次の夢は高校生ゆあちゃん
◇???日目
俺はぼんやりとテレビの光に目を預けていた。
リビングの窓から漏れる夕陽が、床に琥珀色の帯を投げかけ、部屋に静かな暖かさを与えている。古びたソファの感触が背中に馴染み、流れるCMの音が耳に遠く響く。
何気ない時間が流れ、頭の中はぼんやりとした霧に包まれていた。
すると、背後から突然、柔らかな力が俺を包み込む。
誰かに勢いよく抱きつかれ、驚きに体が跳ねた。
「唯斗さーん」という声が耳元に甘く響き、温かい吐息が首筋をくすぐる。
振り返ると、そこには見覚えのある顔が、でもどこか違う姿で立っていた。
前回夢で見たゆあちゃんより背が高く、華奢な体に制服がしっくり馴染んでいる。
髪は肩を越えて軽やかに揺れ、夕陽に照らされて黄金の縁取りが浮かぶ。
「…ゆあ…ちゃん」
声が思わず漏れると、彼女は目を細めて笑った。
「どうしたんですか? ぼーっとして。もしかして、ゆあの制服姿に見惚れちゃったんですか? あーあー、いやらしい唯斗さーん。大好きですもんねー、JK」と、両手で体を隠す仕草をしながら、鈴のような笑い声を響かせる。
その明るさに一瞬目を奪われる。
家の中を見回すと、今のマンションとは違う。
狭い空間に古びた壁紙が剥がれかけ、窓枠には錆が浮かんでいる。
どこか懐かしい、築年数を重ねたアパートのような趣だ。
俺の人生に何があったのか…いや、これは夢だから関係ないか、と自分を納得させる。
でも、ゆあちゃんが高校に通っている姿に、心がふわりと軽くなった。
彼女がちゃんと成長し、制服を着て笑っている。
その事実が、胸の奥に温かな波を広げる。
暗い過去から抜け出し、普通の女の子として生きている彼女を見るだけで、救われたような気持ちになる。
「何ニヤニヤしてるんですか? まぁ、見惚れちゃうのも仕方ないか。私、可愛いですもんね。そりゃ見ちゃいますよねー」
「…そんなんじゃないよ。ただ、成長してくれてるのが嬉しいだけだ」
「成長ってどこの話ですか? どうせ胸のことでしょ?」
「違うってば」
彼女の茶化す声に苦笑しながら、ゆあちゃんが学校での出来事を楽しそうに話し始めた。
「それで…由佳がね! 私に言うの! 私の彼氏って超かっこいいよねーっていってくるんだよね。まぁ、確かに顔はかっこいいんだけどー、なんか好きになれないタイプなんだよねー…って、聞いてるの?」
「…聞いてるよ、聞いてる。ゆあちゃんが楽しくやってるなら、おにいさんはそれでいいよ」
「てか、何? さっきから、ゆあちゃんってw もう子供じゃないんですけどw」
「ご、ごめん…。それで? ゆあには彼氏とかはできたのか?」
その言葉を口にした瞬間、彼女の手がピタリと止まる。
空気が一瞬、重くなった。
友達と楽しそうに話す彼女の姿や、その愛らしい見た目から、彼氏がいてもおかしくないだろうと軽く考えていた。
でも、その反応に心がざわつく。
「…彼氏って何? どういう意味? 私のこと捨てるつもり?」
彼女の瞳が、今のゆあちゃんと同じように暗い底へと沈むように真っ黒に染まる。
鋭い視線が俺を貫き、心臓が締め付けられる。
「え? い、いや…え?」
「…昨日だってあんなに私を求めてきたのに…」と、お腹をさすりながら呟く。
…嘘だろ? 俺、まさか…やっちまったのか?
頭が混乱し、記憶を必死に探るが、何も浮かんでこない。
夢の中の出来事とはいえ、背筋に冷たい汗が流れる。
「…他におんなができたの? ねぇ? 私を捨てるの? 何がダメだったの? どうすればいい?」
彼女がメンヘラチックな雰囲気を漂わせながら近づいてくる。
声に滲む不安が、部屋の空気を重くする。
「ち、ちがっ!! 違うんだ…!!// その…嘘だって思うかもしれないけど…俺はその…記憶がないんだ…。いや、正確にはこれは俺にとっての夢で…どう説明したらいいんだろ。とりあえず、俺にとってのゆあちゃんは10歳くらいで、無表情で暗い女の子っていう印象なんだよ」
「全然何言ってるか分からない。そんなんではぐらかせると思ってる?」
彼女の怒った声に、俺はさらに焦る。
どうしたら信じてもらえるのか。
頭をフル回転させながら、1時間近くかけて不器用に説明した。
過去の自分と今の自分、夢と現実の境界を言葉に紡ぐのは難しかったが、なんとか伝わったようだ。
「…つまり、今の唯斗さんの中身は、私と出会ったばかりの7年前くらいの唯斗さんなんだ。ふーん。んで、夢だと思ってる…ってことね。まぁ、あんまり信じられないけど信じるよ」
「うん。これは本当に夢なのかな?」
「私から言わせればNo。夢なんかじゃないよ。てか…ふーん? だから彼氏とか聞いてきたんだ。確かにおかしいもんね。それじゃあ、私から一個良い情報を教えてあげる。私の誕生日は4月15日だよ。もし誕生日を知らないなら、それが証拠になるでしょ」
無邪気に笑う彼女の顔が、夕陽に照らされて輝く。
その笑顔に引き込まれるように見とれていると、次の瞬間、意識がふわりと浮かぶ感覚に襲われた。
貧血のような、立ちくらみのような揺れが体を包む。
なんとか踏ん張ろうとするが、抵抗も虚しく、俺は目を覚ました。
◇
そこは見慣れた自分の家だった。
あぁ、ソファで寝ちゃってたのか。
スマホを手に取ると、日付が浮かび上がる。
4月14日…。
彼女の誕生日の前日だ。
夢の中で知ったその日に、心が軽く跳ねる。
そういえば、彼女に贈りたいものがあった。
誰とでも繋がり、笑顔を広げる魔法のようなアイテム…スマホだ。




