消えた
朝食を食べ終えた後、俺はキッチンの片付けをしながら頭を整理していた。
進藤を潰すためには、後藤さんの証言だけじゃ足りない。
総一が提案した『あの記事を書いた記者に会う』案はリスクが高いが、確かに突破口になる可能性はある。
でも、進藤に嗅ぎつけられたら、面倒なことになるのは間違いない。
リビングでは、総一が電話を手に持ってソファに座り、ゆあちゃんがノートに何かを書き込んでいた。
「唯斗くん、これで合ってる?」
「完璧だよ。ゆあちゃん、ほんと助かる」
「とりあえず、唯斗。お前はあんまり表に出ない方がいい。進藤が嗅ぎつけたら面倒だからな」
「つっても、お前だって顔割れてるだろ」
「名前は割れてないから」
確かに殺人の共犯であり、親友であるとはいえ、ここまで徹底する理由は…。
隠している何かに関することだろうか。
「…総一、この前言っていた隠してることについてはいつ話してくれる?」と聞くと、ピクンと体が反応する。
「この件が片付いたらかな」
「分かった。総一、お前がメインで動いてくれるなら助かるよ」
俺がそう返すと、総一は軽く頷いた。
でも、その目に一瞬だけ影が差した気がした。
何か言いたそうな雰囲気だったけど、結局何も言わず、コーヒーを手に取った。
ゆあちゃんが俺の袖をそっと引っ張って言った。
「唯斗くん、私、怖い人に会うの嫌いだけど…唯斗くんが戦うなら、私も頑張るよ」
その言葉に、俺は彼女の手を握り返した。
「ゆあちゃんは無理しなくていいからね。でも、そう言ってくれるのは嬉しい」
すると、嬉しそうに顔を見上げた。
◇
古びたビルの4階。
会社——といっても、看板もない小さな事務所に入り、ゆあちゃんを預けてから社長室のドアをノックする。
錆びた金属の扉が、鈍い音を立てた。
「おう、入れ」
中から社長のぶっきらぼうな声が聞こえて、俺はドアを押し開けた。
部屋の中は、タバコの煙と古い紙の匂いが混じり合ってた。
壁は黄ばんで、剥がれかけたポスターがセロテープで無理やり貼られてる。
窓の外からは、隣のビルのコンクリートしか見えなくて、陽光なんてほとんど届かない。
社長はデスクに座って、古いパソコンの画面を睨んでた。
40代の顔に刻まれた皺が、薄暗い蛍光灯の下でさらに深く見える。
「お疲れ。どした?」
俺の顔を一瞥して、すぐに何か察したように目を細めた。
「あの刑事のことを色々調べてまして。この前あった、俺の友達の総一って知ってます? あいつがとある記事の切り抜きを見つけて…」
俺が話し始めると、社長がデスクの引き出しをごそごそ漁り始めた。
「それってこれのことか?」
そう言って、あの週刊誌をドサッと机に置く。
表紙は色褪せてて、角が折れてた。
「知ってたんですか?」
俺が驚いて聞くと、社長がニヤリと笑った。
「あぁ。つーか、この記事を書いたのは俺の知り合いだ」
「そうだったんすか…」
言葉を失って、俺は週刊誌を手に取った。
紙の感触がザラザラしてて、なんだか現実味が湧いてくる。
「それで? 何してた、もしくは何しようとしてるんだ?」
社長の声に、俺は週刊誌から目を上げた。
「えっと、後藤清嗣さんに会って、冤罪について証言してくれないかを頼みました」
「後藤清嗣…。あのおっさんか」
社長が少し眉を寄せて、記憶を辿るように呟いた。
「はい。名前を出さなければ証言してもいいと言ってもらえました」
「…マジか。この記事書いた知り合いは門前払いされたって言ってたぞ」
「…仕事としてじゃなく、個人的なものって言ったのが良かったのかもしれないです」
社長は少し考え込むように顎を撫でて、タバコに火をつけた。
煙がモクモクと上がって、古い天井に染み込んでいく。
「アイラのやつから話は聞いたか?」
「いや、まだです。アイラのお爺ちゃんのことですよね? 進藤の上司だったんですよね」
「あぁ。まぁ、俺の親父の知り合いでもあったんだけどな。警察じゃ扱えない、金とか権力で揉み消された話をよくうちに振ってきてな。いわゆる私刑ってやつだ。今はネットがあるからある程度の事件は表に出るけど、昔はそうじゃねぇからな。アイラをうちで雇ってるのも、そういう事情がないと言えば嘘になる」
「そうなんすね」
俺は頷きながら、アイラの爺ちゃんの顔を思い浮かべた。
厳つい顔で、でもどこか優しそうな目をしてたっけ。
社長はタバコを一服吸って、灰を缶の灰皿に落としながら呟いた。
「俺も具体的にあの日、何があったのかは知らねぇし、聞かないようにしてる。アイラのためにな。けど、お前が本気なら話を聞くのも一つの手だぞ」
「…はい」
その言葉が、俺の胸に重く響いた。
「それともう一つ。遠くないうちに進藤についてはこっちで処理するつもりだ」
「処理? どういうことですか?」
思わず身を乗り出して聞くと、社長が目を細めた。
「あいつがうちの会社を潰そうとしてたのは何となく知ってるだろ? だからこそ、お前を脅して俺の弱みを握ろうとした」
その言葉に、頭が一瞬真っ白になった。
あれは社長個人を狙ったわけじゃなく、会社自体を潰すための行動だったのか。
でも、何のために…?
「まぁ、この話をすると長くなるからな。端的に言えばそういうことだ。だから、無理して調べる必要はねぇっつー話だ。それにお前も加わりたいって言うなら、考えるが」
またあの時のように殺すのか。
確かに進藤はどう見たってクズだ。
冤罪をかけて人生をめちゃくちゃにして、ゆあちゃんの家庭の事情を知ってて助けもしなかった、正義気取りのただの悪人。
だからこそ、最後は正義の鉄槌を喰らわせたい気持ちがあった。
でも、殺すってのは…俺の中で何かが引っかかった。
「具体的にいつに決行ってのは決まってますか?」
「ん? そうだな…早けりゃ来月。遅くても2ヶ月以内には終わらせたいって思ってる」
1〜2ヶ月か。
「分かりました。もし、あいつを刑務所にぶちこめるならそれでもいいですか?」
「それでも構わねぇが、もし刑期を終えて出てきたらやっちまうが、それでもいいならな」
「…はい。それでもいいです」
声が少し震えたけど、なんとか言い切った。
そんな話をしていると、突然、社長室の扉が勢いよく開いた。
錆びた蝶番がギィッと悲鳴を上げて、空気が一気に緊張する。
「先輩っ!」
そこに現れたのは、慌てた様子のアイラだった。
肩で息をしてて、普段の冷静な彼女とは別人みたいだ。
「どした、そんなに慌てて」
社長がタバコを灰皿に押し付けて、眉を寄せた。
「莉乃葉が…っ! 居なくなりました!」
「…は?」




