第一章 その10
「やっぱりお前だったんだな――かりん」
そう言って、金色に輝く毛を撫でてやる。首根っこをふんづかまえられた気分はどうだ。
きょとん、とボクが掴む手ごと首を傾げる食肉目イヌ科シープドッグ系の雑種犬。夕日の残滓が白く美しい体毛を黄金に煌めかせる。ヒトに比べれば小柄な身体。抱き締めるともっと小さく感じる。そして、ほっとするほどに暖かい。
長い毛脚に顔を埋めるようにして、しばしかりんの肉体を堪能していると浮かんでくるのは犬娘の顔だった。
今日は図らずもボクとの閉じられた関係の連中を洗い出すことができた。しかし、これといった決め手はなかった。
であれば、もうかりん=犬娘であると断定しても問題ないだろう。正直、めんどうになってきたし、ここらで手を打ってもいいかなという気持ちも否めないのである。
しかし、動物が〝魔法少女〟となるなど果たして可能なのだろうか?
人間と言葉も通じなければ社会的にも同族であるとは言い難い、言ってみれば下等生物の畜生が。
実は前例はある。
オスのチンパンジーがある時期に〝魔法少女〟として活躍していたことがあるということを証明する記録が残っているのだ。
手記については、流石に本人というか本猿直筆のものがあるわけではないが、飼い主が代わりに手記を残し、これが公開されている。〝魔法少女〟の正体は他言無用の絶対秘密……ではあるけれど、例外として協力者の存在が認められている。組織立って〝魔法少女〟をプロデュースするというようなことは無理なようだが、友人知人の数人程度に事情を話してサポートチームを組むくらいならば許容されるのが通例のようだ。
動物に限ったことではなく、他の〝魔法少女〟たちの手記でもしばしば『協力者』の存在が匂わされている。〝魔法少女〟と違って実名を公表できないので手記を読んでも虫食いのようになっているのだが。
一応、飼い主の手記を引用してみる。
ワタシのスミレちゃんがあの魔法少女に選ばれるなんて!
なんて光栄なことなんでしょう!
スミレちゃんはそこらのエテ公とはモノが違うということがこれではっきりしたんだわ。
この記念すべき善き日に乾杯したくてうずうずが止まらないわ。
選ばれるべくして選ばれたスミレちゃん。
ワタシだけは貴方の才能を見抜いていたのよ。
ペットショップで初めて目が合ったあの日のことを生涯忘れないでしょう。
一目見て神々しいオーラを感じたの。
天からワタシに使わされた天使がここにいるってわかったのよ。
この喜びを誰にも伝えてはいけないなんて、どういうことなの!
胸糞が悪くなるのでこの辺で引用はやめにしておこう。
これまでも言っていることだが、〝魔法少女〟とは、異星人が所定の目的を達するために代理として立てた単なる執行人に過ぎない。確かに全人類が〝魔法少女〟になっていない以上、ある種の選別は行われていると言っても良い。ただし、選ばれたといっても、宝くじ(地方自治体のしょぼい方)だとか、カンビュセスの籤だとかに当たった、そういうレベルの話でしかない。それをまるで選民主義的に特別視してあたかも自分たちが至上の存在であるかのように考えるなど馬鹿げているにも程がある。
ちなみに、猿であっても〝魔法少女〟の死後にしか手記の公表は許されていない。そして、このチンパンジーはかなり若くして死亡している。これが何を意味しているかは想像に任せる。
というわけで、人間以外が少女の外見を持って活動するというのはあり得ない話ではない。もっとも、かなりの人が『サルだな……』『サルね……』『サルしかありえねえっしょ』とその〝魔法少女〟が人間以外であることに確信を抱いていたという。外見だけ真似てもどこかでわかってしまうということだろうか。他の〝魔法少女〟たちと比べても偽装が上手くいっていなかったのは、種族間の壁は厚いということの現れなのかもしれない。
さて。
とはいえ、正体が犬というのは流石に聞いたこともない。チンパンジーであれば5歳児くらいの知能はあると言われている。ただし、ここで求められるのはあくまで人間に近い形での知能なのではないだろうか。
イヌとヒトとで同じような精神構造を持っているのかどうかについては疑問符を振り払えない。
真面目に考えればかりんもまた犬娘候補に過ぎない。
胸に吹く風を押さえつけるようにかりんを強く引き寄せる。
「わん!」
雑種犬はただ嬉しそうに一声吠えた。