違う選択
その時、ドアの外で鈍い音が響いた。
「どもっす。えっと、居るのは山坂先輩と、ゆあちゃんと、笹ヶ峰さんと、秋野さんで間違い無いっすか? 俺、社長の部下なんす。とりあえず、進藤は今眠らせたんで、安心してください。詳しい話は事務所の方で」
聞き慣れない声に、俺は総一と顔を見合わせた。
直後、スマホが鳴り、画面には「社長」と表示されてる。
「山坂、俺だ。今そっちに着いた。進藤を眠らせたから、車に詰め込んで山奥の倉庫まで来い。あそこなら安全だ」
「…了解しました」
総一が窓から外を覗き、「確かに進藤が運ばれてる」と呟いた。
俺はゆあちゃんたちに目をやり、「行くか…」と短く言った。
そうして、総一の家を出た。
◇
社長を先頭に俺の車が後ろをついていく形になった。
エンジンがガタガタ唸り、夜の街を抜けて山奥へ向かう。
そしてたどり着いたのは予想通りだな、以前、ゆあちゃんの父をやった時に使った倉庫だ。
森の奥にひっそりと佇む、錆びた鉄製の建物。
ヘッドライトが木々の間を切り裂き、暗闇に浮かぶ倉庫のシルエットが近づいてきた。
シャッターが軋みながら開き、薄暗い蛍光灯の下、タバコの煙が漂い、相変わらず埃っぽい空気が鼻をつく。
山田と社長直属のもう1人の同僚が進藤を床に下ろし、社長が一歩近づいてきた。
「さて、どうするかだな」
その声は低く、重かった。
アイラが険しい目で進藤を見下ろし、「始末するべきです。こいつは何度も他人の人生を壊してきた。生きてる価値なんてない」と吐き捨てる。
山田が頷き、「同感だな。こいつを一番そばで見てきて理解した。証拠をでっち上げて何人もの無実の人間の将来を潰してきた。生かしておくのは危険だ。俺らが今ここで処理すれば全てが終われる」と続けた。
俺は進藤の眠る顔を見た。
額に汗が滲み、眉間に皺が寄ってる。
確かにクズだ。
すると、アイラがポツリと話始める。
「こいつはおじいちゃんの仇でもあるっす。おじいちゃんの警告を無視し、証拠が曖昧でも「勘」で犯人を決めつけ、数々の冤罪を生んだ。そして、詐欺事件で冤罪をかけられた男の妻に襲われ、おじいちゃんはあの日、命を落とした。おじいちゃんは本当に優しかった…。それでも、僕はこいつが変わるなら許そうって思ってた。でも、あの雨の夜、自分のやり方に疑問を抱きつつも、今でもああいうやり方で刑事を続けてきた。おじいちゃんの死を無駄にした。だから、やるべきです」
同感だ。
俺にもやっぱり正義気取りの悪人にしか見えない。
それでも、胸の奥で何かが引っかかった。
「俺は…殺すべきじゃないと思う。冤罪や脅しには確かに嫌気が差す。でも、殺したら、こいつは反省もしないまま、痛みも感じないままになる。ちゃんと罪を償わせるべきだ。ここで逃がしたらもしかしたら、俺たちが捕まるかもしれないけど…それでも殺すのは違う」
総一が頷き、「唯斗の遺憾に賛成だな。俺も殺すのは反対だ。あいつの過去を知ってても、ここで殺すのは違うと思う」と加勢した。
ゆあちゃんが俺の手を握り、「唯斗くんにはもう誰も殺さないでほしい…。この人は悪い人だけど…私のお父さんよりは悪くない…。ちゃんと悪い人も逮捕してたと思う…」と震える声で言った。
秋野さんは隅っこに座ったまま、どちらにも加担しない様子だった。
社長が目を細め、タバコを灰皿に押し付けた。
「悪いが俺もアイラと山田に賛成だ。けど、俺は2人が納得するならそれで構わないと思ってる」
アイラが唇を噛み、「僕は…」と呟く。
山田がため息をつき、「なら、どうするんすか? 生かしておくリスクはデカいっすよ」と、当然の反論した。
俺は深呼吸して提案した。
「海外に逃すのはどうですか? ほら、殺す以外のやり方で、社長の知り合いに、鎖国的な監獄の国があるって聞いたことがあります。そこに売るのはどうですか?逃げ出せない場所で、罪を償わせる。昔のこいつなら分かりませんが、もう50代も後半ですから。逃げ出す力はないと思いますし」
社長が少し考えて、「俺は構わん。2人に任せる」と呟いた。
アイラは明らかに納得していない顔をしていた。
それでも…「分かりました。でも、もし逃げ出そうとした時は…お願いします」と言った。
山田は肩をすくめ、「まぁ、社長がいいなら俺は従いますよ」と渋々同意した。
◇
倉庫の薄暗い光の下、進藤の眠る顔を見ながら、これまでのことを思い出していた。
これでよかったのか?
ゆあちゃんの手が俺の手を強く握る。
そして、総一が「これでいいよな?」と確認するように言った。
俺は頷き、「ああ。これで終わりだ」と呟いた。
そうして、進藤を乗せた社長の車は山田ともう1人の部下と共に闇夜に消えていった。
その姿を眺めながら、俺とゆあちゃんと総一、そして秋野さんを車に乗せ、家に帰ろうとしていた。
車内の空気は当然重く、誰も口を開かなかった。
そんな中、ゆあちゃんがポツリと呟いた。
「…星を…見に行きませんか?」




