星のかけら
車内の空気は重く、誰も口を開かなかった。
バックミラー越しに秋野さんを見ると、彼女は窓の外をじっと眺めてて、長い髪が顔を隠してる。
虚ろな目はまだそのままだった。
そんな中、 ゆあちゃんがポツリと呟いた。
「…星を…見に行きませんか?」
その言葉に、俺の手がハンドルを握る力が一瞬緩んだ。
総一が後ろから「お?」と驚いた声を上げ、秋野さんが小さく顔を動かした。
俺はゆあちゃんを横目で見て、彼女の小さな横顔に目を奪われた。
暗い車内で、街灯の光がチラチラと彼女の瞳に映り込んでる。
その瞳には、疲れと一緒に何か柔らかい光があった。
「星か…」
ゆあちゃんを引き取ったばかりの頃。
彼女はまだ心を閉ざしてて、俺に触れられるのも嫌がってた。
古びたビルのアパートで暮らす日々は息苦しくて、ある晩、俺は思いつきで彼女を連れ出した。
山の上の見晴らし台まで車を走らせて、二人で星を見たんだ。
その夜、ゆあちゃんは初めて俺に言葉を返してくれた。
「…きれい」と小さく呟いて、少しだけ笑った。
あの時、彼女の心に小さな隙間ができた気がした。
「…そっか。じゃあ、あそこいこうか」
俺が言うと、ゆあちゃんが頷いて、俺の手をそっと握ってきた。
「うん…唯斗くんと見た星、ずっと忘れないよ。あの時、私、初めて安心できた気がした…。だから、今みんなで…見たいなって」
その声はどこか頼もしさを感じた。
今、俺の隣にいるゆあちゃんは、傷を抱えながらも誰かを支えようとする姿に成長してた。
総一が後ろから身を乗り出し、「おい、いいアイデアじゃねぇか! 星なんて久々だぜ。 唯斗、行こうぜ!」と子供みたいにはしゃいだ。
その声に、俺は思わず笑ってしまった。
「分かったよ。じゃあ、あの見晴らし台まで行くか」
無言を貫いていたアイラが身を乗り出す。
「おー!いいっすね!行きましょう!」と、いつものテンションを取り戻した。
そうして、俺は少し飛ばしてあの場所へ向かった。
◇
車は山道を登り、街の灯りが遠ざかる。
見晴らし台に着くと、エンジンを切って5人で外に出た。
車は一台も止まっておらず、他に誰もいなかった。
夜風が冷たく頬を撫で、木々のざわめきが耳に届く。
空を見上げると、雲が切れて、無数の星が広がってた。
都会の光がない分、星屑がキラキラと輝いて、まるで空が生きてるみたいだった。
ゆあちゃんが俺の隣に立ち、「やっぱり…きれいだね」と囁いた。
その声に、俺は彼女の手を握り返した。
「ああ…あの時と同じだな」
心の中で、これまでのことを振り返った。
借金取りだった俺が、ゆあちゃんを5万円で引き取った日から始まった日々。
彼女の心が閉ざされてた頃、進藤との戦い、総一との絆、社長の支え、秋野さんの件…はまだ解決してないけど。
これまでにないほどに濃密な数ヶ月に心を巡らせる。
そして今夜、進藤を殺さずに済んだこと。
あの倉庫での話し合いは、ここ数ヶ月の自分の成長を試す試練だった気がした。
殺す選択を拒んだ瞬間、ゆあちゃんの震える手が俺を支えてくれた。
それにゆあちゃんから「星を見に行こう」と言ってくれたことがただ、嬉しかった。
総一が突然、「うおお!すげぇ! 流れ星だ!」と叫んで、指を空に突き上げた。
「すげーっすね!めっちゃ綺麗っす!うぉー!見てくださいよ、総一さん!街も綺麗に見えますよ!」と、アイラも走りまわる。
子供みたいに跳ね回る2人の姿に、俺とゆあちゃんは笑い合った。
「総一、お前何歳だよ!」
「おい、唯斗! 流れ星に願い事しろよ!俺は…そうだな、金持ちになれますように!」
「うちもお金持ちになりたいっす!」と、空に向かって手を合わせて、空を見上げる。
そのバカっぽい声に、車内の重さが少しずつ溶けていく気がした。
秋野さんが静かに空を見上げてた。
長い髪が風に揺れ、虚ろだった目が星の光を映してる。
彼女が小さく呟いた。
「…きれい…」
その声は弱々しかったけど、5年前のゆあちゃんを思い出すような柔らかさがあった。
俺は彼女の目に、少しだけ光が戻ったのを見た。
今までのことが、星空の下で少しずつ薄れていくのを感じた。
ゆあちゃんが俺の腕に寄りかかり、「唯斗くん…ありがとう。みんなでここに来れて、よかった」と囁いた。
その言葉に、俺の胸が熱くなった。
その瞬間芽生えたのは、小さな女の子としての意識ではなく、1人の女性に抱く、恋心そのものだった。
「俺の方こそ…ありがとう。あそこで星を見に行こうって言ってくれて…ここに来れてよかった」
彼女の提案がなかったら、俺たちはあの倉庫の重苦しさから抜け出せなかったかもしれない。
ゆあちゃんの成長が、俺を、総一を、アイラを、秋野さんを、ここに連れてきてくれた気がした。
そして、5人で並んで空を見上げた。
星が瞬き、流れ星が一筋、夜空を切り裂く。
総一が「うおお!まただ!流れ星!」と騒ぎ、アイラが続き、ゆあちゃんが笑い、秋野さんが小さく微笑んだ。
俺は目を閉じて、静かに願った。
これからも、こんな夜が続けばいい。
進藤の罪は遠くで償われ、俺たちはここで、それぞれの光を見つけていく。
そうして、俺はずっと…彼女のそばにいたい。




