息つく暇もなく
「進藤さん。伊藤のやつ...やっぱりいなくなったみたいですね」
「...ふーん。そっか...。さて、どうしたもんかね...」
「やっぱり、あの山坂の仕業ですかね」
「十中八九そうだが...もう少し泳がしてみようか」
◇
目を覚ますといい匂いがしてくる。
リビングに行くとエプロンをつけて朝食を作っているゆあちゃんの姿があった。
「...おはようございます」
「うん、おはよ。朝食ありがとうね」
「...はい」
朝食を食べようとすると、普段であれば向いの席に座るゆあちゃんが、隣の席に座り、更に椅子の間隔を詰めた。
「なんか近いね」というと、「...嫌ですか?」と聞かれる。
「ううん。嬉しいよ。いつもありがとうね」と、ポンポンと頭を撫でると...「...//」と顔を赤くした。
本当かわいいな。
ゆあちゃんとこうして約3ヶ月ほど経過して...その生活のありがたみを毎日感じている。
でも...俺はもう人殺しだ。
どんな理由があろうと、彼女の父親を殺した事実は消えない。
死体は完全に処分したが、それでも絶対にバレないという保証はない。
いつ何時、この平和な生活がなくなるかわからない。
だから、今はこの当たり前を少しでも楽しもう。
その一環として、思い出を写真に収めようと思った。
なので、スマホを取り出して彼女の写真を一枚撮る。
俺がスマホを構えていたのに気づいていなかったが、シャッター音で気づき、恥ずかしそうに顔を隠す。
「...何ですか...?//」
「思い出を残したいなって思って。人間、いつ何時何が起こるかわからないでしょ?」
そう言うと、察しのいいゆあちゃんは「...何かありましたか?」と聞いてくる。
この歳でそういう感情の機微を敏感に感じられるのは...あの環境ゆえだろうか。
でも、今は言えない。
「...ううん。何でもないよ」
「...そうですか...。あっ...あの...お願いがあるんですが...」
「お願い?何?」
「...勉強がしたいです...。学校とかは...まだ...無理ですけど...1人で...頑張ってみたいです」
「...そっか。よし、じゃあ...問題集みたいなの買っておくね」
「あ、ありがとうございます...。その代わりに...私に出来ることとかあれば...何でも...言って欲しいです」
「うん。わかった。何かあれば頼むね」
すると、そのタイミングで電話がかかってくる。
スマホの画面には【社長】と表示されていた。
「はい、もしもし」
『おー、山坂。悪いが少し話があるから、事務所に来てくれるか?』
「はい。分かりました。急いで行きます」
『いや、笹ヶ峰を向かわせてる。お前の車がないと、あの刑事が何か仕掛けてくる可能性があるからな。じょーちゃんも一緒に連れてこい』
「りょーかいっす」
そうして、アイラが迎えにくると、秋野さんも一緒に乗っていた。
秋野さんは相変わらず、ぼーっとした様子だった。
「...悪い、アイラ。迎えにきてもらって...」というが、「別にいいっすよ」とそっけなくそう言った。
...やっぱ怒ってるよな。
迷惑かけまいと、アイラには声をかけずに動いてしまったからな...。
秋野さんの問題も放り投げておいて、報告もしなかったのはやっぱりダメだよな。
「...悪い、アイラ。...勝手に行動しちゃって。ちゃんと報告するべきだった」
「...分かってるっすよ。僕に迷惑をかけたくなかったんすよね。分かってるっすけど...。それでも怒ってるっす。僕はさんざん先輩に迷惑をかけてきたっす。それなのに...迷惑かけたくないとか...やっぱおかしいっす」
「...そうだな。悪い」
「僕が聞きたいのはそんな言葉じゃないっす」
「...なんでも一個...言うことを聞くよ」
「...だから...そうじゃないっす。まあ...それでもいいっすけど」
そのまま、アイラは車を走らせる。
◇
アイラと秋野さんとゆあちゃんを連れて事務所に入り、まっすぐ社長室を訪れる。
そうして、社長室をノックしてから中に入る。
流石のゆあちゃんも少し慣れたのか、俺の陰に隠れることはなかったが、相変わらず服の裾をギュッと握ったままだった。
「...おう。急に呼び出して悪いな。少し事態が動きそうでな...。どうやら伊藤の遺体を血眼になって探してるみたいでな」と、社長が言った瞬間、ゆあちゃんの服を握る力が強くなる。
「...?...まさか話してなかったのか?」と、しまったという表情をする社長。
「...伊藤って...お父さんのことですか?」
すでに事情を知っているアイラは気まずそうにして、秋野さんの目には少しの動揺が見えた気がした。
「...すみません。少し時間が経ってから話そうと思ってたんですけど...」と、俺は屈んでゆあちゃんの目線に合わせる。
「...ごめん。俺は...ゆあちゃんのお父さんを...殺したんだ」
「...そう...ですか。...ごめんなさい」と、ゆあちゃんが謝る。
「なんでゆあちゃんが謝るの?」
「...昨日...辛そうにしていたのはそういうことだったんですね。...あんな救いようのない最低な父でも...殺したことに罪悪感を感じていたんですよね。...本当なら私がするべきことだったのに...全部...背負わせてごめんなさい」
「いいんだよ。俺が背負いたいことだから」
「...ありがとうございます」と、深々と俺と社長に頭を下げる。
「...遺体はすでに灰にした上で3箇所の海にばら撒いた。見つけるのはほぼ不可能だろうよ。警察は遺体がないと動けないし、事件化するのはほぼ不可能。奴が偽の遺体でも用意しなければな」
「...偽の遺体」
「あいつは自分の勘を信じている。証拠がないなら証拠を作るのがあいつだ。俺は昔、慕っていた先輩が冤罪をかけられて捕まって...そのまま死刑にされたことがあるんだ。だから、あいつのやり方は分かってる。今回も適当な死体を伊藤だと言うことにして、無理やり殺人事件に仕立て上げ、お前を逮捕するかもしれない」
「...それはもう...警察じゃないじゃないですか」
「確かにな。けど、お前が伊藤を殺したのは事実だ。死体はフェイクでも真実は真実だ」
「それじゃあ...逃げられないじゃないですか」
「方法はある。あいつの悪行を世の中に公表することだ」




