選ぶべき道
◇
車に乗り込むと、俺はハンドルを握りながら深く息を吐いた。
エンジンをかけると、低い唸りが車内に響き、ゆあちゃんが助手席で小さく身じろぎした。
総一は後部座席にどっかりと座り、コンビニの明かりが遠ざかるのを眺めていた。
「証拠がないってのは痛いな。後藤さんの証言だけじゃ、進藤を追い詰めるのは厳しいぜ」
総一が口を開き、俺の考えを代弁するように言った。
「ああ。でも、証言の一つとして意味がないわけじゃない。まだ可能性はある。本当なら警察に知り合いでもいればなぁ…」
俺がそう呟くと、総一が急に黙り込んだ。
バックミラー越しにその顔を見ると、どこか考え込むような表情だった。
「どうした?」
俺が聞くと、総一は少し間を置いてから言った。
「…いや、なんでもない。とりあえず、後日俺が後藤さんの話を聞きに行くわ。そこから何か見えてくるかもしれない」
その言葉に、俺は軽く頷いた。
確かに、今は手元にあるものを最大限に活かすしかない。
でも、総一の態度が引っかかった。あいつ、何か隠してるんじゃないか?
昼間に言ってた「謝らないといけないこと」が頭をよぎるけど、今はそれより進藤のことが優先だ。
ゆあちゃんが助手席で膝に手を置いて、静かに俺を見ていた。
「唯斗くん、大丈夫? 疲れてない?」
その優しい声に、俺は思わず笑顔になった。
「大丈夫だよ。ゆあちゃんが心配してくれるだけで、疲れなんか吹っ飛ぶから」
彼女は少し照れたように笑って、「よかった」と小さく呟いた。
出会った頃はDVで傷だらけだった体を隠すように縮こまって、俺の言葉にも反応しなかった。
それが今じゃ、こんな風に俺を気遣ってくれる。
守りたいって思う気持ちが、また強くなった。
「なぁ、唯斗。他の人も同じ可能性があるよな。あんな冤罪刑事とは関わりたくないって」
「確かにな」
「それに警察にも知り合いはいない。手詰まりに見えるけど、警察に知り合いがいなくても、別のルートがあるかもしれないぜ」
総一が後ろから急に口を挟んできた。
「別のルート?」
俺が聞き返すと、総一が少し身を乗り出してきた。
そして、あの週刊誌を取り出して、「この記事を書いた人間に直接会いに行く」と、言った。
考えたが、それはめちゃくちゃリスクが高い行為だ。
特に俺みたいな反社かつ弱みがある人間がそんなところに出て、万が一あの情報をつかもうものなら…。
「言いたいことは分かってる。俺がメインに動くから安心しろ」
「…おう。俺も社長に聞いてみる。警察に知り合いがいないかって」
「おっけ。とりあえず、複数の証言が集まれば信憑性が増すし、進藤のやり口のパターンが見えてくるかもしれないしな」
「そうだな。まずはそっちで当たって、無理なら…」
俺は頷きながら、アクセルを踏んだ。
車のライトが暗い田舎道を切り裂き、俺たちの次の目標を照らし出すようだった。
◇
家に戻ると、時計は深夜を回っていた。
リビングのテーブルに切り抜きやノートを広げて、俺と総一は作戦を立て始めた。
ゆあちゃんはソファに座って、眠そうな目をこすりながらも俺たちのそばにいてくれた。
時折、彼女が淹れてくれた温かいお茶を手に持つと、疲れが少し和らいだ。
「この記事だと、記者が握ってる進藤の被害者は少なくとも2人以上いるっぽいな。大体の事件の概要が書いてある」
総一が切り抜きを指差しながら言った。
「ここに『不当逮捕で5年の実刑を受けた男性』ってある。もう一つは『詐欺容疑で拘留中に暴行を受けた被害者』だ」
「具体的な名前がないと探すのは難しいな。でも、こういう事件なら裁判記録か何かに残ってる可能性はある。冤罪事件に絞ればそんなに数はないと思うし」
俺がそう言うと、総一が少し考え込んだ。
「裁判記録か…。それなら、知り合いに頼んでみるのもありだな。俺、昔バイトしてた時に知り合った奴が週刊誌の編集部にいるんだよ。もちろんこの記事を書いた会社とは別だけど」
「マジか? その人に連絡取れるなら、頼んでみてくれ。進藤の名前で何か引っかかればラッキーだ」
俺が勢い込んで言うと、総一が「任せとけ」と胸を叩いた。
その時、ゆあちゃんがソファから立ち上がって、俺の隣に寄ってきた。
「唯斗くん、私も何か手伝えることある?」
その真剣な目に、俺は少し驚いた。
「ゆあちゃんは…そばにいてくれるだけで十分だよ。危ないことには巻き込みたくない」
でも、彼女は首を振って言った。
「私だって、唯斗くんが頑張ってるの見てたい。進藤って人が悪い人なら、私も許せないよ…」
警察も助けてくれなかった。
前にそう言っていたっけ。
気持ちはありがたいが…良いのだろうか。
「…分かった。じゃあ、ゆあちゃんには記事を簡単に整理してもらおうかな。俺たちが読んだやつをノートにまとめてくれるだけで助かる」
俺がそう言うと、ゆあちゃんが目を輝かせて「うん、頑張る!」と頷いた。
総一がニヤニヤしながら言った。
「お前ら、ほんと仲良いな。見ててこっちが恥ずかしくなるぜ」
「うるせえ」と俺が返すと、リビングに笑い声が響いた。
◇
翌朝、総一が記者の知り合いに連絡を取った。
電話越しに「進藤っていう刑事の名前で何か出てきたら教えてくれ」と頼む声が聞こえてきた。
俺はキッチンで朝飯を作りながら、ゆあちゃんと昨夜まとめたノートを見直していた。
彼女の几帳面な字で書かれたメモには、切り抜きから抜き出したポイントがしっかり整理されてた。
「ゆあちゃん、すごいな。これ、めっちゃ分かりやすいよ」
俺が褒めると、彼女は照れくさそうに笑った。
「唯斗くんに喜んでもらえるなら、いっぱい頑張っちゃうよ」
その言葉に、俺の心が温かくなった。
頭を撫でると、前までは子供じゃないと怒っていたが、今は嬉しそうな顔をする。
総一が電話を切って、リビングに戻ってきた。
「よし、調べてくれるってさ。裁判記録とか警察の公表している資料を調べたら何か出るかもしれない。進藤の汚い手口がバレるのも時間の問題だな」
その自信満々な顔に、少し希望が見えた。
「じゃあ、次は被害者を探す手がかりを待つしかないか。後藤のインタビューも録音してあるし、準備は整ってきたな」
俺がそう言うと、総一が頷いた。
ゆあちゃんが俺の手をそっと握って言った。
「唯斗くん、私、信じてるよ。絶対に勝てるって」
その言葉が、俺の胸に火をつけた。
進藤を潰す戦いは、まだ道半ばだ。
でも、ゆあちゃんと総一がいるこの瞬間、俺は負ける気なんてしなかった。
窓の外で朝日が昇り、俺たちの新しい一日が始まろうとしていた。




