道は開ける
◇
コンビニの駐車場に車を停めると、エンジンを切った。
静寂が車内に広がり、遠くで虫の鳴き声が聞こえるだけだった。
助手席のゆあちゃんはまだ眠ったままだったが、毛布が少しずり落ちていた。
俺はそっとそれを直してやりながら、総一に目をやった。
「ここか?」
俺が小声で聞くと、総一は頷いて助手席の窓から外を覗いた。
「ああ。後藤清嗣、夜勤のシフトに入ってるはずだ。情報通りなら、今がチャンスだ」
コンビニの明かりは薄暗く、古びた看板が風に揺れて軋む音を立てていた。
田舎の夜は静かすぎて、逆に不気味さを感じる。
俺は深呼吸して、気持ちを落ち着けた。
進藤を潰すための一歩がここにある。
「ゆあちゃんは車で待たせとこう。起こさない方がいいだろ」と、総一が提案してきたが、俺は少し迷った。
確かにその方が安全だ。
でも、ゆあちゃんを一人にするのは何となく嫌だった。
出来ることならずっとそばにいてあげたい。
DVで傷だらけの体と、怯えた目。
今じゃこんな風に俺のそばで安心して眠ってる。
「…いや、連れてく。置いてくのは何か嫌だ」
俺がそう言うと、総一は少し驚いた顔をしたが、「お前がそう言うなら」とだけ返して少し呆れたように笑いながらそう言った。
俺はゆあちゃんの肩を軽く叩いて起こした。
「ゆあちゃん、着いたよ。起きられるか?」
彼女は目をこすりながら、眠そうに顔を上げた。
「…唯斗さん?どこ?」
まだ頭がぼんやりしてるみたいだったけど、俺の声に反応して少しだけ笑った。
その笑顔が、昔の暗い表情とはまるで別物で、胸が締め付けられる。
「コンビニだよ。ちょっと用事があるから、一緒に来てくれるか?俺のそばにいてくれればいいから」
ゆあちゃんは素直に頷いて、毛布を畳み始めた。
その仕草が妙に愛おしくて、俺は目を細めた。
◇
コンビニの自動ドアが開くと、冷たい空気が顔に当たった。
店内は予想以上に寂れてて、蛍光灯がチカチカしてる。
さすがは田舎のコンビニと行ったところか。
レジの奥に立つ男が、後藤清嗣らしかった。
見た目は50代くらいで、瘦せた体に疲れた表情。
髪は薄くなりかけてて、目が落ち窪んでる。
冤罪で10年も牢屋にぶち込まれたら、こうなるのも無理はない。
総一が先に歩き出し、レジに向かった。
ゆあちゃんの手を引いて、少し後ろに立たせた。
彼女の手は小さくて、少し冷たかった。
俺がぎゅっと握ると、ゆあちゃんがこっちを見上げてきた。
「大丈夫ですか?」
その声に、俺は小さく笑って「大丈夫だよ」と答えた。
総一がレジに近づき、後藤に声をかけた。
「お疲れっす。初めまして、後藤清嗣さんですよね?」
後藤が怪訝そうな顔で総一を見た。
「…誰だ?」
声は低くて、少し震えてた。
警戒してるのが丸わかりだ。
「進藤刑事のことで話がしたいんです。10年前のことを覚えてますよね?」
総一がストレートに切り出すと、後藤の顔が一瞬固まった。
その反応で分かった。こいつ、絶対に何か知ってる。
「…知らねえよ。帰れ」
後藤が目を逸らして、レジの裏に引っ込もうとした。
でも、総一が一歩踏み込んで、とある切り抜きをカウンターに叩きつけた。
「これ、見てください。進藤が冤罪で何人も潰してきた証拠です。あんたもその一人でしょ?」
後藤の手が止まり、切り抜きに目を落とした。
しばらく黙ってたけど、やがて小さく息を吐いて言った。
「…何が目的だ? 俺に何をさせたい?週刊誌のやつとは別か?」
