「おい、電気くらい点けろよ。幽霊かと思ったぞ」

 ホッと胸をなで下ろしたボクが声をかけると、こちらこそがオバケとでも言うほどびっくりしたようだ。携帯電話が手からこぼれ出て、カランと音を立ててガラスのテーブルに落ちた。

 ちらりと携帯電話に目をやると着信メールの送信者欄に浮かぶ『猪塚風太』という文字が飛び込んできた。目が良いのも考え物だな。

 猪塚……誰だろう。ボクの知らない名前――知らない男の名前だ。薄暗い中で光を発しているのはその液晶くらいなものだ。暗くなるまで気づかず、のはらはずっとそれを見ていたのだろうか。いつから。どうして。相手は。

 そう思って突っ立っていると、視線の意味に気付いたのか、のはらがさっと開きっ放しの携帯電話を隠す。他人のプライバシーに立ち入ったのはボクの方で、のはらが隠して悪い理由はない。

 だけど、のはらの少し照れて俯いた顔を見て、突然湧き上がってきたこの居た堪れなさはどうしたことなのだろうか。

 一刻も早く立ち去るためにはどうしたらいいのだろうかと鈍った頭で考える。実際は回れ右して来た道を引き返せば良いだけなのだがそれすらも凍りついた足には命令が行き届かないらしい。理由が――どんなにバカらしくてもだまくらかしてここから離れる理由が要る。

 だけど、そんなものはどこにも見つからず、愚直にインプット済みの命令をこなすことをボクの身体は選んだ。

「これ、マタ……じゃなくて母さんが持ってけって」

 自分で驚くほど掠れた声がそう告げた。まだ暖かいはずの容器からはまったく熱というものが伝わってこない。いや、これはボクの手が冷たくなっているのだろうか。何か大事なモノが抜け出ていくように手や足が痺れるような寒気を訴える。

「ここ……置いてく。容れ物は明日にでも返してくれれば良いから」


「あ、アニキ、早いじゃん。どうだった? おにぎりにぎにぎして食べてきた? 別なのも包み込んだりして――ってちょっとどこ行くの?」

 妹の声も遠く、そのまま自室へと入るとベッドに潜り込んだ。

 空腹は感じなかった。眠気も。三大欲求の二つが封じられると余計なことばかり頭をもやもやと埋め尽くす。

 別なことを考えたかった。真っ先に浮かんだのは〝魔法少女〟のことだ。

 猪塚風太……ボクはそいつを知らないが、相手はどうだろうか?

 のはらと接点があるのならば――今更〝ない〟と考えるのは無理があるが、のはらと一緒にいることも多いボクのことを相手が一方的に知っているということは十分ある話だろう。

 そんなのはクラスの連中にも言える。

 そのように対象範囲を広げても泥沼になるだけだから、普通ならば切り捨てても良い類の推論であり、正体が分かったところで価値のない人間たちだ。

 でも、その時のボクは普通じゃなかったんだろう。なんとしても、〝魔法少女〟の正体を暴き、いや、〝魔法少女〟である猪塚を生きていることを後悔するほどの目に会わせてやろうと――そのことばかりを昏い布団の中で考え続けていた。


これで第一章は終わりです。

大量の魔法少女容疑者が出てきましたが、主要人物も出揃っていますのでこの中に魔法少女の中の人はいます。

……まあ、出題には値しませんが。

引き続き第二章をお楽しみください。



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