クズ③
…まさか…あの刑事か?尾行されてたのか?
いや、少し遠回りして細心の注意を払ったはずだ。
薄暗い倉庫の隙間から外を覗くと、埃っぽい山道を登ってくる車のシルエットが目に入る。
ライトが木々の間を切り裂き、近づくにつれ見覚えのある黒いセダンが浮かび上がった。
…社長の車だ。
このタイミングで来るなんて…偶然なのか?倉庫の前に停めた俺の車が丸見えだから、もう中にいることはバレてるだろう。
シャッターの錆びた音が響き、数人の足音が近づいてくる。
社長の重い革靴が砂利を踏む音と、社員たちのざわめきが混じる。
正直に話すしかないか…。
暗証番号が入力され、ガラガラとシャッターが上がる。
埃が舞い上がり、薄い光が倉庫内に差し込む。社長が先頭に立ち、背後に二人の社員が続く。
社長の鋭い目が俺を捉え、静かな声が響いた。
「…ここで何してんだ、山坂」
背筋が伸びる。
「…お疲れ様です…社長」
「…そいつは誰だ?」
視線が椅子に縛られたクズに移る。
「彼は…俺の友達です」と答えると、総一が社長の圧倒的な存在感に気圧されつつ、ぎこちなく頭を下げた。
汗が額に滲み、膝が微かに震えてる。
「…それで?ここで何をやってる?」
「…すみません。…伊藤を…処理しようと思っていました」
「…なんでだ。もうあの一件は済んだんじゃないのか」
「…いえ。ゆあちゃんの捜索願いを出していたみたいで…。一切の接触を禁止したはずなのに、どういうつもりかと思って家を訪ねたら…襲われて。…拘束して話を聞こうとしたタイミングであの刑事がやってきて…なんとかその場をやり過ごして、ここに連れてきました」
全て本当だ。
嘘はない。
でも、社長の次の言葉は予想できてた。
「…なんで1人でやろうとした」
胸が締め付けられる。
元々あの親父と約束を交わしたのは俺だ。
「なんで俺に相談せずに1人で勝手に行動した。お前…何か隠してるんじゃないか」と、社長の声が低く響く。
眼光が鋭くなり、倉庫の空気が一気に重くなった。
どうする…。ここで白状するか?
あの刑事に脅されて、社長の弱みを握るよう言われたと打ち明けるか?
でも、そんなことがバレれば、刑事は本格的にゆあちゃんを奪いにくるだろう。
そうなれば、もう俺の手で彼女を守ることはできない。
ここまで積み上げてきたもの、やろうとしてることが全て無に帰す。
頭がぐちゃぐちゃになる。
「…唯斗。話したほうがいい」と、総一が小声で囁いた。
ビビってるんじゃない。
まっすぐ俺を見て、落ち着いた目でそう言った。
そうだな…。
もし社長の弱みを握って刑事に渡したとしても、ゆあちゃんを守れる保証はない。
全てを手に入れた後で俺から彼女を奪う可能性だってある。
秋野さんの件も、結局あいつが助けてくれるとは思えない。
助けたとしても、それは俺を裏切らせないための材料が増えるだけだ。
やっぱり…話そう。
「…社長…すみませんでした」
膝をつき、額を床に押し付けて土下座する。冷たいコンクリートが額に食い込み、埃の匂いが鼻をつく。
「…何の謝罪だ?」
「俺は…社長の秘密を…暴いて…あの刑事に…チクるつもりでした」
その瞬間、社長の横にいた二人の同僚が動き出す。
「おい、お前何言ってんだ?」と一人が声を荒げ、「今なんつった?」と另一人が拳を握って近づいてくる。
足音が倉庫に響き、埃が微かに舞う。
だが、社長が手を上げて制した。
「お前ら黙れ!…今は俺が話してるんだ。続けろ、山坂。内容次第では今お前をここで殺さないといけなくなるかもしれない。それを分かってて話してるんだろうな」
取り立ての時のような低い声が、倉庫の壁に反響する。
背中に冷汗が流れ、喉が締まる。
「…分かっています。俺のことは…どうなってもいいです。ただ…この一件が片付いて…ゆあちゃんを誰か…信用できる人に預けるまでは…待っていただきたいです。この通りです」
額を床に押し付けたまま、声が震える。
すると、隣で総一が同じように膝をつき、土下座した。
「…俺からも頼みます。お願いします」
数秒の沈黙。
埃っぽい空気が肺に詰まるような重さだ。
やがて、一人の足音が近づいてくる。
革靴がコンクリートを叩く、重い音。社長だ。
「…なんで俺を裏切った」
「…ゆあちゃんが一番安全に暮らせる選択肢が…社長を裏切ることだったからです」
「…脅されたのか。あの刑事から」
「…はい」
「…なんでそれを先に言わない。社長を裏切ったのはあの刑事のせいだって…なんで言わなかった」
答えは決まってる。
俺は社長が好きだった。
情に厚く、仲間思いで、優しい社長を裏切りたくなかった。
陰でコソコソ嗅ぎ回ったり、嘘をついたりするのはもう嫌だった。
「…俺が悪いからです」
「…それで?俺を調べて何かわかったのか」
「…何もわかりませんでした。あの刑事が一体…何を知りたかったのかも…」
「…そうか。分かった。顔を上げろ」
恐る恐る顔を上げると、社長の目から涙がポロポロ落ちてる。
頬を伝う雫が埃っぽい床に染みを作り、肩が小さく震えてる。
「…馬鹿野郎がッ!…あの子が大切だって思うなら…ッ、簡単に命捨ててんじゃねーよっッ…。あの子にはもうお前しかいねーんだぞ…ッ」
その姿に、俺の目からも涙が溢れ出す。
嗚咽が漏れ、喉が詰まる。
「…すみま…せん…でした…」
「…馬鹿野郎がっ…」
その後、同僚二人が肩を強めに叩いてきた。痛みが走るけど、それが許された証だと分かる。
「…そういえば…社長たちはなんでここに来たんですか?」と聞くと、社長が鼻をすすりながら答えた。
「あーそれは…お前の車を調べればわかる。悪いとは思ったが、GPSを仕込んでおいたんだよ。そしたら、あの親父の家に行ってるわ、この倉庫に向かってるわで…。てか、お前は仕事はできるけど基本馬鹿だし、不器用なんだからスパイみたいなことできるわけないんだよ」
「…すみません」
「それで?こいつどうするんだ」
社長が顎でクズを指す。
縛られた体が椅子の上で微かに動いてる。
「…生かしておけばまた脅しの道具に使われるし、次はどんな行動に出るかわからんぞ」
「…わかってます。けど、これでもゆあちゃんの父親なんです。最後に…チャンスをあげて…もし合格したなら…生かします。けど、生かすと言っても某国にでも運んで誰にも迷惑のかからないところで…好きに生きてもらう。もし不合格なら…俺が殺します」