俺はその隙に前に出て、口を開いた。
「週刊誌の人間ではないです。進藤を潰したいんです、個人的に。俺の知り合いアイツに嵌められそうになってる。あなたがされたように冤罪をかけられて。あなたの証言がその証拠になるかもしれない」
後藤が俺をじっと見てきた。
その目には、疲れと諦めが混じってたけど、どこか燃えるようなものも感じた。
長い沈黙の後、後藤が呟いた。
「…分かった。話してやるよ。でも、ここじゃ無理だ。裏の休憩所に来い」
「え?開けていいんすか?」
「いい。どうせ客なんて来ねーから」
◇
休憩所は狭くて、タバコの匂いが染み付いてた。
後藤は椅子に腰を下ろし、缶コーヒーを開けて一口飲んだ。
ゆあちゃんは俺の隣に座って、じっと後藤を見てた。
その視線に、後藤が少し気まずそうに目を逸らした。
「その子はなんだ。あんたの子供か?」
「まぁ…そんな感じです」
「ふーん。あんた、人殺したことあるだろ」と、タバコを吸いながらそう言った。
俺は思わず何も言えず固まってしまった。
「ムショであったやつらと同じ目をしてる。もちろん、人を殺したことがあるやつの目をな」
椅子を座り直して話を続ける。
「進藤はな、俺が捕まった時、証拠を捏造した。やってもない窃盗の罪を着せられて、最終的には自白を強要された。抵抗したら殴られて、しまいには家族まで脅されたよ」
後藤の声は低く、怒りが滲んでた。
「窃盗で10年?」
「そんなわけねーだろ。関係ねー詐欺罪とか罪を重ねられて合計10年だ。10年、俺の人生が奪われた。あいつは何事もないように平気な顔で昇進して、今でも同じようなことしてんだな」
彼は拳を握りしめた。
社長の先輩が死刑になった時も、同じようなことがあったんだろう。
進藤は人の人生を平気で踏みにじるクズだ。
「証拠はあるんですか? 進藤を追い詰められるようなものなら、何でもいい」
総一が身を乗り出して聞いた。
後藤は少し考えてから言った。
「証拠はない。全部揉み消されているだろうしな。ただ、証言をすれば何か変わるかもな」
「じゃあ…」
「けど、俺はもうあいつと関わる気はない」
俺が聞き返すと、後藤が目を細めた。
「進藤に復讐したいのは山々だが、もう平穏に暮らしたいんだ。これ以上もう狂わされたくないんだ」
俺と総一は顔を見合わせた。
もし、これが手に入れば、進藤を潰す大きな一歩になる。
「分かった。あなたの名前は出さない。代わりに証拠の一部として、どういうことをされたのかをインタビューはさせてもらうっていいですか?もちろん、その分のお金も渡します。それでどうですか?」
「…あぁ、分かった。詳しい話はまた今度だ」
俺と総一は頷いて、その場を後にした。
もし、警察の中に知り合いでもいれば、何か掴めるかもしれないが。
◇
コンビニを出た時、夜風が冷たく感じた。
ゆあちゃんが俺の手を握ってきて、小さく呟いた。
「唯斗くん、お疲れ様」
その言葉に、俺の胸が熱くなった。
俺は彼女の手を握り返して言った。
「ゆあちゃんがそばにいてくれるから、頑張れるんだよ」
総一が後ろから笑いながら言った。
「唯斗、ゆあちゃんにデレデレじゃねーか。早く車に戻ろうぜー。寒いんだから」
俺たちは笑いながら車に向かった。
進藤を潰すための戦いは、まだ始まったばかりだ。
でも、ゆあちゃんと総一がいるなら、俺は絶対に負けない。
夜の闇の中、車のライトが道を照らし、俺たちの未来を切り開いていくようだった。




