かわらない未来
◇数年後
「んぁ…」
うめきながら目を擦ると、視界が徐々にクリアになる。
朝の光が彼女の背に柔らかな輪郭を描き、キッチンから漂う香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
透き通った肌に、肩まで伸びた髪がサラリと揺れている。
ぼんやりと見つめていると、「えい」と彼女がお玉を手に軽く頭を叩いてきた。
軽い衝撃に頭が揺れ、現実感が一気に押し寄せる。
「…」
「どうしたんですか? ボーッとしちゃって。まさかいい夢でも見てました? でも、ダメですよ、唯斗さん。ソファで寝るなんて。昨日は私、一人で寝て寂しかったんですから」と、ゆあちゃんはくすっと笑いながら言う。
楽しそうな声が部屋に響き、その明るさに思わず笑みが溢れる。
「…おはよ、ゆあちゃん」
「おはようございます!お寝坊さんな唯斗くん」
「そろそろ試験だっけ?夏休みは何か予定はあるの?」
「ん?そうそう!来週期末試験ねー。夏休みはねー、えーっとねー、友達と出かける予定はちょこちょこあるかなー」
「…そっか」
すると、俺の表情を見て、クスッと笑うゆあちゃん。
出会った頃より背も高くなり、体つきも大人っぽくなった。
それに、何より表情が違う。
あの暗く沈んだ瞳ではなく、生き生きとした光が宿っていた。
健康的な頬の色と、どこか普通の可愛い女の子らしい雰囲気になった。
「もしかして嫉妬してるんですかー?大丈夫ですよ?女の子だけだし、私が好きなのは唯斗さんですから!」
「…いや、別に嫉妬してないし。ちょっと顔洗ってくるよ」
「早くしてくださいね! 私も洗面所使うので!」
フラフラと洗面所にたどり着き、鏡を見ると、そこには少し疲れた顔の俺が映っていた。
顎に生えた短い髭が綺麗に整っている。
髭を触っていると、背後から優愛ちゃんが飛び込んできて、後ろからぎゅっと抱きついてきた。
「ちょっ!?」
「すぅ…へへ、唯斗さんの匂い。これで今日も一日頑張れます」と、背中に顔を擦りつけながら嬉しそうに呟く。
彼女の髪からシャンプーの甘い香りが漂い、温かい体温が服越しに伝わる。
顔が熱くなり、心臓がドキドキと跳ねた。
「あのさ、ゆあちゃん。…いきなり抱きつくのやめてよ…」
「なんでですか?えっちな気分になっちゃいます?」
「そうではないけど…」
「あ、そろそろどいてください!歯磨きしたいので」と、甘えた声から一転、急いでいるような声でそういった。
仕方なく洗面所を譲り、俺も準備を始める。
確か、そろそろ社長の誕生日だったか。
なんか買うかー。っつても、社長が欲しいものとか分かんねーな。
5分ほどすると、玄関の方から「あー! やばい、やばい! もう行かなきゃ!」と慌てた声が聞こえてきた。
「お、おう。気をつけてな」と返事をすると、ドアが開く気配がない。
「…あの! 何してるんですか! 早く来てください!」と呼ばれる。
あっ、忘れてた。
そこには、目を閉じて唇を少し突き出したゆあちゃんが立っていた。
「はーやーく」
「はいはい」と、その口にキスをする。
「…//」
「ふふふ、今更照れてるんですか? 相変わらず可愛いですね、唯斗くん! じゃあ、行ってきますね!」
弾けるような笑顔を残し、彼女は玄関を飛び出していった。
「…全く」
歳を重ねるごとにどんどん可愛くなっていき、更に誘惑するようなことを言ってくる。
ソファに座ってポケットからスマホを取り出す。
日付は「2030年6月10日」
◇朝8時半
事務所のドアを開けると、すでにタバコの煙と安いコーヒーの匂いが充満してる。
狭い部屋にデスクが3つ、壁には借金のリストが雑に貼り付けられてて、俺の職場は今日もいつも通りだ。
同僚の田中が「おい、昨日あのデブ締め上げたんだろ? 金吐いたか?」とニヤニヤしながら聞いてくる。
「半分だけな。あとは今週末だってさ」と答えると、「相変わらず甘いな、お前」と笑われる。
まあ、俺だって昔ほど鬼じゃない。
9時になると、朝のミーティングが始まる。
先輩の佐藤さんが眠そうな目で今日のターゲットを読み上げる。
