未来
事務所の一室に、穏やかな空気が漂ってた。
古びたビルの窓から差し込む朝陽が、埃っぽい床に柔らかい光を投げかけてる。
俺はソファに座り、コーヒーを啜りながら、静かな時間を味わってた。
角川の一件が終わり、数日が過ぎた。
秋野さんの笑顔が戻り、仲間との絆が深まったあのキャンプ場のパーティから、心が軽くなってた。
その時、ドアが小さく開き、ゆあちゃんが顔を覗かせた。
「唯斗くん…おはよう」と、ミントグリーンのスマホを手に持って入ってきた。
「おはよう、ゆあちゃん。早いね」と俺は微笑んだ。
彼女が少し照れたように笑い、「…うん。唯斗くんと話したいことがあって」とソファの隣に座った。
「話したいこと?」
「…あのね、唯斗くんと一緒に旅行に行きたいなって」
その言葉に、俺は少し驚いて目を丸くした。
「旅行か…いいね。どこか行きたい場所あるの?」
ゆあちゃんが目を輝かせ、「…温泉に行きたい。秋野さんのこととか、色々あったから…温かいところでゆっくりしたいなって」
俺は頷き、「温泉か。いいよ。じゃあ、週末にでも行こうか。二人でさ」
彼女が小さく跳ねるように喜び、「…うん! 楽しみ!」と笑った。
◇
週末、俺たちは山間の温泉町へ向かった。
車で数時間走り、曲がりくねった山道を抜けると、遠くに湯煙が立ち上ってるのが見えた。
木々が紅葉に染まり、秋の風が涼しく頬を撫でた。
ゆあちゃんが助手席で窓を開け、「…すごい、綺麗だよ、唯斗くん」と呟いた。
「ああ。確かに綺麗だね。ここで正解だったね」と俺は笑った。
温泉町に着くと、小さな旅館に荷物を置いた。
木造の建物は古びてて、畳の香りが懐かしかった。
部屋の窓からは渓谷が見え、川のせせらぎが静かに響いてた。
ゆあちゃんが荷物を解きながら、「…唯斗くん、ここ落ち着くね」と微笑んだ。
「そうだね。こういう静かな場所、俺も好きだよ」と俺は窓際に立った。
◇
夕方、俺たちは旅館の露天風呂へ向かった。
石造りの湯船に白い湯が張られ、周りを紅葉の木々が囲んでた。
湯に浸かると、体の疲れが溶けるように感じた。
ゆあちゃんが女湯から声をかけてきた。
「唯斗くん…気持ちいいね」と、仕切りの向こうで笑った。
「ああ。最高だよ。ゆあちゃんはどう?」
「…うん! 温かくて、きもちいいー」と彼女の声が弾んだ。
湯気の中、俺は目を閉じて深呼吸した。
角川との戦い、秋野さんを救うための日々が、遠い記憶みたいに感じた。
温泉から上がり、ゆあちゃんが「…唯斗くん、温泉ってすごいね。疲れが全部なくなるみたい」と呟いた。
「そうだね。ゆあちゃんと一緒なら、もっと癒されるよ」と俺は笑った。
彼女が少し照れたように、「…嬉しいな」と小さく言った。
◇
夜、旅館の部屋で夕飯を食べた。
地元の山菜の天ぷらと、鍋に煮えたキノコ汁。
ゆあちゃんが箸を手に、「…美味しいね。こんなご飯、初めてだよ」と目を輝かせた。
「そうだね。山の味って感じだ。ゆあちゃん、山菜好き?」
「うん!」と彼女が微笑んだ。
俺は少し考えて、「…じゃあ、今度俺が採ってきて作ってあげようか。山菜の下ごしらえ、ちょっと覚えたんだ」
ゆあちゃんが驚いた顔で、「…唯斗くん、そんな料理できるの?」と首を傾げる。
「まあ、簡単なものならね。ゆあちゃんに食べてもらいたいなって思ってさ」と俺は笑った。
彼女が頬を赤くして、「…楽しみにしてるね」と呟いた。
食後、部屋の縁側に座って渓谷の音を聞いた。
川のせせらぎが静かに響き、遠くの木々が風に揺れてた。
ゆあちゃんが膝を抱え、「…唯斗くん、私、ずっと怖かったんだ。秋野さんのこととか…何かあったらどうしようって。でも、唯斗くんがいてくれたから、安心できたよ」と呟いた。
俺はその言葉に少し驚き、「…そうだよね。ごめんね、巻き込んじゃって」と彼女を見た。
「うん…唯斗くんって、私にとって大事な人だから。だから、一緒に乗り越えられたことは嬉しかったよ」と彼女が目を伏せた。
俺は少し考えて、「ゆあちゃんも、俺にとって大事な人だよ。ゆあちゃんがそばにいてくれたから頑張れた。あれがなかったら、どうなってたか分からない」と呟いた。
ゆあちゃんが顔を上げ、「…ありがとうね」と微笑んだ。
「ゆあちゃんは俺の宝物だから」と俺は笑った。
彼女の目に涙が浮かび、「…うん、大好きだよ」と小さく呟いた。
◇
翌朝、俺たちは温泉町の散策に出かけた。
石畳の道を歩き、紅葉に染まった山々を見上げた。
小さな土産物屋が並び、湯気の立つ饅頭の匂いが漂ってた。
ゆあちゃんが饅頭を手に、「…これ美味しいね!」と目を輝かせた。
「ああ。熱々でいいね。甘いもの好きだったっけ?」
「うん!大好き!」と彼女が笑った。
俺は少し考えて、「じゃあ、これ買って帰ろうか。みんなにもお裾分けしよう」と提案した。
ゆあちゃんが頷き、「…うん! 秋野さんにもあげたいな」と呟いた。
散策を続け、吊り橋にたどり着いた。
渓谷の上に架かる木の橋が、少し揺れてた。
ゆあちゃんが「…唯斗くん、渡れるかな?」と少し不安そうに聞いた。
「大丈夫だよ。俺が一緒だから」と俺は手を差し出した。
彼女が小さく頷き、俺の手を握った。
橋を渡りながら、ゆあちゃんが「…唯斗くんと一緒なら、怖くないよ」と笑った。
「そうだね。ゆあちゃんがいてくれるなら、俺も安心だよ」
橋の真ん中で立ち止まり、渓谷を見下ろした。
紅葉が川面に映り、風が静かに吹き抜けた。
ゆあちゃんが「…すごい…綺麗」と呟いた。
その言葉に、俺の胸が温かくなった。
◇
帰り道、車の中でゆあちゃんが「…唯斗くん、これからも旅行行けるよね?」と聞いてきた。
「ああ。当たり前だよ。ゆあちゃんが行きたいって言うなら、いつだって連れてく」と俺は頷いた。
彼女が小さく笑い、「…約束だよ」と指切りを求めた。
俺が指を絡めると、ゆあちゃんが「…大好きだよ、唯斗くん」と囁いた。
俺は少し驚いて、「…俺もだよ、ゆあちゃん」と笑った。
そして、見つめあって…ゆあちゃんは俺にキスをした。
山道を走りながら、俺は心の中で呟いた。
ゆあちゃんとの未来が、この温泉みたいに温かくて穏やかなものでありますように。…なんて。