「山田って奴、50万借りて1ヶ月滞納。住所はここ、電話はこれ。頼むぞ」と俺に書類を放ってくる。
「了解っす」と短く返して、デスクで地図と借主の情報を確認する。
スマホにはゆあちゃんから『唯斗くん!今日も頑張って!』なんてメッセージが入ってる。仕事前に一瞬だけ笑顔になるが、すぐ切り替える。
10時過ぎには外回りだ。
山田って男のアパートに向かう。
ボロい木造の2階建て、ゴミが散らかってて生活の匂いがする。
ドアをノックして「山田さん、いるか?」と低く声をかける。
中から「誰だよ…」と怯えた声が返ってくる。
「金借りたの忘れたか? 」と言うと、慌ててドアが開く。
40代くらいの冴えない男が汗だくで立ってて、「今週末まで待ってくれ」と土下座してくる。
昔ならここで詰めていたかもしれないけど、今は「金曜までに半分用意しろ。次逃げたら終わりだぞ」とだけ言って立ち去る。
ゆあちゃんに「優しくなったね」って言われたのが頭にちらつくからか、最近は必要以上に荒っぽくしない。
昼は事務所近くの立ち食いそばで済ませる。
300円のそばをすすりながら、隣で田中が「今度のパチンコ屋の客、借り癖ついてて美味いぞ」と得意げに話してる。
俺は「ふーん」と適当に相槌打つだけ。
昼過ぎに戻ると、事務所で電話番だ。
借金の督促電話をかけまくる。
「お宅の旦那、100万借りてますけど?」「子供の学費払えなくなっても知りませんよ」と淡々と脅す。
目の前にいないと詰めやすい。
向こうが泣こうが喚こうが、こっちは仕事だと割り切れた。
夕方になると、回収金の仕分けだ。
今日集めた現金を数えて、帳簿につける。
佐藤さんが「今月は上々だな」と満足そうに頷くけど、俺はただ黙々と計算する。
18時頃に仕事が終わり、事務所を出る前にゆあちゃんから『晩ご飯何がいい?』とLINEが来る。
『チャーハンがいい』と返すと、『了解! あの好きなやつ作るね!』とスタンプが飛んでくる。
闇金の世界で1日過ごした後、こんなやり取りが癒しになる。
帰り道、駅前のコンビニでタバコを買うついでに、ゆあちゃんが好きそうなプリンもカゴに入れる。
事務所での冷たい空気と、家の温かさが頭の中で切り替わる瞬間だ。
闇金の日常は、脅しと金の奪い合いでしかない。
でも、家に帰ればゆあが「おかえり!」と飛びついてくる。
それが俺のスイッチだ。
この仕事、いつまで続けるかわからんけど、今はまだ辞められない。
そんなことを考えながら、夜の街を歩いて帰る。
◇
家に帰ると、美味しい匂いが漂ってくる。
「はい!お帰り!」と、抱きついてからキスをしてくる。
「はい、ただいま」と、俺からもキスをする。
「チャーハン作ったよー?あ、ご飯にする?お風呂にする?それとも…ゆあ?」
「もうゆあは頂いちゃったからチャーハンで」
「えー?まだまだ食べられるところいっぱいだよー?」と、寝巻きの胸元をチラチラとさせる。
思わずそちらに目が行き、「うわー!えっち!//」と言い始める。
そんな乳繰り合いを終えて、2人でご飯を食べる。
今日あった話をしながら、盛り上がり、食べ終えるとお風呂に入る。
そうして、ソファでゆっくりしていたゆあちゃんとともに2人でベッドに行く。
ベッドに入るとそのまま抱きついてくるゆあちゃん。
俺もそのまま抱きしめる。
「…大好きだよ、唯斗くん」
「俺も大好きだよ、ゆあちゃん」
「ねー?いつまでちゃんづけ?子供じゃないけどー」と、頬を膨らませる。
「俺にとっては子供みたいなもんだもん」
「…あんなことしちゃってるのにー?子供にあんなことしちゃうのー?」
「…じゃあ、もうしない」
「ごめんごめん!だめ!…してね?これからも」
「うん」
おでこにキスをする。
その時にふとあることを思い出す。
そういえば…数年前にこんな夢を見た気がする。
大きくなったゆあちゃんとイチャイチャするような夢。
どうやら、俺はちゃんと幸せな未来を歩めているようだ。
だとすれば、このまま大人になっても、結婚して、子供を生まれて…。
そんな未来を楽しみにしながら、俺は目を瞑った。
ゆあちゃん、大好きだよ。




